ムスリム女性「異なる人物像、独り歩き」 毎日新聞が陳謝、第三者機関で審議へ(上)
【GoHooトピックス2月25日】日本人ムスリムが周囲との摩擦に悩んできた姿に焦点を当てた毎日新聞の年頭企画記事について、同社の社会部統括副部長らが2月21日、取材を受けた弁護士の林純子さんと会社員の女性に面会し、記者が事前に原稿を確認する約束を守らなかったことや取材に不十分な点があったことなどについて「誠に残念であり申し訳なく思っております」などと述べて陳謝した。
林さんは記事掲載直後にフェイスブック上で、事実誤認や意図と異なる表現が多々あり「非常に残念」と表明していた。林さんらは日本報道検証機構の調査に応じ、取材時に言っていないことが本人の言葉や思いであるかのように記され、記事全体の印象が実態とかけ離れていると指摘。当機構が質問状を出し、毎日新聞社による今回の対応に至った。しかし、林さんらは「重大さを認識しているように思えない」などと同社の対応に納得しておらず、第三者機関「開かれた新聞委員会」での審議を求める意向を明らかにした(主な一問一答は(下)参照)。
問題となった記事は、1月4日付朝刊社会面トップに掲載された企画「憲法のある風景・公布70年の今」(全5回)の第3回目。日本国憲法第20条が定める信仰の自由をテーマに、昨年司法修習を終え弁護士登録したばかりの林さんと通信会社に勤める女性(記事では匿名、ここでは「Aさん」と表記)=いずれも30代、東京都内在住=が取材を受け、記事化された。
東京本社版の見出しは「信じる私 拒まないで」「イスラム教の服装、習慣 就活、職場で壁に」と記され、ヒジャーブを着けた林さんとAさんの写真を掲載。林さんらがイスラム教に入信後、就職活動、家族、司法試験、職場などで数々の「壁」に直面したエピソードが記事の主軸となっており、見出しのメッセージと相まって、2人が「信仰が目に見える形での摩擦」に苦悩してきたとの印象を残す記事になっていた。大阪本社版の見出しは「ヘジャブの私認めて」「日本人ムスリム 偏見との闘い」(他の本社・支社版の見出しは末尾にまとめて記載)。毎日新聞の社会部長はこの記事をツイッターで「ムスリムで悩み悩んだ人たちを追いました」と紹介。ニュースサイトにも掲載された記事は、大きな反響を呼んだ。
しかし、林さんは自分が大きく取り上げられた記事を見て「え?誰のことこれ?」と仰天。自分と異なる人物像が独り歩きすることの怖さを感じたとして、当日朝にフェイスブックに記事への反論文を投稿した。Aさんも言っていないことが書かれ、ショックを受けたという。
事前の原稿に強い違和感 正月早々に逐一説明
林さんらは1月17日、当機構の調査に応じ、取材の経緯などを明らかにした。
林さんらへの取材を担当したのは、関西地方の支局に勤務する20代の男性記者(ここでは「K記者」と表記。毎日新聞は署名記事が原則だが、この記事は「憲法70年取材班」とだけ記されている)。2人とも12月にK記者と何度か会って入信経緯など様々なことを聞かれたという。
林さんは年末にK記者からメールで送られてきた原稿に間違いが多かったため、「正直なところ、かなりの違和感を持ちました。このまま新聞に掲載されるのは困ります」と返信。正月の2日にK記者を呼び、事実の間違いや意にそぐわない表現などを逐一説明して修正を要請。「ムスリムが差別されてかわいそうだというイメージを出したくなかった。かえって排除されやすくなるかもしれないし、ムスリムのためにもよくないことだと思い、実態とあわないから変えてほしいと繰り返し伝えた」という。しかし、実際の記事は、一部修正されていたものの、多くの点で書き換えられていなかったと指摘している。
一方、Aさんは、会社の指示で匿名と事前の原稿確認を条件に取材に協力すると伝えていた。しかし、原稿確認の約束が果たされないまま掲載された。K記者から「完全に私のミス」とお詫びのメッセージが届いたという。
「信じる私 拒まないで」や「ヘジャブの私認めて 偏見との闘い」といった見出しとともに掲載されたが、2人はそろって、自分たちの実像や思いとは異なると語った。しかも、個々の記述にも事実関係の誤りや意図と異なる表現が多くみられると指摘する。
記事では、林さんについて「法律家を志した原点に、かつて言われた忘れられない言葉がある」として、大学時代の就職活動でのエピソードを紹介。ある文具会社の採用担当者からヒジャーブについて「それを着けたままだと、弊社の規則に引っかかる可能性があります」と言われ、「個人的な義務でしているだけです」と伝えたところ、連絡が来なかった、と記されている。しかし、林さんは、これは「忘れられない言葉」どころか「完全の忘れていた昔の話」で、担当者に「個人的な義務でしているだけです」と伝えた事実もないし、法律家を目指した動機とは全く関係がない出来事だという。
