「オトナカワイイ」デザートブッフェの時代へ
デザートブッフェのトレンド
「デザートブッフェの新スタイル「オーバーミックス・スイーツ」に注目せよ」、「この秋、ホテルブッフェの北海道フェアが熱い理由」、「予約が取れないワールドチョコレート・デザートブッフェの秘密」など、気になるデザートブッフェの記事をいくつか書いていますが、最近とりわけ注目したいデザートブッフェのトレンドがあります。
それは「オトナカワイイ」デザートブッフェです。
アーティストティックなデザートブッフェから
ここ数年におけるデザートブッフェのトレンドと言えば、アーティスティックデザートブッフェでした。
私は、全日本司厨士協会「東京CHEFS」で、フランス料理を中心とした料理人のロングインタビュー「TOKYO HIP RESTAURANT」とブッフェをテーマとした「NO Buffet, NO Life!!」の2つを連載しています。
2013年12月号(2015年12月15日発行)の「NO Buffet, NO Life!!」では「ブッフェのプレゼンテーション」を取り上げ、現代におけるブッフェのプレゼンテーションのポイントと、最新のトレンドであるヒルトン東京「マーブルラウンジ」の「アーティスティック革命」をご紹介しました。
当時ブッフェでは、「おいしい」や「種類数」が多いのはもはや当たり前で、さらには「実演」や「オープンキッチン」で臨場感もあり、できたてを食べられることが重要になっていました。この次にきたるべきであろう付加価値として芸術性を挙げ、アーティスティックデザートブッフェを取り上げたのです。
オトナカワイイ
それから2年近くが経った今、デザートブッフェのトレンドに変化が起きています。それが冒頭で紹介したオトナカワイイデザートブッフェなのです。
では、オトナカワイイデザートブッフェを以下に挙げてみましょう。
- 恋するプリンセス
マーブルラウンジ@ヒルトン東京
2015/08/01~31
- 魔法にかけられたプリンセス
マーブルラウンジ@ヒルトン東京
2015/09/15~11/05
- 不思議の国のアリス
樹林@京王プラザホテル
2015/11/01~11/30
- くるみ割り人形
マーブルラウンジ@ヒルトン東京
2015/11/06~12/25
- アリスのクリスマス
樹林@京王プラザホテル
2015/12/01~12/31
これだけを見てみると、ヒルトン東京が始めて、京王プラザホテルも少し遅れて始めただけのように感じられますが、実際に大きな影響力が現れています。
ヒルトン東京の「恋するプリンセス」フェアは、3ヶ月程度(1つのフェアとして、ブッフェでは期間が長い方です)で、驚くことに2万1千もの客を集めており、急遽行われることとなった続編「魔法にかけられたプリンセス」も周知されるやいなや、すぐに満席となったのです。京王プラザホテル「樹林」の「不思議の国のアリス」もプレスリリースを出すとすぐに注目され、フェア期間内の予約が全て埋まってしまいました。
オトナカワイイデザートブッフェは以上のようにブームとなっているのです。
フレンチ アフタヌーンティー
実はオトナカワイイの布石となるものがありました。
それは、グランド ハイアット 東京「フレンチ キッチン」で2015年3月1日から7月31日にかけて行われた「フレンチ アフタヌーンティー」です。「マリー アントワネットが愛したティータイム」をテーマにしたアフタヌーンティーで、中世の世界観を大切にしており、メディアにもよく取り上げられて話題となりました。
日本でアフタヌーンティーと言うと、「英国式」「本格派」を謳うことが常ですが、どこもかしこも同じでは差別化になりません。英国式よりもマリー アントワネットと謳った方が華やかで新しい印象を受けるのは確かなことでしょう。
モノを売るのではなく物語を売ることが重要となっている今の時代では、食の世界でも単においしいモノを売るだけではなく、物語を売らなければならなくなっているのです。
フレンチ アフタヌーンティーはまさにマリー アントワネットの物語を売ったアフタヌーンティーであったと言えるでしょう。
スイーツパラダイス
昨今における町場のデザートブッフェの歴史を少し振り返ってみます。
まずは「スイーツパラダイス」です。
スイーツパラダイスは2003年大阪心斎橋にオープンして瞬く間に支持を広げて、その後2004年11月には東京銀座へ進出し、今では全国に支店を持つほど大規模なデザートブッフェ店になりました。
スイーツパラダイスが成功したのは値段が1530円(以前は1480円)という均一かつ手頃な値段であったことに加えて内装をポップにしたことで、完全に若い女性向けへと振り切ったことです。何かしらの物語があるわけではありませんが、スイーツパラダイスのターゲット層は女子中高生であり、ティーンエイジャーに対してデザートブッフェより身近なものにした存在であると言ってもよいでしょう。
ビタースイーツ・ビュッフェ
