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ムスリム女性「異なる人物像、独り歩き」 毎日新聞が陳謝、第三者機関で審議へ(下)

楊井人文弁護士
日本報道検証機構のインタビューに応じた林純子弁護士(2016年1月17日)

1月4日付毎日新聞朝刊「憲法のある風景」第3回で取り上げられた日本人ムスリムの林純子さんとAさんが、日本報道検証機構の調査で語った主な内容は、以下のとおり(記事本文は(上)参照)。

弁護士の林純子さんの話

Q.取材の経緯を教えてください。

A.昨年11月末ごろに司法研修所を通じて毎日新聞から取材の申込みがあり、12月に写真撮影も含めて、K記者に何度か会って取材を受けました。12月30日にもらったメールで原稿が送られてきたのを見て、細かい事実関係も含め、かなり違和感を持ちました。このまま記事を出してもらったら困ると伝え、お正月早々だったんですけど1月2日にK記者を呼んでお会いしたんです。時間をかけて、逐一この記述は事実と違うと説明しました。変えられるところは変えますと言っていたんですが…。

Q.記事掲載後、新聞は届きました?

A.届いていません。1月4日朝起きたら、既にフェイスブックで記事がシェアされていて、読んだらびっくりしました。ほっといたらやばいなと思って、急いで反論文を書いてフェイスブックで発信したんです。

「信じる私 拒まないで」というタイトルを見て「え?誰のことこれ?」と思いました(笑)。これを読むと「ヒジャーブを着けて辛い思いをしながら、めげずに弁護士になりました」みたいなイメージだと思うんですけど、全然そんなことではないんです。記事を読んだ方からも「本当に大変だったんですね」という感想を寄せられたのですが、違うんです、という思いでした。

毎日新聞東京本社
毎日新聞東京本社

Q.毎日新聞には地方の本社ごとに発行して同じ記事でも見出しが違っています。たとえば、大阪版は「日本人ムスリム 偏見との闘い ヘジャブの私認めて」となっています。

A.偏見と闘っているつもりは全くないです(笑)。そもそも個人的に偏見や差別を受けたという経験が全然ないんです。ヒジャーブを着けている私を認めてくれ、という思いももっていない(笑)。

「ヘジャブ」という表記にも非常に違和感があり、記者にも伝えました。正しいイスラームの理解を広めたいという観点から、できる限り本来のアラビア語の発音に近い単語を使いたいと思っているんです。他の日本人ムスリムも同じだと思います。

Q.記事によれば、林さんには「法律家を志した原点に、かつて言われた忘れられない言葉がある」そうです。大学時代の就職活動で、文具会社の面接担当者からヒジャーブについて「それを着けたままだと、弊社の規則に引っかかる可能性があります」と指摘された。でも、林さんは「個人的な義務でしているだけです」とはっきり伝えたため、採用の連絡が来なかったというエピソードが出てきます。

A.このエピソードは、今回の取材を受けるまで完全に忘れていた話です。就活でヒジャーブについて言われたことと法律家を目指したことは関係がありません。面接担当者に「個人的な義務でしているだけです」と伝えた事実もありません。ヒジャーブを外せない宗教的な理由についてK記者に説明した言葉だと思います。

Q.記事によれば、米国留学中にムスリムになり、帰国した後に米同時多発テロが起き、両親が顔色を変えて「イスラム教やめなさい」「就職もないし結婚もできない」と懇々と説得された、とありますが。

A.米同時多発テロの後に両親にそう言われたことは事実です。ただ、あくまで私の将来を心配して言われたことであって、イスラム教に反対していたわけではないし、「懇々と説得」されたわけでもない。記者にもそう伝えたと思います。両親には自分の選択を尊重してもらい、サポートしてもらっているので、本当に感謝しています。なので、毎日新聞の記事を読んでほしくないという気持ちです。

Q.司法試験に合格する前に難民認定を求めるアフガニスタンのムスリムと出会い、助けられない無力な自分を痛感して、こうした活動をしている弁護士の姿を見て「法律や裁判で社会を変えていける可能性も知った。人生の方向性が見えた」と書かれています。

A.私自身は「社会を変える」というより「目の前の人に役に立ちたい」というのが弁護士を志した強い動機なので、表現を変えてほしいと強く言ったんです。でも、ここはデスクが「変えられない」と言ったそうです。もちろん、目の前の人の役に立つことの結果として社会が変わってくれたら、嬉しいですが。

毎日新聞2016年1月4日付朝刊(下は東京本社版、上は北海道支社版)
毎日新聞2016年1月4日付朝刊(下は東京本社版、上は北海道支社版)

Q.それから司法試験当日にヒジャーブの中を確認された場面では、「服の一部なのに。スカートの中を確認しますか」という林さんの言葉が出てきます。そして、「悲しくなった。合格後、司法研修所に配慮を申し出た」と書かれています。

