入管法改正をめぐる政策形成について(3)
…前号から続く…
3.改正入管法施行以降の対応・動きや問題・課題
改正入管法は、2019年4月に施行されたが、その後関連する対応・動きがあると共に、同施行から様々な問題や課題が生まれてきている。また、2019年末以降の中国武漢市にはじまり全世界に広まったコロナ禍は、全世界でも人的移動に大きく影響し、そのことは日本における外国人人材に関わる多様な問題を生み出してきている。
(1)改正後に生じてきている問題や課題等
まずここでは、改正後に生まれてきた問題や課題、さらに今後について指摘しておこう。
1)在留資格「特定技能」について
本在留資格に関して、いくつかの問題・課題が生まれてきている。
①取得者数
在留資格「特定技能」の取得者の数は、2019年12月13日現在で、1,732名。これは、同改正法施行前に、初年度における最大見込み(見込者数約47,000人)の約3%に留まっている。これは、同時点までに送り出し準備が整ったのが4カ国(フィリピン、カンボジア、ネパール、インドネシア)に過ぎず、送り出し国の対応が進展していないからであるといわれる(注28)。
②取得のための技能試験
在留資格「特定技能」取得のために、業種別の技能試験がある。ところが、2019年9月までに行われた技能試験は、介護、宿泊、外食の3業種のみに留まった。また技能試験の実施に関しても、様々な問題・支障・混乱(多発する申込サイトでのエラーや応募定員の達成で締め切られた試験での多くの当日欠席者の発生など)が生まれている(注29)。
③移行の際の転職
改正入管法の下では、外国人技能実習生は、2年10ケ月以上の実習経験があれば、同一職種であれば、無試験で在留資格「特定技能」に移行できる。しかし、元技能実習生が、同資格に移行後に別の職場で勤務希望の場合、元の実習先作成の評価調書が必要。このため、その作成を拒否され、転職できない事態も生まれている(注30)。
④登録支援機関
特定技能制度には、「特定技能所属機関」および「登録支援機関」の2機関が存在する。前者は、特定技能者(外国人)を雇用する受け入れ機関(会社等)である。後者は、特定技能者(外国人)の職場上や日常生活上において、社会的な支援を行う機関である。特定技能者の支援においては専門的な側面もあるために、特定技能所属機関が対応することが難しいこともあるために、登録支援機関は、特定技能所属機関の委託を受けて、特定技能者の支援計画の作成および実施を行う機関のことである。
このような登録支援機関は、2019年10月18日現在で、全国で2,725機関が登録されている。このように支援機関が、その登録が許可制でなく、容易であるために、多く乱立され、その内容の十分なチェック機能がなされるかなどの懸念も生まれている(注31)。
⑤政府による状況改善への試み等
政府は、上記でも述べたように、在留資格「特定技能」の受入れが、想定したほどに進展していない現状を受けて、対応を始めている。具体的には、例えば、「外国人材の受入れ・共生のための総合的対応策」(2018年12月策定)を、2019年12月に改定した。その改訂では、試験における受験機会拡大や、「特定技能」資格取得者と起業とのマッチング支援等が盛り込まれた(注32)。
⑥制度の見直し
「特定技能」の制度については、2018年12月のその新設の2年後である、2020年12月から見直し実施期間とされている。
2)都市部と地域における問題
都市部および地域によって、外国人人材の偏在や対応の相違などが生じている。
①大都市偏在への懸念と対応など
改正法の施行に伴う、外国人人材に関して、次のような指摘や懸念がある(注33)。
・地方の中小企業などからを中心に、外国人労働者が、給与水準の高い大都市に偏在する懸念。
・大都市偏在抑制のための各分野の業界の外国人人材引き抜き防止の申し合わせおよびそれに伴う転職における自由の形骸化への懸念。
・法務省は、外国人人材の大都市偏在防止のためにビザの発給に差を設けるなどの対応をしているという現実の存在など。
②受入れ環境の整備における地域差
政府は、外国人支援のために、全国の自治体に、約100か所の「多文化共生総合相談ワンストップセンター」を打ち出している。他方、その実現のためには、多言語対応の必要性などの課題やハードルが様々な点で存在。そのために、多くの自治体では、財源不足などから、同センターの開設の予定がないという(注34)。
3)日本語をめぐる動き
日本政府は、これまでに検討したことからもわかるように、必ずしも思惑通りに進んではいないが、改正入管法の施行により日本国内における外国人の増加およびそれに伴う社会における混乱や緊張の増加の問題等を考慮しているからだろうが、日本語教育の充実や日本語に関する外国人支援についても、遅ればせながらも、短期間に、次のような対応を取るようになってきている。
・日本語教育の推進に関する法律(日本語教育推進法) 2019年6月28日公布・施行
・日本語教育の推進に関する施策を総合的かつ効果的に推進するための基本的な方針 2020年6月23日閣議決定
・「日本語教師の資格の在り方について(報告)」
文化庁日本語教育小委員会(文化審議会国語分科会に2018年に設置)で審議し、国民への意見募集を経て、2020年3月報告とりまとめ。日本語教師の国家資格化、2020年度内に立法化。
・「日本語版CEFR(注35)」の検討
文化審議会の作業部会は、日本語の習熟度を6段階で示す指標を大筋でまとめ、今後共通指標を精査し、2021年度末に最終的とりまとめをおこなうことになっている。
