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なぜLGBTQの横山選手は米国で結婚することを選んだのか

猪瀬聖ジャーナリスト/翻訳家
(写真:アフロ)

心と体の性が一致しないトランスジェンダーであることを公表していたサッカー女子の元日本代表で現在は米国のプロチームで活躍する横山久美選手が23日、結婚を発表したとの報道があった。なぜ横山選手は米国で結婚する道を選んだのか。

「現状を知って頂きたい」

横山選手は23日、自身のインスタグラムにお相手のなみさんと結婚許可証を持つ写真を投稿。「私事ですがアメリカで入籍したことを報告させて頂きます。もちろん日本では無効ですが、少しでも発展していくことを願っていますし、たくさんの方々に日本の現状を知って頂きたいと思い報告しました。そしてこれからもより一層身を引き締めて頑張るので応援よろしくお願いします」と日本語でコメントを添えた。

横山選手は今年6月、同じく女子サッカー日本代表選手として活躍した永里優季選手のYouTubeチャンネルに出演し、トランスジェンダーであることをカミングアウト(自発的に公表すること)。10月下旬には、チームが本拠地として使用している首都ワシントンのサッカースタジアム「アウディ・フィールド」のピッチ上で、なみさんに片膝をついてプロポーズする姿をツイッターに投稿していた。

なぜ横山選手は日本ではなく、米国で結婚することを選び、そのことを日本のファンに伝えたかったのか。さらに言えば、なぜ活躍の場を日本から海外に移したのか。筆者は直接、横山選手に取材したことはないが、同選手がインスタグラムに寄せた「もちろん日本では無効ですが、少しでも発展していくことを願っていますし、たくさんの方々に日本の現状を知って頂きたいと思い報告しました」との短いコメントが、本人の胸の内を雄弁に物語っている。

日本では困難

日本は、LGBTQの人たちに対する社会の理解が徐々に進み始めたとは言え、他の先進国や主要国・地域と比べると、LGBTQに対する基本的人権意識が総じて低い。その象徴が、未だに同性婚が認められていないという事実だ。主要7カ国(G7)の中で、同性婚やそれに準ずるパートナーシップ制度が国レベルで整備されていないのは、唯一日本だけ。経済協力開発機構(OECD)が昨年公表した加盟各国のLGBTQに関する法制度の整備状況に関する報告書でも、日本は35カ国中、トルコに次ぐワースト2位の34位と、下位に沈んでいる。

また日本では、トランスジェンダーが自ら望む性を法的に認めてもらうには、外科手術を受けるしか方法がない。この法律を、日本政府によるLGBTQに対する人権侵害の象徴の1つと見ている欧米メディアも多い。11月上旬、横山選手のプロポーズのニュースを写真付きで大きく報じた米国のオンラインメディア「アウトスポーツ」も、横山選手を祝福すると共に、この日本の法律を「まったく非人道的」と断じている。

こうした法の壁があるため、横山選手はそもそも日本で結婚するのが非常に難しかった。だが、「日本の現状」はそれだけではないようだ。

足踏み状態

先に開かれた東京オリンピック・パラリンピックでは、大会組織委員会がLGBTQの人権尊重を大会ビジョンの1つに掲げ、LGBTQアスリートの参加者数が前回のリオデジャネイロ大会を大きく上回り、過去最多を記録した。また、ゲイであることを公表した英国の男子高飛び込みのメダリストが試合の合間に熱心に編み物をする姿がメディアに好意的に報じられるなどしたため、日本のLGBTQ関係者の間からは、東京大会を機に同性婚の合法化へ向けた動きが一気に進むのではないかとの期待が高まっていた

実際に英国では、LGBTQ選手の参加が急速に増えた前々回のロンドン・オリンピックの翌年、同性婚が合法化されている。ところが、日本では関係者の期待とは裏腹に、新たに発足した岸田文雄政権内で同性婚の合法化に対し慎重論が高まるなど、LGBTQの人権問題への取り組みは足踏み状態だ。

その背景にあるのは、マイノリティーを社会の一員としてなかなか受け入れられない日本独特の社会風土だ。例えば、女性が社会の中でどれだけ活躍の場を与えられているかを示す世界経済フォーラムのジェンダーギャップ(男女格差)指数を見ると、日本は156カ国中120位と、先進国どころか多くの途上国と比較しても後塵を拝している。難民の受け入れ数が他の多くの先進国に比べて極端に少ないのも、そうした社会風土が少なからず関係していると見られている。

「静かな封印」

筆者は3年前、日本文学研究者のロバート キャンベルさんにインタビューしたが、そのときキャンベルさんはこう語っている。

「私が生まれ育ったアメリカと比べると、日本では、同性愛者という理由で生命を脅かされる心配はまずありません。言葉で攻撃されることもめったにない。しかし、それは必ずしもLGBTにとって生きやすい社会を意味するわけではありません。日本は、LGBTに対し、アメリカのような露骨な攻撃や排除はしませんが、かといってLGBTの存在を喜んで認めるわけでもない。露骨な排除ではなく静かな封印。それが日本社会の現状です」

横山選手も、永里選手の番組の中で「日本にいたらカミングアウトはしていない」と述べ、ドイツや米国で暮らした経験から、日本でLGBTQとして生きることの難しさを繰り返し指摘している。

東京オリンピック直前に日本のLGBTQに関する記事を掲載した米タイム誌は、横山選手がカミングアウトした際、「日本ではLGBTQのアスリート仲間からささやかな祝福があっただけだったが、米国ではジョー・バイデン大統領が祝福のメッセージを贈った」と、日米社会の好対照ぶりを強調してみせた。

住みやすい世界に

横山選手がサッカー選手として活動の拠点を海外に移した理由は、筆者はスポーツ記者でないのでよくわからないが、日本のLGBTQにとって、生きやすさや働きやすさを求めて海外に移住することは、けっして例外的な選択肢ではない。米国や英国など海外先進国の在日商工会議所は、このまま日本が同性婚を認めないと、優秀な人材が日本から流出し企業による優秀な人材確保が難しくなるとして、日本政府に対し同性婚の早期合法化を求めている。

YouTube番組の最後で、永里選手から、カミングアウトしたのは「より社会をよくしていきたい、住みやすい世界にしていきたい」との思いからかと聞かれた横山選手は、「そうですね」と言った後で、「この人が言っているから大丈夫なんだ、(自分もLGBTQだと)言えるんだという存在になっていけたらいいなと思っている」とカミングアウトした動機の一端を明かした。

今回の結婚報告も、喜びを分かち合いたいという気持ちと同時に、日本も変わってほしいという願いが込められているに違いない。

ジャーナリスト/翻訳家

米コロンビア大学大学院(ジャーナリズムスクール)修士課程修了。日本経済新聞生活情報部記者、同ロサンゼルス支局長などを経て、独立。食の安全、環境問題、マイノリティー、米国の社会問題、働き方を中心に幅広く取材。著書に『アメリカ人はなぜ肥るのか』(日経プレミアシリーズ、韓国語版も出版)、『仕事ができる人はなぜワインにはまるのか』(幻冬舎新書)など。

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