なぜ、彼はリンチされ殺されなければならなかったのか？当事者が口を閉ざす闇に向き合う覚悟を決めて

水上賢治

映画ライター

7/28(日) 9:30

　映画「ゲバルトの杜～彼は早稲田で死んだ」は、いまから約50年前に東京都の早稲田大学構内で起きた「川口大三郎リンチ殺人事件」に焦点を当てる。

　殺害された川口大三郎さんは当時まだ20歳。早稲田大学第一文学部二年生のごく普通の学生だった。

　学生運動終末期に起きた事件のあらましはこうだ。

　1972年11月8日14時ごろ、文学部自治会を牛耳り、早稲田大学支配を狙う新左翼党派・革マル派（日本革命的共産主義者同盟革命的マルクス主義派）が、川口さんを対立する中核派のシンパとみなし、早稲田大学文学部キャンパスの学生自治会室に拉致。約8時間にわたるリンチを加えて殺害し、その後、川口さんの遺体を東大構内・東大付属病院前に遺棄した。

　翌日の11月9日に遺体が東大で発見されると、昼過ぎに、革マル派が声明を発表。「川口は中核派に属しており、その死はスパイ活動に対する自己批判要求を拒否したため」と事実上、殺害への関与を示唆した内容で、川口さんが内ゲバによって殺害されたことが判明する。

　川口さんの死因は「丸太や角材の強打によるショック死」で、遺体の打撲傷の痕は四十カ所を超え、全身あざだらけ。

　骨折した腕から骨が出ていたほど、変わり果てた姿になっていたという。

　だが、川口さんは学生運動や部落解放運動などに参加はしていたが、実際には中核派とほとんど無関係。つまりなんの理由もなく無関係の人間が、勝手な抗争に巻き込まれて、凄絶なリンチの末に殺害される理不尽な死だった。

　なぜ、なんの関係もなかった川口大三郎さんは殺されなければならなかったのか？彼の死とは？

　ここを起点に本作は、学生運動終焉期に激化した「内ゲバ」に迫ろうとする。

　同じ革命を志す若者同士が激しく対立し、最後は殺し合いにまでエスカレートしていった「内ゲバ」について、当事者たちはいまだに堅く口を閉ざしている。100名以上が命を奪われながら、どういった内実があったのかほとんど語られていないという。

　これだけの死者が出ていて、何も語らないまま終わらせていいのか？川口さんはこのまま忘れられてしまっていいのか？

　このある種の隠蔽と無関心は、いまの日本社会が抱える問題にもつながっている気がしてならない。

　「内ゲバの真相」と「川口大三郎の死」と向き合った代島治彦監督に訊く。全六回／第四回

樋田さんの本を入口にすれば、いままで無理だろうと考えていた

内ゲバを描くことができるのではないか

　前回（第三回はこちら）は、原案となった樋田毅さんの著書『彼は早稲田で死んだ　大学構内リンチ殺人事件の永遠』にどのような印象を抱いたかを聞いた。

　本を手にしてこう考えたという。

「樋田さんの本を入口にすれば、いままで無理だろうと考えていた内ゲバを描くことができるのではないかと思いました。

　日本の新左翼党派である中核派と革マル派の内部でどのようなことが起きていって、報復の連鎖が起きていってしまったのか。僕の映画の基本は当時者の話を聞くことから始まる。この本に登場する人、それ以外の人に話をきいていけば、内ゲバについて描けるのではないかと考えました。

　それで本を読んで１週間後ぐらいに、樋田さんの仕事場をお尋ねして、切り出しました。『この本をベースにして作品を作らせていただけないか」と。

　樋田さんはありがたいことに『内ゲバについての映画を作ってくれるのはうれしい』と承諾してくれました」

演出家の鴻上尚史のところへ

　そのあと、どのような形で作品作りは進んでいったのだろうか？

「樋田さんから許可をいただいたことは良かったんですけど、前にお話しをしたように内ゲバに関しては映像はおろか写真もほとんど残っていない。

　どうしようかなと考えて、樋田さんに許可をいただいてから１週間後ぐらいに、演出家の鴻上（尚史）さんと会うことにしました。まあ、少しお話しをしたように鴻上さんの『次は内ゲバですね。内ゲバの映画を作ってくださいよ』といったことが事の発端になっている。鴻上さんが言い出しっぺといえば言い出しっぺなので、『作るのでちょっと手伝ってくださいよ』ということを伝えにいきました」

鴻上に『川口大三郎リンチ殺人事件』を芝居にしてほしいと提案

　そのとき、ひとつ提案をしたという。

「そこで単刀直入にお願いしました。写真も映像もなにも残っていないので、『川口大三郎リンチ殺人事件』でどんなことが起きていたのかを芝居にしてくれないかと。

　今回の作品の結果的にドラマパートとなるところをお願いしました。この時点では、再現ドラマのようにするかどうか決めていなかったのですが……。

　とにかく当時、革マル派にどのようにして川口くんが殺されたのかを、できる限り資料や証言を集めるので、きちんと芝居にして演劇でも、再現ドラマでもいいので描いてほしいとお願いしました。いくら言葉を並べたところで、どういうことが行われたのかをきちんと映像でみせないと、観客はまったくイメージできないで終わってしまう可能性が高いと思って、それだけは避けたかった。

　それで鴻上さんに『川口大三郎リンチ殺人事件』を芝居にしてほしいとお願いしました。

　そして、作るに当たっては、その芝居を作り上げていく過程も撮りましょうと。

　（川口大三郎リンチ殺人事件）当時、まだ大学生ではなかった僕らが作るわけだから、どうあがいても『すべて100％、ほんとうにあったことです』とは言い切れない。ですから、どのようなことを僕らが考えて作ったかまで、つまびらかにしましょうと。

　僕らなりに起きたことに限りなく近づいてリアルに『川口大三郎リンチ殺人事件』について描きませんかと、鴻上さんに伝えました。

　鴻上さんはひとこと、『いいよ』と言ってくれました。

　ここから本格的に作品は始動した感じです」

（※第五回に続く）

【「ゲバルトの杜～彼は早稲田で死んだ～」代島治彦監督インタビュー第一回】

【「ゲバルトの杜～彼は早稲田で死んだ～」代島治彦監督インタビュー第二回】

【「ゲバルトの杜～彼は早稲田で死んだ～」代島治彦監督インタビュー第三回】