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人生の決断 将来への期待と不安に満ちた転職への選択 譲れない条件と妥協する現実

足立泰美甲南大学経済学部教授/博士「医学」博士「国際公共政策」
(写真:イメージマート)

転職には様々なリスクがある。競合他社に転職する場合には、競業避止義務が求められたり、退職金が減額・没収されたり、時として、損害賠償を請求されることもあるであろう。でもそのリスクをもってしても、新しい職場や役職に対して抱く希望や願望のなかで、転職後の生活への期待が大きな決断に繋がるのであろう。

転職の動機 将来への不安と期待を抱えた決断

確かに、厚生労働省(2023)「令和5年度 労働経済の分析」では、前職の離職理由として、雇用情勢が厳しいリーマンショック直後の2009年は、「会社倒産・事業所閉鎖のため」「人員整理・勧奨退職のため」「事業不振や先行き不安のため」が要因で、転職に踏み切っていることが報告されている。だが、雇用情勢が改善する時期においての転職への誘因は、「より良い条件の仕事を探すため」が挙げられている。この傾向は、COVID-19においても同様だ。感染が落ち着きつつある2022年には、「より良い条件の仕事を探すため」という思いを持ち、転職者数は、3年ぶりに増加に転じた。同調査では、正規雇用の転職の満足度も調査している。2年前と今を比べた場合に、転職を踏み切った方は、かつてよりも今、生活への満足度、仕事への満足度、キャリアへの見通し、そして実際に成長を感じている割合が増加している。

仕事への思いを実現する一つの手段 転職への決断 それを促す国の施策

2017年3月に働き方改革実現会議で決定した「働き方改革実行計画」では、企業、従業者、そして国全体を踏まえた働き方の多様化を目指した計画を進めた。そこには、転職が不利にならない柔軟な労働市場や企業慣行を確立すれば、従業者自らが考える働き方を選択して、キャリアを設計しようとする姿勢を促すであろう。そして、付加価値の高い産業への転職・再就職が実現することで、国全体の生産性の向上にも繋がるであろう。昨今においても、2023年5月の新しい資本主義実現会議で、「三位一体の労働市場改革の指針」を打ち出し、リ・スキリングによる従業員自身の能力向上支援、個々の企業の実態を踏まえた職務給の導入、さらには成長分野への労働移動の円滑化といった三位一体の労働市場改革を行うことで、客観性、透明性、公平性が確保される雇用システムへの転換を図ろうとしている。これによって、構造的に賃金が上昇する仕組みを講じている。また、再就職やスキルアップに加え転職を目指す方を対象に、月10万円の生活支援給付金を受けながら、職業訓練を無料で受講できる求職者支援制度をはじめ、政府が提供しているスキルアップ制度として産業雇用安定助成金(スキルアップ支援コース)などもある。

転職を選択した場合 我々の生涯賃金はどう変わるであろうか

一方で、転職には様々なリスクが付きまとう。その一つに、生涯所得である。労働政策研究・研修機構「ユースフル労働統計2022 ―労働統計加工指標集―」によれば、転職によって生涯所得が変化することを報告している。そこでは、短期的な賃金の変動において、転職により2年後の年収が100万円以上増加する確率は7%程度であり、50万円以上増加する確率は4%程度まで高まることを報告している。さらに、同調査では、パネルデータを用いて長期的な評価も行っている。ここでは転職を経験せずに、同一の企業に勤続して定年退職したときに受け取る退職金に対して、転職を1度経験して、それ以降は同一企業に働き続け定年退職を迎えた場合の退職金(転職時の退職金と定年退職時の退職金の合計)を比較した場合に、退職金の減少率を算出している。このとき、製造業における企業規模1,000人以上の男性労働者を対象に、学歴別、転職時の年齢別に計算している。生涯賃金の減少率は、転職時の年齢によって、著しく異なる。例えば、表1に示すように、転職時の年齢が 25 歳であれば、減少率は、僅か、10%にだって満たない。だが、30歳代、40歳代へと年齢が高まるにつれて生涯賃金の減少率は拡大し、40~45 歳時での転職になると減少率が最も大きくなる。そして、50歳以上になると、年齢とともに減少率が低下していく。

表1 年齢別転職による生涯所得減少率

出典)労働政策研究・研修機構「ユースフル労働統計2022 ―労働統計加工指標集―」の提供データをもとに作成
出典)労働政策研究・研修機構「ユースフル労働統計2022 ―労働統計加工指標集―」の提供データをもとに作成

このように、転職を決めた年齢に応じて、生涯得られる所得は減少するだけでなく、学歴に応じても異なることも報告されている。例えば40歳で転職を選択した場合、その生涯所得減少率は、管理・事務・技術労働者や総合職であった場合に、高卒であれば43.7%、大卒では、それを上回って47.0%に上る。高卒の生産労働者になると、さらに高まって50%を超えることが算出されている。

転職は、仕事への満足を高め、新たなスキルを身につけ、社会的ネットワークを広げる可能性があるであろう。だが、一方で、転職生活が長引いたり、繰り返し行われれば、逆に、心理的には自己肯定感が下がり、社会的には職場の人間関係が狭まり、経済的には収入が途絶える恐れがある。様々な影響を総合的に考え、自分の目標やライフプランに合った選択をすることが重要となるであろう。

甲南大学経済学部教授/博士「医学」博士「国際公共政策」

専門:財政学「共創」を目指しサービスという受益の裏にある財政負担. それをどう捉えるのか. 現場に赴き, 公的個票データを用い実証的に検証していく【略歴】大阪大学 博士「医学」博士「国際公共政策」内閣府「政府税制調査会」国土交通省「都道府県構想策定マニュアル検討委員会」総務省「公営企業の経営健全化等に関す​る調査研究会」大阪府「高齢者保健福祉計画推進審議会」委員を多数歴任【著書】『保健・医療・介護における財源と給付の経済学』『税と社会保障負担の経済分析』『雇用と結婚・出産・子育て支援 の経済学』『Tax and Social Security Policy Analysis in Japan』

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