それから数年後、スイーツパラダイスよりも、値段とターゲット層を少し上げたデザートブッフェ店が現れました。
それは2008年5月ルミネエスト新宿にオープンした「ビタースイーツ・ビュッフェ」です。その後は、2012年6月にはルミネ池袋9階のブッフェレストラン専用フロア「ビュッフェコレクション」に、2012年11月にはラゾーナ川崎プラザに出店しています。
2000円を超える値段ですが、少し暗くしてムーディーにするなど大人の雰囲気であることに加えて、デザートをショーケースから取り分けてサービスを向上させたり、ワッフルやクレープの実演を行ったり、料理を充実させたりと、スイーツパラダイスとは完全に差別化することができました。
また、私が「ビタースイーツ・ビュッフェの快進撃」で書いたように、ルミネエスト新宿店は「ちょっぴり贅沢に楽しむ大人ビュッフェ」、ルミネ池袋店は「森のパーティー」、ラゾーナ川崎プラザ店は「テアトル」をモチーフとして物語性も高めていった結果、この大人の女性をターゲットにしたデザートブッフェはテレビにもよく取り上げられるなど、多くの耳目を集めたのです。
ウェスティンホテル東京「ザ・テラス」
町場におけるデザートブッフェのトレンドを振り返ったところで、ホテルのデザートブッフェに話を戻しましょう。
冒頭でご紹介したウェスティンホテル東京「ザ・テラス」のデザートブッフェは、エグゼクティブペストリーシェフ鈴木一夫氏のカリスマ性によって牽引されており、とても高い人気を誇っています。
例えば、当時では画期的でしたが、できたての焼きたて特製スフレを提供したり、フランスは当然のことながら、ヨーロッパ全域から中東、アジアまでと、パティスリーでも見掛けられない世界中のスイーツを取り揃えたり、ソースとの一体感を極限まで追求した末にオーバーミックス・スイーツを創り出したりしました。
ザ・テラスに併設されているペストリーショップ「ウェスティン・デリ」では昼過ぎになると売り切れる「スペシャルウェスティンプリン」「シュークリーム」といったシグネチャースイーツがありますが、鈴木氏はそれだけではなく、「予約が取れないワールドチョコレート・デザートブッフェの秘密」でも紹介したように、プラチナのデザートブッフェにするべく、その才能の限りを注ぎ込んでいます。
ザ・テラスは非常に重要となるデザートブッフェですが、新しい世界観を築き上げたり、物語を紡いだりして、客の意識を広げるというよりも、クオリティを徹底的に極めたり、ブッフェ台を独自の理論と緻密な計算によって構成したりして、客の意識を底上げしていると言ってよいでしょう。
ヒルトン東京「マーブルラウンジ」
そして、ヒルトン東京「マーブルラウンジ」に戻ります。
マーブルラウンジはデザートブッフェの先駆けであり、今でこそ当たり前となっていますが、早くからホテルのブッフェでフェアを開催したりするなど、他に先んじて新しいことを行ってきました。
しかし、こういった伝統や歴史に縛られたりはせず、5段150センチメートルのチョコレートファウンテンや専用の什器まで用意したコールド ストーンを設けたり、一手間かけたアシェット デセールをブッフェ台に並べたり、前衛的なプレゼンテーションを行ったりするなど、常に革新的であったのです。
常に他にはないデザートブッフェを目指した結果、プレゼンテーションに力を入れてアーティスティックなブッフェを創り出したり、「カワイイ」「ゴージャス」「刺激的」=「オトナカワイイ」という新た要素をデザートブッフェに取り入れたりしました。
2014年10月にエグゼクティブ・ペストリーシェフに就任したダヴィッド・ギマレス氏は、独特の世界観を持つラデュレでシェフパティシエを勤めた経験がありますが、ダヴィッド・ギマレス氏がいたからこそこのオトナカワイイ世界や物語を構築できたと私は考えます。
その先のデザートブッフェ
その昔、ロシア式サービスが導入されるまで、フランスの王侯貴族は一度に食べられないくらい多くの料理を用意させて晩餐を楽しんでいましたが、今の時代では一般の人がブッフェを利用すれば、同じような贅沢を体験できます(もちろん、食べ残すことがよいという意味ではありません)。
デザートブッフェによって、王侯貴族のようにおいしいスイーツを好きなだけ楽しめるようになっただけではなく、それが「恋するプリンセス」のような「オトナカワイイ」フェアのおかげで、お姫様気分までを味わえるようになったことは、まさに新たな価値の創出に他ならず、極めて素晴らしいことですが、ただ、私が唯一心配しているのは、お姫様気分まで味わえるようになってしまった今では、次に人々は一体何を味わうことができたら満足するのかということであり、それは今の私には分からないのですが、次回デザートブッフェのトレンドに関する記事を書かなければならなくなる時までに、その物語の続きが用意されているものと信じているのです。
参考
元記事
レストラン図鑑に元記事が掲載されています。