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宮崎駿アニメ×仏の世界遺産 「オービュッソン 宮崎駿の空想世界をタピスリーに織る」

鈴木春恵パリ在住ジャーナリスト
写真/Cité internationale de la tapisserie

今、フランスの「オービュッソン国際タピスリーセンター」では「宮崎駿の空想世界をタピスリーに織る」と題した一大プロジェクトが進行中です。

タピスリーというと、西洋の城の壁一面を覆う絵画のような織物を想像されると思います。中央フランスに位置する人口3000人ほどの町オービュッソンには6世紀以上続く織物の歴史があり、太陽王ルイ14世の時代には王立の製織所でもあった伝統の技は、2009年にユネスコの無形文化遺産に登録されました。

その織物文化を保存し広く伝える目的で発足したのが「オービュッソン国際タピスリーセンター」。ここで今まさに「千と千尋の神隠し」「ハウルの動く城」などのシーンが巨大なタピスリーとして制作されつつあるのです。

奥のモダンな建物が「オービュッソン国際タピスリーセンター」。古風な街並みに現代の息吹を吹き込む(写真は以下全てCité internationale de la tapisserie より)
奥のモダンな建物が「オービュッソン国際タピスリーセンター」。古風な街並みに現代の息吹を吹き込む(写真は以下全てCité internationale de la tapisserie より)

制作中の様子
制作中の様子

今回のプロジェクトは、タピスリーの中でも特別で、17〜18世紀に神話や聖書にちなんで制作されていた「tenture」と呼ばれる数枚一組の、いわゆる組み物タピスリー。過去には、「アレクサンドロス大王物語」(18 世紀)や、「ユリシーズのオデュッセイア」(17 世紀)などの組み物タピスリーが制作されてきました。いわばその延長線上で、アニメ、しかも日本のアニメが題材になるというのですから画期的なことです。

宮崎駿の空想世界5点が制作されるというこのプロジェクト。2019年に「スタジオジブリ」と「国際タピスリーセンター」との間で契約書が交わされ、2021年3月から第一作目の機織りがスタートしました。

5作は、「もののけ姫」「千と千尋の神隠し」「ハウルの動く城」(2点)「風の谷のナウシカ」で、第1作目の「もののけ姫」は機織り開始から1年後の2022年3月に完成し、すでにお披露目されています。全作品が織り上がるのは2024年後半の予定だそうですから、パリオリンピックイヤーに完成ということになります。

第1作目の「もののけ姫」のシーン。腕についた呪いの傷を癒やすアシタカ(森の中のアシタカとヤックル), サイズ 5 x 4,60 m 1997 Studio Ghibli-ND
第1作目の「もののけ姫」のシーン。腕についた呪いの傷を癒やすアシタカ(森の中のアシタカとヤックル), サイズ 5 x 4,60 m 1997 Studio Ghibli-ND

2023年春の完成を目指して織られている「ハウルの動く城」の夕暮れの動く城の下絵。 予定のサイズ 5 x 5 m.  2004 Studio Ghibli-NDDMT
2023年春の完成を目指して織られている「ハウルの動く城」の夕暮れの動く城の下絵。 予定のサイズ 5 x 5 m. 2004 Studio Ghibli-NDDMT

日本のアニメ文化がフランスでとても尊重されているということは、過去にもこれらの記事でご紹介してきました。

日本のアニメがフランス観光キャンペーンの切り札に(2022年7月21日公開記事)

【パリ】日本アニメ「グレンダイザー」の展覧会と記念切手が大評判(2021年10月16日公開記事)

そして今回のプロジェクト。

アニメはブームの域を遥かに超えて、世界の文化になっているという勢いを感じます。

最後に卑近な話題を少し。

先日、パリのサンジェルマンデプレにある「Apple Store」に用事があって行った時のこと。週末の夕方ということで店内は混雑していてなかなか係の人に行き当たらず、しばらく待ったあと、おそらく20代と思しき白人男性の店員がようやく対応してくれました。

今さっきまで、ベールを被った女性とそのご主人のお相手をしていて、それが終わってすぐに私の番。夕方の混み合った店内で立ちっぱなしですから、彼はきっととても疲れていたことでしょう。初めのうち、彼に笑顔はありませんでした。

私が抱えていた問題はスムーズに解決し、型通りに支払いなどを進めていくうちに、彼の目尻が下がり、何やらトロンとした顔つきになり、こう言いました。

「あなたは日本人ですよね。いやー、嬉しいなー。日本のお客さんのお相手をできるなんて。最近なかなか日本のお客さんが来てくれないので、本当に久しぶりです。いやー、嬉しいなぁ…」

(ちょっと待って。なんか勘違いしてない?)と、息子といってもいいくらいの年齢のこの男性の反応に、私はちょっと戸惑いつつ、尋ねました。

「どうしてそんなに日本がいいんですか?」

すると彼はこう答えました。

「だって僕たちは、日本の漫画やアニメで育った世代じゃないですか。とにかく日本に憧れがあるんですよ。いやー、嬉しいなぁ…」

ことほどさように、フランスでの日本人気は、日本人がちょっと引いてしまうくらいの熱量。そう思えば、国家レベルの取り組みとして宮崎アニメのタピスリー制作が進行というのもまさに時勢を捉えたもので、タピスリーはフランスと日本の相思相愛の証。立派な文化遺産として、何世代にもわたって受け継がれてゆくことでしょう。

パリ在住ジャーナリスト

出版社できもの雑誌の編集にたずさわったのち、1998年渡仏。パリを基点に、フランスをはじめヨーロッパの風土、文化、暮らしをテーマに取材し、雑誌、インターネットメディアのほか、Youtubeチャンネル ( Paris Promenade)でも紹介している。

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