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世界で最も影響力のあるピッツェリア専門ガイドで1位に輝いた東京のピッツアバーは何がすごいのか

清水美穂子ブレッドジャーナリスト
ピッツァバー on 38th(画像提供:マンダリン オリエンタル 東京)

マンダリン オリエンタル 東京(東京都中央区日本橋室町二丁目1-1) の「ピッツァバー on 38th」(ピッツァバー オン サーティエイス)が2023年5月、世界で最も影響力のあるピッツェリア専門ガイド『50 TOP PIZZA』のアジア・太平洋地域部門で1 位を受賞した。

受賞はそれだけではない。『ミシュランガイド東京 2023』ではビブグルマン評価を6 年連続受賞、「ガンベロロッソ」による『世界のトップ・イタリアンレストラン』2023年版ではピッツェリア部門の最高評価を獲得している。

このピッツァバーの何がそんなにすごいのだろうか。

「ピッツァバー on 38th」はその名の通り、同ホテル38階のイタリアンレストランの一角にあるカウンター8席のみのユニークな店で、ピザ窯とオープンキッチンを取り囲むように座席が配置されている。

ピッツァのおまかせコースは前菜から始まり、9種類のピッツァを楽しめる。春菊を使った「カルツォーネ」など変化球も。(筆者撮影)
ピッツァのおまかせコースは前菜から始まり、9種類のピッツァを楽しめる。春菊を使った「カルツォーネ」など変化球も。(筆者撮影)

この6月にスタートしたディナーのメニューは前菜から始まり、さまざまなピッツァをコース仕立てにした「おまかせ」のみで、8名が同時に1枚のピッツァをシェアすることになる。それがまず、他店にはないスタイルだ。例えば二人でピッツァを食べに行ったとして、楽しめるのはせいぜい2種類といったところだろう。しかしこのコースでは1切れずつ8種類楽しめる。多人数で中華料理を囲む時のような楽しさだが、喩えとしてより近いのは、鮨である。

北海道産蛸、スモークモッツァレラチーズ、トウモロコシなどの「蛸とペペローニ」、青森県産ニンニク、自家製マッシュルームのピュレオイルパウダーを用いた「国産キノコ」(筆者撮影)
北海道産蛸、スモークモッツァレラチーズ、トウモロコシなどの「蛸とペペローニ」、青森県産ニンニク、自家製マッシュルームのピュレオイルパウダーを用いた「国産キノコ」(筆者撮影)

イタリア・ローマ出身の総料理長、ダニエレ・カーソンさんや「ピッツァイオーロ」と呼ばれる専門の職人たちが、シャリならぬ生地にこだわったピッツァにその旬にしか味わえない新鮮な食材を合わせ、目の前で軽く説明しながら供してくれるのをライブのように楽しむこの感じは、江戸前鮨店のカウンターさながらなのだ。

水分と時間をたっぷり与えられ、ふんわりと発酵した生地がカウンターの中で待機している。それが目の前で一つずつ伸ばされ、食材をのせられ、窯に入れられ、ピッツァに仕上がっていくさまを目の前にする。これは食の体験として単純に楽しい。

この店のピッツァのベースにはダニエレさんの故郷ローマの「ピッツァ・アラ・パーラ」があるという。「ピッツァ・アラ・パーラ」といえば長方形が主流だが、それは一度にたくさん焼くことができ、切り分けて持ち帰りしやすい形状にしているためかもしれない。ここでは窯から出たばかりのピッツァをその場で食べるための仕様になっている。丸く薄く、軽やかだ。

100%オーガニックの小麦粉とライ麦粉でつくられた、ダニエレさんのこだわりの生地は2種類。(筆者撮影)
100%オーガニックの小麦粉とライ麦粉でつくられた、ダニエレさんのこだわりの生地は2種類。(筆者撮影)

ユニークなのは、このベースの生地が2種類、食材によって使い分けられていることだ。イタリア語で「軽い」を意味する「レジェーロ」はトマトソースとの相性を、全粒粉やタンパク質の含有量の高い小麦粉も配合していて味わい深い「サポリート」はチーズとの相性を考えてつくられている。