A.司法試験でヒジャーブの中をチェックされたときは、別室で女性の監督官の方に確認していただくなど配慮していただきました。この時の気持ちは「若干面倒だけど、しかたない」に尽きます。もともとの原稿に「理解してもらえなかったことに怒りさえ覚えた」という表現があったので、「怒りは感じていません」と言ったんです。すると、K記者から「理解はするけど、悲しい」という表現にしたいと言われたんですが、結局「悲しい」だけになりました。

「服の一部なのに。スカートの中を確認しますか」という言葉も、「ヒジャーブは服の一部」という感覚を説明するために言ったものです。

実は、私は3回受験したんです。チェックされたのは2回目までで、最後の受験ではチェックなしでした。別室での礼拝も認められていました。ですので、「合格後に司法研修所に配慮を申し出た」というのは「ヒジャーブの中を確認しないでほしい」ということではなく、修習中に礼拝をさせてほしいという申し出で、(記事の冒頭に書かれているように)認められています。

正直、司法試験や司法研修では、こんなによくしてくれる国もあるんだろうかという思いしかない。実際、修習先の裁判所でも検察庁でも必要な配慮はすべてしてくださり、当たり前のように受け入れてくれて、嫌な思い一つもしなかったんです。

Q.今回の記事への思いは?

A.私の人生は、ここで描かれているような悲痛なものではないですし、ムスリムが差別されてかわいそうだというイメージを出したくなかった。かえって排除されやすくなるかもしれないし、ムスリムのためにもよくないことだと思って、実態とあわないから変えてほしいと繰り返し伝えていたのです。事前にあれほど誤りを指摘したのに、ほとんど書き換えられずに記事が出てしまいました。

「取材が不十分」ということとは質が異なると思います。記事が出た後の対応もみていると、私の人生をネタにして、私の名前や写真を使って勝手なことを書いて独り歩きさせ、私を知らない人にこういう人間だと思わせてしまったという損害の重大さを理解しているようにみえません。毎日新聞は昔から購読して信頼していた新聞だっただけに、残念です。

通信会社勤務のAさんの話

Q.取材を受けた経緯についてお聞かせください。

A.昨年12月初めごろ、知り合いの日本人ムスリムから、信仰の自由とか宗教について取材していて「自分から入信した日本人ムスリム」を探している毎日新聞の記者がいるので紹介していいかと聞かれ、承諾しました。記者の方とは、モスクでの写真撮影も含めて3回お会いしました。私への取材とは別に、記者さんはモスクでやっているレクチャーを見に来られたこともあります。

取材について会社の上司に相談したところ、名前を出さないこと、記事は事前に確認させてもらうことを条件にするよう言われましたので、取材時に記者の方にその条件を伝えました。でも、結局、事前に確認させてもらえませんでした。

記者から掲載の連絡があったのは、掲載前日の1月3日午後、フェイスブックのメッセージを通じてです。そのとき私は海外から帰国する飛行機に乗っていたので、日本に着いて確認したときはすでに深夜。記事も添付されていませんでした。約束と違うと伝えたところ、自分のミスだと謝罪のメッセージが来ましたが。

Q.記事を読んでどうでしたか?

A.4日朝刊の記事は、出社前に駅で買って読みました。ショックでした(笑)。私そんなこと言っていない…って。私はどれだけ苦しんで日本で住んでいるのか、という印象を受けました(笑)。名前は出ていませんが、写真や肩書きを見れば誰だか分かる人には分かるので、友達にも聞かれました。「ムスリムが日本で受け入れられていない」ということを前提になった記事で残念です、という感想もありました。

私も林さんのように、自分はこんなこと言っていないと発信したいと思ったんですけど、そうすると名前が出てしまうので…。

Q.大阪版の見出しは「日本人ムスリム 偏見との闘い ヘジャブの私認めて」となっています。

A.偏見と闘っていないです。「ヘジャブの私」っていうのも変な表現。「ヘジャブ」という言い方は一般的に使わないのでとても違和感があります。

東京・代々木上原にあるモスク「東京ジャーミィ」
東京・代々木上原にあるモスク「東京ジャーミィ」

Q.記事では、まずイスラム教に入信の経緯について「互いに支え合う内容を実践すれば、世の中が平和になるのでは」と魅せられた、と書かれています。

A.「互いに支え合う内容を実践すれば」という言い方はしていないと思います。「コーランには道徳的なことが多く含まれていて、これを実践すれば本当に平和になるだろうなと思ったので入信した」と話したと思います。「互いに支え合う内容を実践すれば」という表現も、まあ間違っているとまではいいませんが…。

Q.その後「孤立を恐れ、ヘジャブは休日にこっそり着け、平日はニット帽で出社した」と書かれていますが。

A.入信してから4年ほど孤立を恐れて周りに言っていなかった時期があり、ヒジャーブは平日も休日も身につけていませんでした。ヒジャーブを休日に着けるようになったのはムスリムであることをカミングアウトしてからのこと。「こっそり」ではなく、堂々と身につけています。ヒジャーブは隠しようがないので「こっそり」身につけることはできません。会社では、「宗教を持ち込むのは日本では受け入れられない」と言われていたので、平日はニット帽で出社しています。

