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ソムリエも英語力の時代

猪瀬聖ジャーナリスト/翻訳家
全日本最優秀ソムリエコンクールで優勝した岩田渉さん(左)と2位に入った井黒卓さん

ワインのプロ、ソムリエの日本一を決める「全日本最優秀ソムリエコンクール」が4月11、12日の2日間、東京都内のホテルで開かれ、京都市内のワインバー「Cave de K(カーヴ・ド・ケイ)」のソムリエ、岩田渉さん(27)が優勝した。

同コンクールは日本ソムリエ協会の主催で3年毎に開催。第8回となる今回は、全国各地の予選を勝ち抜いた女性2人を含む24人のソムリエが、ワインに関する幅広い知識、香りや味わいを的確に表現するテイスティング力、ワインサービスの技術を競った。

最終日の、準決勝の成績上位5人による決勝戦は、一般に公開され、選手は約800人の観客が見守る中、舞台の上で与えられた課題を次々とこなした。

特筆すべきは、出題者による課題の読み上げも、それに対する答えも、サービスしながら客に扮した審査委員と交わす会話も、すべて英語で行われたこと。当然、英語力が勝敗の行方を大きく左右した。

世界で勝てない日本代表

実は、同コンクールは毎回、国際大会の日本代表選考会を兼ねている。優勝した岩田さんは、来秋京都で開かれる「アジア・オセアニア最優秀ソムリエコンクール」への出場権を獲得。同時に、ソムリエのオリンピックとも言われる「世界最優秀ソムリエコンクール」の日本代表選考会に出場する資格も得た。英語で審査が行われるのは、こうした国際大会を見据えてのことだ。

ところが、その国際大会では近年、日本代表の惨敗が続いている。立ちはだかる最大の壁が、英語だ。

国際大会では、公平を期すため、選手は母国語を使用してはいけないという決まりがあり、英語圏の選手がフランス語を選択する以外、最近は、ほとんどの選手が英語を選択するようになっている。日本のソムリエは、今や知識力やサービスの技術ではワインの本場欧州のソムリエにも引けを取らないと言われているが、英語力では、ペラペラの欧州勢にまったく歯が立たない。結果、成績も伸びない。

実際、日本代表は、欧州勢が参加しないアジア・オセアニア大会では毎回、好成績を残すものの、世界大会では、1995年の田崎氏以来、優勝から遠ざかっている。最近は、決勝進出すらおぼつかない状況だ。アジア・オセアニア大会でも、英語の上手い中国勢やシンガポール勢の台頭で、日本は優位性を保てなくなっている。

ブラインドテイスティングの課題に挑む岩田さん
ブラインドテイスティングの課題に挑む岩田さん

2010年の世界大会優勝者で、今回ゲスト審査委員を務めたフランス人のジェラール・バッセ氏は、「英語をしゃべるスピードが遅いと、その分、時間をロスし、短い時間内に課題をこなすことが難しくなる」とコンクールにおける英語力の重要性を指摘する。

田崎氏がソムリエ世界一になった時は、ニュースでも大きく取り上げられ、日本に一大ワインブームをもたらした。それだけに、多くのワイン関係者は「第2の田崎真也」の誕生を心密かに期待する。そのためにも、まずは、英語力を世界レベルにまで上げることが、日本のトップクラスのソムリエに求められている。

現在は日本ソムリエ協会会長としてソムリエのレベルアップに尽力する田崎氏も、「(日本のソムリエが世界大会で勝つための)最大の課題は語学力」と言い切る。

その意味では、今大会は関係者の期待が大きく膨らむ大会でもあった。

海外経験がアドバンテージに

優勝した岩田さんは、本戦出場者の中では最年少。同志社大学在学中に休学し、ワーキングホリデー制度を利用してニュージーランドに3年間住んだ。現地でワインに興味を覚え、将来ソムリエになることを決意。ニュージーランドを離れた後、1年かけて欧州の主なワイン産地を巡り、独学でワインを勉強。帰国後、大学卒業と同時に、今の店で働き始めた。

公開決勝では、流暢な英語でブラインドテイスティングやサービスの課題をスムーズにこなした。バッセ氏も「彼の英語力なら世界で十分戦える」と太鼓判を押す。

2位に入った井黒卓さん(29)も、米国に住んだ経験を生かし、高いレベルの英語力を披露。サービスの課題では、英語で軽口をたたいて観客の笑いを誘う余裕を見せるほど、出場選手の中では、岩田さんと並んで抜きんでた英語力だった。井黒さんも来年のアジア・オセアニア大会に日本代表として出場することが決まった。

サービスの課題をこなす井黒さん
サービスの課題をこなす井黒さん

筆者もこれまで、国内外のソムリエコンクールを何度か取材してきたが、今回1位、2位をとった2人ほど英語の上手い日本のソムリエは、見たことがない。

もちろん、勝因は英語だけでない。サービスの課題をそつなくこなすにはソムリエとしての経験が物を言うが、例えば、井黒さんは20代の若さで、東京・銀座にあるミシュラン二つ星のフレンチレストラン「ロオジエ」に勤務。その前も、三つ星レストランの「カンテサンス」で働くなど、経験は豊富だ。

岩田さんの勤務するCave de Kも、ザ・リッツ・カールトン京都に隣接し、外国からのビジネスマンやエグゼクティブ層もよく利用するという店だけに、サービス力は相当鍛えられているようだ。

全日本最優秀ソムリエコンクール常連のベテランソムリエは、「英語のできるソムリエは昔からいたことはいたが、知識力やテイスティング能力はたいしたことがないという人ばかりだった。だが、今回、決勝に残った若手は、英語力も凄いが、それ以外の実力も凄い。新しい世代が出てきたという印象を強く受けた」と語る。

「おもてなし」にも不可欠

日本のソムリエが英語力を求められるのは、単に国際大会で勝つためだけではない。2020年の東京五輪・パラリンピックを控え、海外からの観光客やビジネス客はますます増えると見られている。ソムリエのいるレストランやバーで食事を楽しみたいという旅行客も多いだろう。そうした海外からの客人を、日本を代表し、最高のサービスで「おもてなし」するためにも、ソムリエの英語力向上は欠かせない。

ジャーナリスト/翻訳家

米コロンビア大学大学院(ジャーナリズムスクール)修士課程修了。日本経済新聞生活情報部記者、同ロサンゼルス支局長などを経て、独立。食の安全、環境問題、マイノリティー、米国の社会問題、働き方を中心に幅広く取材。著書に『アメリカ人はなぜ肥るのか』(日経プレミアシリーズ、韓国語版も出版)、『仕事ができる人はなぜワインにはまるのか』(幻冬舎新書)など。

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