いずれの生地も100%オーガニックのイタリア産小麦とライ麦で、石臼挽きしたものを5種類ブレンドしている。そして粉の重量に対してたっぷり80%の高加水、48時間という長時間発酵により、風味豊かで軽快な食感のピッツァに仕上げている。

こうした生地の特質は近年のパン生地のトレンドでもあるが、胃腸に負担なく喉越しのよい生地となる。その場でおいしいだけでなく、食後も心身が快い。それがダニエレさんの目指すところなのだろう。

「レストランでは始めから終わりまでが体験であり、その重要な要素をパンが担っています」と以前、ダニエレさんは言っていた。ピッツァに対する情熱も並々ならない。ダニエレさんの要望を受けて2020年に現在のピッツァの生地を完成させたのは、ホテルのパン部門でヘッドベーカーを務める中村友彦さんだ。イタリアの粉は日本の製粉会社のそれと違い、常に均一な品質ではないため、日々の微調整が必要だというが、「ダニエレさんのピッツァに対する知的で静かな情熱に応えたい。最高の生地をつくろうと駆り立てられるのです」と中村さんは言う。

国産の水牛モッツァレラチーズを使った「ブファラ」(筆者撮影)
国産の水牛モッツァレラチーズを使った「ブファラ」(筆者撮影)

生地にのせる新鮮で味の濃い旬の野菜やハーブ、自然栽培のフルーツ、生ハム、日本産としては希少な水牛のミルクでつくるチーズなどは、北海道から沖縄までの生産者によるものだ。調べていくと、自然との共生、持続可能な農業や漁業のありかたを模索しながら、みずからの生業に誇りを持って真摯に取り組んでいる個性あふれる人たちの顔が見えてくる。

彼らを見つけ出し、信頼関係を築き上げている購買課の谷山水緒さんは、「ただただ、生産者の皆さんのファンで、お譲りいただきたいとお願いしているだけなのです」という。けれどそれ以前に目利きなのに違いない。

生産者も購買チームもベーカーもピッツァイオーロも、ダニエレさんの総指揮のもと、最高のパフォーマンスを発揮しようとしていた。

そこにこのピッツァバーのすごさがあるのだ。

沖縄マンゴーとパッションフルーツ、国産の水牛ヨーグルトなどを用いた「ピッツァドルチェ」(筆者撮影)
沖縄マンゴーとパッションフルーツ、国産の水牛ヨーグルトなどを用いた「ピッツァドルチェ」(筆者撮影)

デザートピッツァとアフォガートでディナーが締めくくられた後に、持ち帰り用のお品書きが渡される。最初から説明書きがあったなら、生まれるはずの会話も消えてしまうかもしれない。最後に渡すとは心憎い演出だ。裏には「ファーム・トゥー・テーブルを支えてくださる生産者の皆さま」として、生産者たちの名も記されている。

ダニエレさんは総料理長として、ホテル内のレストランの総監督を務めているが、このピッツァバーは唯一、訪れた人に直接サーヴし、リアルタイムでコミュニケーションがとれる場所ということで、とても気に入っている場所なのだという。その幸せそうな感じがダイレクトに伝わってくる。2時間余りのライブは、あっという間に過ぎていく。

おまかせコースは前菜1品にピッツァ8種、デザートで13,200円(消費税込み、サービス料別)、17時半または20時スタートの二部制となっている。

ブレッドジャーナリスト

東京出身。2001年より総合情報サイトAll Aboutでガイドを務めることにより、パンに特化した取材執筆活動を開始。注目のベーカリーとつくり手についてWeb、TV、ラジオ、新聞、雑誌等メディアで発信、紹介する一方で、消費者動向やトレンド情報を業界に提供、ベーカリーと消費者の相互理解を深める活動をしている。取材執筆、企画監修、講師、各種コンテスト審査員、コンサルティングなども行う。主な著書『BAKERS おいしいパンの向こう側』(実業之日本社)『日々のパン手帖 パンを愉しむsomething good』(メディアファクトリー)『おいしいパン屋さんのつくりかた』(ソフトバンククリエイティブ)他

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