また、司法試験当日にヒジャーブの中を確認されたことについて「悲しくなった。合格後、司法研修所に配慮を申し出た」と記されている。しかし、林さんは、ヒジャーブの中を確認されたときは面倒くささを感じた程度で「仕方がない」と理解していたという。また、司法試験に合格したときの受験時はヒジャーブの確認はされておらず、そのことで司法研修所に配慮を申し出たわけではなかった。司法試験でも司法修習でも必要な配慮はすべてなされ、嫌な思いは全くしていなかったという。
一方、Aさんについては、「過激派組織『イスラム国』(IS)による日本人人質殺害事件があった昨年1月。ヘジャブ姿で電車に乗っていると、高齢女性から暴言を浴びた。『クズ』。事件が影響していると思い怖くなった」というエピソードが書かれている。しかし、Aさんがこの出来事に遭ったのは昨年1月のように読めるが、実際は昨年秋ごろ。記者には「(取材を受けた昨年12月から)数か月前」の出来事として伝えたという。そのため、昨年1月に起きた事件が影響しているとは考えておらず、「事件が影響していると思い怖くなった」とは話していないという。
また、Aさんが記者に語った言葉として「日本人は、表向きは差別しないと言っているけど、特定の宗教を信じることにどこかアレルギーがある。信じている人を拒む権利なんてないはず」と鍵かっこで引用されている。大見出し「信じる私 拒まないで」は、この発言から取られた可能性がある。しかし、Aさんは「信じている人を拒む権利なんてないはず」というコメントは全くしていないと指摘した。モスク内部にいる様子の写真のキャプションにある「ここは仲間がいて安心する」という鍵かっこつきの言葉も、自分の発言ではないという。K記者に「ここは仲間がいて安心するか」と問われ、「ムスリムではない友達もいっぱいいるので、別にそんなこと感じていない」と答えたという。
当機構の立ち会いを条件に面会 「取材不十分」の説明に納得せず
こうした林さんらの説明を踏まえ、日本報道検証機構は1月18日、毎日新聞社に質問を送った。その直後にK記者から2人に面会してお詫びをしたいと申し入れがあり、いったん2月2日に面会が決まった。しかし、林さんらは日本報道検証機構の立ち会いを要望したのに対し、K記者とともに来た千代崎聖史・社会部統括副部長が拒否し、面会は中止。その後、林さんらの要望に当初難色を示していた毎日側が当機構の楊井代表の同席を承諾し、2月21日に東京都内のホテルで両者の面会が実現した。
面会には千代崎氏とともに社長室広報担当者も同席したが、K記者は同席しなかった。千代崎氏は用意した文書を読み上げ、林さんがフェイスブックで遺憾を表明したにもかかわらず対応が遅れたことや、Aさんとの約束に反し事前に原稿の相談をしなかったことを陳謝。取材に不十分な点があり、結果として不快な点が残る記事になったとして「誠に残念で申し訳ない」とお詫びした。ただ、記事の内容に関しては、記者は修正すべき点は修正し、了解を得たと判断して記事化したと説明。これに対し、林さんは「取材が不十分」という問題とは質が異なるとして納得せず、Aさんも自身が言っていない発言が掲載された問題を改めて指摘し、K記者本人が来なかったことも問題視した。千代崎副部長はK記者に聴き取り調査をして会社としての見解をまとめたと強調。しかし、K記者が記事掲載直後に林さんに電話を入れた回数について認識の食い違いも表面化し、話し合いは進まなかった。
面会終了後、2人は当機構に対し、毎日新聞側の対応は納得できるものではなかったとして、第三者機関の開かれた新聞委員会での審議を求める意向を明らかにした。一方の毎日新聞社も、当機構の再質問に対し、林さんらに示したのと同じ見解を改めて表明したうえで、今後は開かれた新聞委員会で審議する方向で検討すると回答した。開かれた新聞委員会は、ジャーナリストの池上彰氏ら4人の外部委員が苦情申立てなどを審議し、紙面で結果を公表することがある。
毎日新聞社が林純子さんらに渡したお詫び文
林純子さんのコメント
Aさんのコメント
日本報道検証機構・楊井人文代表のコメント
~(下)に続く~
「憲法のある風景」第3回記事の各本社・支社版の見出し
【東京】信じる私 拒まないで/イスラム教の服装、習慣 就活、職場で壁に
【大阪】ヘジャブの私認めて/日本人ムスリム 偏見との闘い
【西部】信じたい 堂々と/日本人ムスリム 恐れる偏見/「ヘジャブは服の一部」
【中部】信じること 迷わない/イスラム教の服装、習慣 就活、職場で壁に
【北海道】ムスリムを拒まないで/就活や職場で受け入れられない独自の習慣
※本記事は、Yahoo!ニュース個人の2月度MVA賞を受賞しました。