Q.記事によれば「2年ほど前、職場の懇親会で、イスラム教が禁ずるアルコールや豚肉を口にしていないことを、上司に指摘された。仕方なく告白し職場での礼拝とヘジャブ着用を要望した。『私人と公人を分けろ。宗教は私人だ』。許されなかった」とのことですが。

A.アルコールのことは言われていないんです。上司から指摘されたのは、豚肉のことだけです。飲み会の場で言われたのですが、「仕方なく告白した」ってわけではないのです。もともと職場で礼拝したいと思っていて、むしろ上司に伝えたいと思っていたので好機でした。

その場で「職場で礼拝させてもらえませんか」と相談してみたんですけど、上司には「日本では私人と公人は分けないといけない。あなたのイスラム教信仰は私人としてのものだから、会社に宗教を持ち込むのは日本では受け入れられない」と言われました。ヒジャーブ着用については上司に要望していません。そのことも取材時にはっきり言ったんですけど。

Q.次に、「過激派組織『イスラム国』(IS)による日本人人質殺害事件があった昨年1月。ヘジャブ姿で電車に乗っていると、高齢女性から暴言を浴びた。「クズ」。事件が影響していると思い、怖くなった」と書かれていますね。

A.地下鉄に乗っていたときに年配の女性の方になぜか「死ね、クズ」と何度も言われたことがあったんですね。ただ、ISの事件があった昨年1月ではなくて、昨年秋ごろの出来事でした。(昨年12月に受けた)取材時にも「数ヶ月前」と伝えたと思います。

「事件が影響していると思い、怖くなった」とは言っていないです。仮に聞かれたとしても、特定の事件が影響しているとは思っていなかったので、そうは答えていなかったと思います。

Q.最後に、 Aさんの「日本人は、表向きは差別しないと言っているけど、特定の宗教を信じることにどこかアレルギーがある。信じている人を拒む権利なんてないはず」というコメントが引用されていますが?

A.そんなことは自分から言っていません。K記者が「特定の宗教を信じることにどこかアレルギーがある」と言っていることに同意はしましたが、後半の「信じている人を拒む権利なんてないはず」という考えは言っていないです。

Q.この記事には「信じる私 拒まないで」と大きな見出しがつき、「イスラム教の服装、習慣 就活、職場で壁に」という見出しもあります。一般読者としては、この見出しを見て、林弁護士やAさんの思いを表しているのかなと受け止めると思うんですけれど。そういう思いを取材で話されたたことはありませんでしたか?

A.そんな私、拒まれているとは思っていないんですけれど(笑)。(記事を読むと)日本社会ですごく生きづらいという印象を与えると思うんですけど、そこまでは思っていないんです(笑)。

今から考えると、最後の3回目の取材がすごく誘導尋問的な感じだった気がします。(モスクにいるAさんの写真のキャプションに)「ここには仲間がいて安心する」という言葉が書かれていますが、これも私の言葉ではないんです。このときに記者の方に「ここは外の世界から独立した特別の存在で、仲間がいて安心できる場所なんですよね」というような聞かれ方をしたのですが、「私はムスリムじゃない友達もいっぱいいるので、別にそんなこと感じていないですよ」と言ったんです。

ただ、イギリスの地下鉄でムスリムが突き落とされたというニュースを聞いたことがあったので、全く不安を感じないということでもない。「ここならほっとする」くらいのことは言ったかもしれません。でも、モスクにしか仲間がいないなんて全然思っていないんです。

K記者は「この記事で日本人ムスリムがより生きやすくなる世の中になるきっかけになれば」という思いを何度も語っていました。でも、実際に出てきた記事をみると、「これ、ムスリムのためになる記事なのかな」と思いました。今思えば、最初からストーリーがあったんだなと。いろいろな話をしましたが、ヒジャーブに焦点を当てられるとは思わなかったです。

Q.もし一般の日本人にムスリムとどう接してほしいかというような質問をされていたら、どう答えていたと思いますか?

A.(…少し考えて…)これだけテロが起きている以上、イスラム教への偏見というのはなくはないと思うんです。ただ、テロリストと一般のイスラム教徒を一緒にしないでほしいですね。テロリストはいかにもイスラム教にのっとって人を殺しているように振舞っていますけど、それがイスラム教だと思って欲しくないです。会社でもヒジャーブ着用とか礼拝は、対外的に影響が出ない限り、認めてほしいなというのは本音ですけど。

弁護士

慶應義塾大学卒業後、産経新聞記者を経て、2008年、弁護士登録。2012年より誤報検証サイトGoHoo運営(2019年解散)。2017年からファクトチェック・イニシアティブ(FIJ)発起人、事務局長兼理事を約6年務めた。2018年『ファクトチェックとは何か』出版(共著、尾崎行雄記念財団ブックオブイヤー受賞)。2022年、衆議院憲法審査会に参考人として出席。2023年、Yahoo!ニュース個人10周年オーサースピリット賞受賞。現在、ニュースレター「楊井人文のニュースの読み方」配信中。ベリーベスト法律事務所弁護士、日本公共利益研究所主任研究員。

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