EUで、原発とガスが持続可能な「グリーン」エネルギーになる? なぜ珍妙な事態は起きたのか
原子力や天然ガスが、欧州連合(EU)で、持続可能なエネルギーになりそうだという、珍妙な事態が起きている。
「持続可能なエネルギー」とは、今まで再生可能エネルギーにのみ与えられていた特権だった。それに原発とガス発電と加えようというのだ。EUの行政執行機関にあたる欧州委員会が2月2日、発表した。
これは、脱炭素化に貢献できるエネルギーを規定し、「グリーン」と見なせる投資対象を示す政策である。「EUタクソノミー」という変な名前がついている。
なぜ、こうなったか
そもそもの発端は、2050年までにカーボンニュートラルを目指すというEUの目標である。
カーボンニュートラルとは、直訳すると「炭素中立化」。つまり、二酸化炭素をはじめとする温室効果ガスの排出量と、森林などによる吸収量・人為的に行う除去量を、地球上で同じにする、プラマイゼロにするということである。
ところが、再生可能エネルギーは、天候に左右されるのを克服するという、技術的な課題がまだ追いつかない。そのために目標が達成できそうにないことが問題となった。
そこで、原発とガス発電が、持続可能エネルギーに加えられるかどうか、「グリーン」のリストに入れるかどうかが焦点となったのである。
この二つが、再生可能エネルギーと同じように、持続可能なエネルギーの名にふさわしいとして議論されてきたわけではない。反対派は、反対どころか、激怒する人々が大勢いる(特に原発)。推進派は、内心や下心はともかく、「再生可能エネルギーが万全になるまでの、一時的なつなぎとして役に立つ」という論陣を張ってきたのである。
前から大議論になっていたが、欧州委員会は、一定の条件をつけて認めるという結論を出した。今後は、欧州理事会(27加盟国首脳会議+欧州委員会)と、欧州議会で認められれば、EUの決定事項となる。しかし、欧州議会は険しそうだ。
フランスとドイツの妥協
大きく言えば、フランスは原発を推進したかった。ドイツは原発に反対ではあるが、ガスを維持したかった。だから両者は妥協したーーということだと見ている。
フランスは、経済財務省が、ル・メール大臣のもと、2019年から原子力を「グリーン・エネルギー」にするべく努力をしてきたという。原発(=核ネエルギー)は倫理の戦いとなっていて、EUの中には原発に激しい敵意をもつ国や団体、人々がいる。
現在、ドイツの首相となっているショルツ氏は、当時は財務大臣だった。フランス側は、仏独両国のお互いの違いを隠すことは無意味であることを認識し、意見の相違を認めた上で、解決策を探った、と報じられている。数年前からフランスは根回ししてきたのだった。
ドイツ政府は、原発には反対していた。1月21日にガスの規定を緩くすることを求めるリストを欧州委員会に提出した。原子力のほうは、含めることを公然と非難していたのに、完成した提案には両方が含まれていたという。
3党の連立政権内で意見が対立し、最後は欧州委員会に任せたという観察がある。
なぜ中欧の国々は原発に賛成か
さらに、フランスは、ポーランドと組んで中欧の国々を説得した。
そして、賛同したEU10カ国で、ガスと原発をグリーン・エネルギーに認定するよう、キャンペーンを張っていた。他の8カ国は、フィンランド、チェコ、スロバキア、ハンガリー、ルーマニア、ブルガリア、クロアチア、スロベニアである。
この10カ国の経済・エネルギー大臣は、署名して新聞に意見書を送ってすらいる。10月11日に欧州各地の主要紙に掲載された。欧州経済の脱炭素化には、原子力やガスを含む低炭素エネルギーへの「即時かつ大規模な移行」が必要だと主張した。
ポーランドは、電力の約70%を石炭に頼っている。エネルギー安全保障の強化のためもあり、2043年までに600〜900万kWの原発の建設を計画している段階である。また、チェコも、今後数十年の間に、最大4基の原発を新設したいと望んでいるという。
原発をつくりたいと考える国があるのはなぜだろうか。
まず、石炭発電をしている国が多く、温暖化ガスの排出量を減らす必要があること。
次に、地政学的な問題で、ロシアへのガスの依存度を減らしたいこと。
さらに、海のない内陸国や、海に強くない国では、海上輸送による輸入が簡単ではないこと。日本のように港から港へ、タンカーで中東から石油等は輸入できないのだ。原発は、イエローケーキと呼ばれるウランの燃料を使うが、コンパクトで空輸ができるうえ、一度輸入すればかなり長い期間もたせることができる。
