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イスラーム過激派の食卓:「イスラーム国 シャーム州」

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
(写真:ロイター/アフロ)

 2022年3月に「イスラーム国」に新たな自称「カリフ」と公式報道官が選任されて以降、同派の広報の量や質に若干の変化がみられるようになった。主な変化は、長らく低迷を続けていた動画の作成活動が若干活性化し、月に2~3件程度の作品を発信するようになったこと、「戦果発表」に際しやたらと画像を発信するようになったことなどである。これによって、低水準にとどまっていた「イスラーム国」による声明・動画の発信件数も2022年4月ごろからやや増加している。もっとも、増加と言っても月間の発信件数が100件を上回るほどではないし、同派が週刊の機関誌で発表する州ごとの戦果件数には顕著な増加傾向はみられない。となると、「イスラーム国」の活動状況は世界的に見ても相変わらず低空飛行のままと言える。その一方で、「イスラーム国」はアフリカ各地で活動を活発化させており、ナイジェリアのではそれなりに広範囲の領域を制圧している模様で、それを誇る広報作品も多数みられる。しかし、最近の「イスラーム国」の広報活動の中で最も嘆かわしい(?)ことは、同派が今期の犠牲祭を祝う動画や画像を全く発表してくれなかったことだ。例年、「イスラーム国」は断食明けや巡礼明けの祝祭(=犠牲祭)の折にはそれを祝う構成員らの画像を多数発表していた。これらの画像には祝祭のごちそうが映し出されていることも多く、その模様を眺めることは各地の「イスラーム国」の者たちの構成員の規模や彼らの生活水準を知る一助となっていた。これが発信されなくなったということは、新しい自称「カリフ」の下で広報の方針に何か変化が生じた可能性を考えておくべきだ。

 そうした中、久しぶりに「イスラーム国」の者たちの暮らしぶりの画像を発表してくれたのが、「イスラーム国 シャーム州」である。シャームとは、現在のシリアを中心とする地中海東岸のアラブ諸国を指す地域で、「シャーム州」はおおむねシリア・アラブ共和国の領域を指す。つまり、「シャーム州」なるものが現在の形で存在すること自体が、かつてはイラクとシリア、そしてその周辺の「人工国境」を破壊すると息巻いていた「イスラーム国」が現実に屈服した姿を如実に示すものである。今般出回った画像群は、「イスラーム国 シャーム州」の中でもシリアの砂漠地帯で活動する者たちが「元気にやってます」ということを誇示する作品だ。実は、この画像群が発信されたのは「イスラーム国」の週刊機関誌の最新号でシリアの砂漠地帯の軍事責任者にインタビューが掲載されたことと連動する広報キャンペーンである。最近の同派の週刊機関誌では、ナイジェリアを中心とする「西アフリカ州」の戦果や「統治」活動についての記事の比率が上がり、「イスラーム国」の元々の活動地だったイラクやシリアの扱いが小さくなっていたことから、今般のようなキャンペーンが行われるということは、現状に対する編集側なり読者側なりの不満を反映しているのだろう。

 写真1は、手動のミシンで何かの縫物をするムジャーヒドの姿だ。僻地の拠点に潜伏するイスラーム過激派の者たちについては、しばしば「誰が家事労働をしているのか?」が観察者の関心の対象となる。構成員たちが日々の暮らしや戦闘のために家事労働に励む姿も、立派な広報素材となる。

写真1.2022年7月30日付「イスラーム国 シャーム州」
写真1.2022年7月30日付「イスラーム国 シャーム州」

「イスラーム国 シャーム州」が例年発信する食事や調理に関する画像群では、コンロなどの調理器具ではなく焚火で具入りの揚げパンなどを仕込む模様が観察されてきた。今期の仕込みも、野外で焚火を用いてパン焼きや揚げ物をする調理風景で、過去数年と比べて著しい進歩も退行もない。もっとも、調理や食事に携わる人数はずいぶん減ったように思われる。週刊機関誌の最新号に登場した軍事責任者なる人物は、安全上の理由で「未発表の」作戦が多数あると主張したのだが、広報画像に映し出される構成員の人数も安全上の理由で少なく抑えられているのだろうか?上で紹介した通り、「イスラーム国」は毎週の機関誌で各地の「戦果」の件数の統計なるものを掲載してくれているので、軍事責任者の言う通りに「未発表の」作戦が多数あっても、「件数」くらいはちゃんと発表してくれないと統計を発表する意味も効果も著しく減殺される。

写真2.2022年7月30日付「イスラーム国 シャーム州」
写真2.2022年7月30日付「イスラーム国 シャーム州」

写真3.2022年7月30日付「イスラーム国 シャーム州」
写真3.2022年7月30日付「イスラーム国 シャーム州」

写真4.2022年7月30日付「イスラーム国 シャーム州」
写真4.2022年7月30日付「イスラーム国 シャーム州」

 写真2~3を見る限り、「イスラーム国 シャーム州」の者たちは相変わらずたいしたものを食べていない。ごちそうの定番であろう肉の串焼きや煮込み料理も全く出てこなかった。こうした生活が、シリア内外で「イスラーム国」に合流を希望する者たちから魅力的に見えるかは心許ない。前述のインタビューで、軍事責任者は合流希望者たちに対し(合流を希望するものの経路がないという者は)他の州に合流するか自分が現在いる場所でジハードの先駆けとなれと述べた。「イスラーム国」が自分たちだけが「正しいイスラーム統治」を実践しているので真のムスリムはこれに合流すべしと主張している以上、同派は「合流せよ」との呼びかけや扇動を「しなくてはならない」団体である。2022年7月30日には、「ソマリア州」がエチオピアのムスリムに対し合流を呼びかける扇動動画を発表した。つまり、「イスラーム国」は他所から人が来てほしい時には正直にそれを扇動・勧誘するということだ。そこで「シャーム州」の砂漠地域の軍事責任者が、合流希望者に対しあたかも「来るな」と言わんばかりの態度をとったことは、機関誌上でのインタビューよりも、今般取り上げた画像群よりも、「シャーム州」の活動状況を知る上での重要なヒントとなる。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

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