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リニア「2027年の開業は難しくなる」JR東海社長 コロナの他に解決の難しい対立構造が背景に

小林拓矢フリーライター
リニア中央新幹線ははたしていつできるのか?(写真:GYRO PHOTOGRAPHY/アフロイメージマート)

 コロナ禍の間、リニア中央新幹線をめぐる動きは、大きくゆれていた。静岡県はJR東海の金子慎社長の発言に対する抗議文を国土交通省に5月1日に提出し、その後金子社長の川勝平太・静岡県知事への謝罪もあった。知事は22日にJR東海に書簡を送った。

 一方、金子社長は29日の記者会見で、6月中に静岡工区の工事準備を再開しないと2027年の開業に間に合わないと発言した。この工区は、大井川の流水量の減少をめぐって、JR東海の説明が足りないとして、静岡県は着工許可を出していない。

 この間、JR東海はリニア中央新幹線計画を推進していた葛西敬之・取締役名誉会長の取締役退任を発表した。経営責任は退くものの、今後も対外的な活動をサポートするという。

 リニア中央新幹線は、その他の工区でもコロナ禍により工事が中断し、遅れている。また、リニアの開業は2027年には間に合わないということも、ある程度予測していた。その予測は、当たることになりそうだ。

静岡県とJR東海の対立は有識者会議に持ち込まれる

 静岡県とJR東海の議論はこれまで対立し、収拾のつかない状態になっていた。その状況を受けて、国土交通省は4月27日、5月15日と有識者会議を開き、6月2日夜にも行われる。

 この会議は、河川工学を専門とする福岡捷二中央大学教授が座長を務め、水資源工学の沖大幹東大教授や、トンネル工学の西村和夫都立大理事などが参加して行われる。

 水資源工学や地下水学などの専門家を会議のメンバーとすることを静岡県は希望していた。

 この会議では意見の異なる両者の提示してきた議論をどう科学的・工学的に議論するかが焦点となっている。一方で各学問分野によって重視する点は大きく異なっており、論点を明確にするということが会議の目的となりそうだ。

 重要な論点は、「トンネル湧水の全量の大井川表流水への戻し方」と「トンネルによる大井川中下流域の地下水の影響」であり、工学的な解決がなされるのか、水資源や自然を重視した解決がなされるのかが結論となるだろう。

 静岡県とJR東海の対立もこの2点が問題となっている。論点を出しつくし、判断が下されることが必要である。

水問題とはなにか?

 世界各地では、「水」をめぐる問題が多発している。地下水をどう守るか、水の利用をどうするかといったことが論点となっている。有識者会議に参加している沖大幹東大教授は、水問題の第一人者であり、『知っておきたい水問題』(編著、九州大学出版会)など多くの著作を発表している。

 現代の水をめぐる状況は、国によっては水資源を確保できないことや、農業生産・工業生産に使われる水の増大、水資源の利用と生態系のバランスが問題になっている。

 大井川の水や、その水源となる南アルプスの地下水がリニア中央新幹線のトンネルにより影響されることで、大井川流域の農業用水や自然環境が大きく被害を受けるおそれがある、ということが住民の間で懸念されている。トンネルにより、地下水脈が絶たれる可能性も心配されている。この地域は静岡茶などの農業生産がさかんなところであり、場合によってはいいお茶ができなくなることも考えられる。

 一方でJR東海は、水を戻すための提案もしており、流量に関しては変わらないとしている。

 背景にあるのは「水」をめぐる考え方の違いであり、工学的に解決するか、地球科学・水文学的に解決するかというところが問題になっている。

 では、なぜこのような簡単には解決できない対立構造が生まれてしまったのか。

「日本の理想ふじのくに」を実現しようとする川勝平太知事

 川勝平太・静岡県知事には、『日本の理想 ふじのくに』(春秋社)という著作がある。2010年に知事就任一周年を記念して出版されたこの本には、川勝知事の自然観・未来観が記されている。

 川勝知事には、「富士山を寿ぐ理想郷」として、静岡県という地を発展させていきたいという考えがある。自然と文化を大切にした地域をつくる、ということを静岡県知事としての使命と考えている。自然の恵みを生かした農林水産業を重視し、「水・緑・大地を大事にしない文明は必ず滅びます」と言い切っている。