そのほか、各国には様々な政治的な理由もあるだろう。例えば、ドイツの影響が強く、歴史上の因縁がある国々が、フランスと組むことにメリットを感じることがあるかもしれない。
そして、核エネルギーを持ったことがない国にとって、核を持つことは、先進国の仲間入りができるという意識があるように思う。
原発の危険を知って放棄した国々はEUの内部にあるわけだし、核のゴミに悩まされることも知っているはず。それでも惹かれるのは、先端技術と呼ばれた科学の磁力なのだろうか。それとも、核というものが、たとえ悪魔的でも「力」の象徴に思え、黒い情念から欲するのだろうか。核兵器など、持っても決して使えないことは知っているはずなのだが。
欧州委員会の理想と妥協
多くの日本人が誤解しているが、欧州委員会とは、大きな理想を追求する政治をしようとすることがよくある。
27加盟国から一人ずつ委員(大臣にあたる)が送られて構成されている行政執行機関だが、彼らは出身国ではなく、欧州の利益のために働く。
27加盟国の、文化も言葉も違う、5億人弱のEU市民の共通の利益を考えると、人間として正しいと思える理想を追うことにもなる。例えば、欧州各国の男女平等は、EUがなければこれほど早くは進まなかったと言われている。
しかし、27カ国もあるからこそ、利害は一致しない。何をどこまで妥協して、どこは譲らないか。そのような調整能力が問われるのだ。
例えば、当初、新しいガス発電所のグリーン・ラベルをつくるのに、欧州委員会は通常のガスに水素などの低炭素ガスを混ぜて使うことを条件としようとしていた。
2026年には低炭素ガスを30%混ぜる、2030年には55%に増加して、2035年までにカーボンニュートラルなガスに100%転換することを望んでいた。ドイツ側はこれらの計画を「非現実的」と呼んでいた。結局、段階的に増加させる点は断念したものの、2035年の100%転換という点は堅持している。
ガスをグリーンに含めるというドイツ政府や産業界の意向はかなったが、同国のガス産業がロビー活動を盛んに行ったのに、要求が満たされたとは言い難い。
欧州委員会の委員長、デアライエン氏はドイツ人だが、委員長が出身国の政権と意見が異なったり対立したりすることは、そんなに驚くほど珍しくもない。そもそも出身国の内部にも、様々な意見があるのだ。
同じ党で、国とEUで割れる
また、同じ国の党の内部ですら、国会議員と欧州議会議員では異なる場合がある。
ドイツの3党の連立政権では、ガスの擁護という点では、結局一致していた。ところが、同じ社会民主党員であっても、国内議会の政治家と、欧州議会の政治家では、意見の割れがあるという。当然、欧州議会の議員のほうが、厳しい。特に緑の党はそうである。
欧州議員とは、出身国だけを見ているわけではない。欧州議会内では、国籍は違えど、思想や政治信条が似ている党と議員が集まって、欧州議会の党(正確には「会派」と呼ぶ)をつくっているのだ。
ドイツの社会民主党が属している、欧州議会の会派「社会民主進歩同盟」は、原発を加えるのに大部分の議員が反対しているという。各国の緑の党の欧州議会議員が集まっている会派「欧州緑の党」は、猛烈な反対運動を行っている。
ドイツの社会民主党の欧州議会議員の中には、国内の同党議員とは異なり、ガスをグリーンに含めることにすら厳しい批判をする人がいる。
原発に反対する大勢のドイツ市民は、国内の政治と欧州委員会には失望したかもしれないが、これからは欧州議会の議員に期待をすることになるのではないか。
ガスや原発に反対する国々
国単位で見ても、ガスや原発に反対する国がある。
オーストリア、デンマーク、オランダ、スウェーデン、ルクセンブルク、スペインは、当初想定していたよりもはるかに緩い規則でガスを入れることに反対していた。
結局、オーストリア、デンマーク、オランダ、スウェーデンの4カ国が、ガスを含めるべきではないと書簡で述べた。
この中では、オランダとスウェーデンは、原発には賛成している。一方、オーストリアとルクセンブルクは原発に強く反対しており、欧州委員会をEU司法裁判所に提訴する方針を表明した。
こういう加盟国単位の強い動きに、志を同じくする欧州議員たちはどう連携していくのだろうか。
ちなみに、オーストリアは、6割弱が水力発電、再生可能エネルギーの割合は77%である。
そう簡単には最終決定になりそうにない。今回のEUの決定は、アメリカや日本、世界に影響を与える力があるので、注視していきたい。