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ドラマ『わたしの宝物』第1話ラスト  怒濤の「6分間」が明らかにした「托卵」の深い闇

堀井憲一郎コラムニスト
(写真:Keizo Mori/アフロ)

※ドラマ『わたしの宝物』のネタバレしています。

叩き込むような怒濤の展開を見せた『わたしの宝物』

松本若菜のドラマ『わたしの宝物』は穏やかに始まったドラマだが、最後に叩き込むような怒濤の展開を見せた。

前半は「ふつうの主婦」の生活が描かれた。

もちろん何の変哲もない「ふつうの主婦」というものは存在しない。

彼女にもさまざまな悩みがある。

もっとも問題になっているのは夫のモラル・ハラスメント。

妻としてなるべく夫に寄り添おうとしても、その都度、彼に非難される。

なごませようと笑顔を作ると、笑うな、と怒られる始末である。

なかなかに厳しい生活である。

モラル・ハラスメント夫を演じる田中圭の凄み

このモラル・ハラスメントが自然に描かれていて、真に迫る。

どんどん空気が薄くなっていって、なんだか息がしにくい、という状況をきちんと描いていた。

ただ田中圭が演じる夫は、どこかに「かつて仲の良かった痕跡」のようなものをしっかり漂わせてそこがうまい。

このドラマは、この夫の変化も見つづけることになるのだろうなと予感させられる部分であった。

松本若菜もついに落ち着いた女優となったか

前半は日常が描かれ、開始して1時間は、なんだか落ち着いたドラマであった。

松本若菜も、ついに、まわりをざわつかせない役を演じるようになったのかと感慨深く見ていたのだが、違った。

松本若菜は松本若菜である。

かならずドラマをざわつかせてくれる。見事だ。

不倫の関係に落ちるまでが57分

中学時代からの知り合いの冬月稜(深澤辰哉)と再会して、どんどん距離が縮まっていくのがドラマ第1話の終盤であった。

22時始まりのドラマで、22時57分に二人は関係を持つ。

初回15分拡大だったかとおもいだしているところで、彼は仕事でアフリカに旅立つ。

ヒロイン美羽(松本若菜)の妊娠がわかるのが23時00分。

そうか、不倫かとぼんやり見ていたが、ここからが怒濤の展開だった。

アフリカのメビリノ共和国での爆発事件

23時02分にヒロインはニュースに気づく。

「アフリカ西部のメビリノ共和国」で爆発があり、そこで亡くなった日本人2名のうち一人の名前が「フユツキ リョウ」ということをテレビ画面で知る。

深い仲になって5分で死んだ。

いや、本当に死んだのかどうかわからないのだが、とりあえずテレビ報道ではその死が告げられた。

同時に、彼女を妊娠させた相手は、つまりお腹の子の父は、夫ではなく死んだ稜であったと明らかにされる。

それが23時04分。

23時からの怒濤の6分間

雨に濡れながら歩く彼女の脳裏に「托卵」の文字が躍る。

いままでまったく出てこなかった文字だ。

家に帰って、妊娠していると言って「あなたの子よ」と夫に告げる。

心の中の声では(……わたしは悪い女……)とつぶやいて23時06分に本編が終わる。

23時に妊娠がわかってからの怒濤の6分で、驚いているうちに第1話は終わった。

「日本産科婦人科学会では認められておりません」

本編が終わってすぐ説明の文字が並んだ。

「出生前親子鑑定など 医療目的でない遺伝子検査は 法的措置の場合を除き 日本産科婦人科学会では認められておりません」

かなり微妙なテロップである。しかも2秒半(2秒と15フレーム)しか出ていなかったので、速読王でもないかぎり読みきれないだろう。

ヒロインは「医療目的ではない遺伝子検査である出生前親子鑑定」を行って、「托卵」をおこなおうとしているのだ。

カッコウの鳴き声の数で結婚を占う

托卵で有名なのはカッコウである。

そこでドラマは冒頭につながる。

ドラマの最初のシーンは中学時代の美羽と稜。

図鑑を見ながら美羽が稜に話しかけている。

「カッコウの季節になると、ヨーロッパの少女たちは、最初に聞いたカッコウの鳴き声の数で自分たちがあと何年経ったら結婚するかを占うんだって」

ずいぶん大雑把な情報で、ヨーロッパの少女って、どこからどこまでを指しているんだとおもってしまうが、まあ、中学生少女が好みそうなロマンチックな話である。

托卵をする理由は未だにわかっていない

その、中学のときに彼女が開いていた図鑑に、托卵の説明がある。

「カッコウ科に多く見られる生態 『托卵』とは?」

「他の鳥の巣に卵を産みつけ、その鳥に孵化したひな鳥を育てさせる。この生態を托卵と呼び、托卵される親鳥を仮親と呼ぶ……」

「托卵をする理由は、未だにわかっていない……」

逃れようのないドラマが始まった

戦慄する展開であった。

悪い女とは、そういうことかと感心している。

逃れようのないドラマが始まってしまった。

次回を待つしかない。

ただまあ、中学1年生男子が、中学3年生女子に向かってタメ口をきいているというシーンは(それで二人は仲良くなったのだが)個人的には(あくまで個人的にだが)あまり納得はいっていない。(中一男子ってほぼ子供だし、中一男子から見た中三女子って、怪物のような年上にしか見えなかったというのが個人的な風景だからである)

コラムニスト

1958年生まれ。京都市出身。1984年早稲田大学卒業後より文筆業に入る。落語、ディズニーランド、テレビ番組などのポップカルチャーから社会現象の分析を行う。著書に、1970年代の世相と現代のつながりを解く『1971年の悪霊』(2019年)、日本のクリスマスの詳細な歴史『愛と狂瀾のメリークリスマス』(2017年)、落語や江戸風俗について『落語の国からのぞいてみれば』(2009年)、『落語論』(2009年)、いろんな疑問を徹底的に調べた『ホリイのずんずん調査 誰も調べなかった100の謎』(2013年)、ディズニーランドカルチャーに関して『恋するディズニー、別れるディズニー』(2017年)など。

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