 さて、どこかひっかからないだろうか。リニア中央新幹線のJR東海の姿勢に、疑問を持ちそうなタイプの人であるということは感じられる。

 川勝知事は、静岡県内の有権者からの支持を得て知事になり、すでに3期目だ。知事の考え方が支持され、有権者の清き一票がその証明となり、現在の地位にある。

 そんな知事が、静岡県の財産である豊かな自然、その基盤となっている水資源を守るというのは、当然のことである。そのあたりが、いまいちJR東海側には理解されていない印象を受ける。

JR東海のイデオローグ・葛西敬之名誉会長

 リニア中央新幹線計画を主として進めてきたのは、葛西敬之・JR東海名誉会長である。葛西名誉会長には『飛躍への挑戦』(WAC)という著書がある。この本には、葛西敬之がいままでなしとげてきたことと、今後のJR東海とリニア中央新幹線をどうするかが記されている。

 リニア中央新幹線は東京・名古屋・大阪を結ぶ上では欠かせない交通機関であり、JR東海の使命であるこの都市間の輸送を盤石なものにするために、必要だと葛西名誉会長は考えている。

「東海道新幹線のバイパスであるリニア中央新幹線は、確実な採算性に加え巨大な外部経済効果をもたらす国家戦略プロジェクトである」と述べる葛西名誉会長は、自社の営業エリアについて、「首都圏・中京圏・近畿圏を結ぶ東海道回廊地域には、日本の政治・経済・文化の中枢が集積している。人体にたとえれば『頭脳・体幹部』にあたる。そして東海道新幹線はその頭脳・体幹部を貫く『大動脈』といって良い」と論じている。そしてリニア中央新幹線を、「21世紀を通じて日本の発展を支えるインフラとなるだろう」と展望している。

 JR東海のこれまでの企業方針をつくり上げてきた葛西名誉会長は、リニア中央新幹線を社運どころか日本の未来をかけたプロジェクトだと考え、その理論的支柱をつくり、実行に移してきた。

 そうなると、なぜそのために静岡県が犠牲にならなければならないの、ということに川勝知事としてはならざるを得ないだろう。

 川勝知事の自然重視・地域重視の思想と、葛西名誉会長の発展重視・国家重視の思想とは、まったく相容れないのである。とくに葛西名誉会長の「工学的」な発想は、静岡県知事としては理解できないものである。

進まない相互理解

 あまりにも大きすぎる考え方の違いや、見いだせない相互の利害の一致点などの問題があり、リニア中央新幹線の静岡工区再開のめどは立たない。対話をするにしても、ここまで視点が異なると、進みようがない。

 もちろん、このままだと2027年のリニア中央新幹線品川~名古屋間の開業は遅れる。一方で、対話の困難さはよく見える。筆者は、川勝知事や葛西名誉会長の著作を読んで、「これは難しいな」と思ったほどである。

 現在のJR東海は一民間企業であり、一方で静岡県知事は公人である。しかしリニア中央新幹線は国家プロジェクトという側面も持っている。両者には対話と相互理解が必要であり、とくにJR東海は川勝知事のものの考え方を理解しコミュニケーションを取ることが必要であるものの、それにはかなりの時間がかかる。相互理解を進めるために、お互いの考え方を胸襟を開いて話し合うことも必要ではないだろうか。

フリーライター

1979年山梨県甲府市生まれ。早稲田大学教育学部社会科社会科学専修卒。鉄道関連では「東洋経済オンライン」「マイナビニュース」などに執筆。単著に『関東の私鉄沿線格差』(KAWADE夢新書)、『JR中央本線 知らなかった凄い話』(KAWADE夢文庫)、『早大を出た僕が入った3つの企業は、すべてブラックでした』(講談社)。共著に『関西の鉄道 関東の鉄道 勝ちはどっち?』(新田浩之氏との共著、KAWADE夢文庫)、首都圏鉄道路線研究会『沿線格差』『駅格差』(SB新書)など。鉄道以外では時事社会メディア関連を執筆。ニュース時事能力検定1級。

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