パレスホテルが始めた新事業、街のパン屋さん Et Nunc Daikanyama(エトヌンク代官山)
2024年4月23日、東急東横線代官山駅前の複合施設「フォレストゲート代官山」(渋谷区代官山町20番23号)にオープンするのは、株式会社パレスホテルがプロデュースするブーランンジュリーだ。とはいえ社名は冠されていない。
株式会社パレスホテル代表取締役社長の吉原大介さんによれば、2020年のコロナ禍で、ホテル事業を支える外販やECサイトの強化などを考えていくなかで、パンにフォーカスしたホテルとは別のブーランジュリーブランドを一から始めるという社員のアイデアを約3年かけて実現したのだという。ブランド名の「Et Nunc」はラテン語で、「and now(そして今)」を意味する。
この店で提供されるのは「今」のおいしさだ。同社のホテルで30年以上パンを焼いてきたベーカリーシェフの星敏幸さんは、主原料である小麦粉にとことんこだわっている。星さんは10年以上前に北海道の生産者から頼まれてパンをつくって以来、国産小麦に興味を持ってきた。今回は全国の製粉会社と会話をかさねながらバゲットやパン ド ミ、チャバタやカンパーニュなどを、主に単一品種の小麦数十種類を用いてそれぞれテストベーキングし、そのパンに最も適した国産小麦を厳選、素材のおいしさが最も感じられるパンをつくり上げた。そのうち約40種類が毎日店頭に並ぶ。「もし独立して街のパン屋さんを開くならこんなことをしたい、と思っていたことをすべて盛り込んだ感じです」と星さんは楽しそうに言う。
シグニチャーブレッド(看板商品)にはまず、2種類のバゲットがある。
「バゲット」(380円)は佐賀県産「さちかおり」の濃厚な風味と芳醇な香りが楽しめるバゲットだ。クラストはせんべいのようなぱりぱり感。
もう一つの「Et Nuncバゲット」(380円)は北海道産の小麦を数種類、挽き方を変えてオリジナルの配合でブレンドしたものを用いている。クラムはしっとりと水分保持しているが薄いクラストは香ばしく砕け散る。この小麦粉は家庭でも使えるように、同店で販売されている。
「チャバタ」(324円)は乳製品のような甘みを持つ北海道産の「キタノカオリ」を自家培養のルヴァン種で仕込み、たっぷりの水分を加え長時間発酵させている。もっちりと柔らかい。このチャバタを使った「チャバタあんばた」(380円)は北海道産の発酵バターと甘さ控えめで炊き上げたエリモ小豆をたっぷり挟んでいる。アクセントに国産のフルールドセル(天然海塩)。
「パン ド ミ」(520円)は茨城県産の「ゆめかおり」を自家培養の酵母種(ルヴァン種とホップ種)で発酵させ、色濃く焼き込むことで細かい気泡をつくり、エアリーでさっくりとした食感に仕上げている。毎日食べても飽きないように砂糖、塩、油脂の量を抑え、小麦の特徴を生かした。
「クロワッサン」(380円)は北海道産小麦を数種類自家ブレンドしている。灰分の多い小麦を配合しているので旨味が強く、焼き込むことでバターばかりでなくザクザクとした食感とともに小麦の香りも楽しめる。パン職人ならではのクロワッサンだ。
「春野菜のタルティーヌ」(1100円)は北海道産の「はるゆたか」、北海道産ライ麦とスペルト小麦で焼き上げた味わい深い「パン オ ルヴァン」にグリンピースのペーストとアスパラガス、ブロッコリー、インゲンなど緑の野菜を盛りつけている。仕上げのライムがアクセントとなって一皿の料理のよう。旬を感じさせるタルティーヌは季節ごとに発売される。
星さんとともに店を立ち上げ商品開発に携わった事業開発部の菅谷和弘さんは言う。「Et Nuncは価格帯を含めホテルよりカジュアルで、遊び心がありますが、奇をてらわないことを心がけています。奇をてらったものはいずれ飽きられてしまう。街のブーランジュリーとして、長く愛されることを目標にしています。ホテルとは別のブランドではありますが、食へのこだわりは一緒。Et Nunc Daikanyamaではクオリティの高いパンで、焼きたてや旬のおいしさを楽しむ今を提案していきます」。
街のパン屋さんの倒産件数が過去最多となった今年だが、ホスピタリティーカンパニーが挑戦する「街のパン屋さん」に、希望の光を見る人も少なくないだろう。