・「外国人児童生徒等の教育の充実に関する有識者会議」の報告(「外国人児童生徒等の教育の充実について(報告)」) 2020年3月報告
日本語が不自由な児童生徒5万人(内、日本国籍は1万人、外国国籍は4万人。その2割程度は特別な指導を受けられない現状)。すべての外国人の子どもも就学可能なことが目標。
・「在留支援のためのやさしい日本語のガイドライン」に関する有識者会議
2020年2月から開催され、2020年夏頃にとりまとめを行い、ガイドラインの公表予定。
今回の入管法改正は、これまで述べてきた政策形成の様子からもわかるように、外国人人材の必要性への理解は、日本国内でも徐々には広まってきており、行政や政治等においても非常にゆっくりではあるが議論がなされてはきたが、「移民」に関する政策や問題に対するアレルギーや慎重論も強く、その点における必要性への理解と具体的な仕組みづくりへの意欲や意思は限られ、全体としては「受動的な動き」であったといえよう。他方、ここ数年における政権内では、生産労働人口の減少や働き方改革への危機意識は高まり、その流れで「外国人人材」の活用性を推進する必要性を理解する推進役が存在し、政権内でも理解が広まって、政策形成における考え方である「政策の窓」のように、並行して様々なルートで行われていた外国人人材の受入れに関する議論や試みが相互に結び付き、法改正が実現したといえよう。
しかしながら、このようにある意味唐突に行われ短期間で法改正の施工がなされたために、このような問題が、政治の側からの強力(かつある意味、強引な)ドライブなしには、日本のように必ずしも変化を志向しない社会では実現できなかったともいえようが、逆にそのような状態で実現したがゆえに、その施行後多くの問題が起き、その対応に追われるという状況になったといえる。その意味では、佐々木聖子初代出入国在留管理庁長官(注36)が、「この改正の特徴は、外国人の支援であり、そのようなものは海外の法律・制度にはない」と指摘するが、その趣旨は十分に評価できる面もあるが、その実態は、その理想に現時点ではいまだ十分ではないといえるのではないだろうか。
さらに、2019年末から世界に拡散し、大きな問題と負の影響を生んでいるコロナ禍によって、日本における外国人人材や改正入管法の問題・課題がさらに浮き彫りになってきているのである。
(2)コロナ禍の中で生まれてきた問題や課題(注37)
コロナ禍の中において、在留外国人に様々な問題や課題、また様々な産業などにおいて、外国人人材絡みで多くの問題が生まれてきている。
1)在留外国人の問題・課題および負の影響
この点に関しても、例えば次のような深刻な問題が生まれてきている。
・非正規労働も多い外国人における減収や雇止め、転職の困難さ等、それらに伴う生活困窮などの問題の惹起。また外国人は、日本人なら適用される生活保護を受けることは不可。
・帰国希望でも、母国での入国制限やコロナ禍の拡大、フライト停止や高額な航空運賃など、帰国できず。また帰国した場合、今後の日本での就業や就学の可能性の不透明さの存在。このようなことから、帰国できない多くの外国人の存在。
・日本国内でのコロナ関連の情報の入手やアクセスの困難さ。
・結果としての不法就労や不法滞在。
・また約10万人の外国人人材が、2020年4月以来、コロナ禍に対する入国制限で、日本に再入国できていない。
2)実質上の国境封鎖で労働力不足の顕在化
・技能実習制度の維持・継続の困難化 2019年末で41万人存在。だが、技能実習生が来日不可能になり、安価な労働力の獲得の困難化。
・外国人人材への依存度の高い産業では、人材獲得もできなかったり、人材の雇用維持の困難などの問題の顕在化。
・他方で、死亡数から出生数を引いた国内人口の自然減少(2019年51.6万人)
3)コロナ禍における政府の外国人への対応や動き
政府によって、例えば、次のような対応が取られている。
①法務省
・在留期間および在留資格更新の延長の容認。
・「外国人技能実習生の国内雇用継続特例措置(特定活動付与)」。
②厚生労働省
・15ケ国言語による「外国人も日本人と同等の雇用保障があるという通知」の発出。
・「緊急小口資金等の特例貸付」(一時的な資金需要に対しての最大20万円までの貸付、7ケ国言語のパンフレット作成)
③総務省
・特別定額給付金(10万円)の外国人住民への提供。
④その他
・日本との出入国について、6月ぐらいからまずベトナム、タイ、オーストラリア、ニュージーランドの4ケ国とのビジネス関係者の短期出張や、駐在員や技能実習生などが対象で制限の緩和に向けた調整・実施し、その対象国を順次拡大していく方向に向かっている。
以上のことからもわかるように、今般のコロナ禍は、日本の外国人人材の受入れと活用の体制が如何に不十分であり、問題や課題があるものであるかということを露呈させた。このままでは、日本社会にとっても、日本に来る外国人人材にとっても、お互いに短期的に都合が良いだけの仕組みで終わってしまう。
移民政策や外国人労働者の扱いは、どの国にとっても、歴史的に見ると、その国の国益のためであるということは致し方ないし、ある意味当然のことであるが、日本の国際的重要性が急速に低下して来ている中で、外国人人材を受け入れるためには、日本が選ばれるようにしていく必要がある。そのためには、外国人人材にとっても、日本社会の今後にとっても、Win-Winになるような制度設計や条件・環境整備をしていかなければならないのではないだろうか。
2019年の改正入管法の施行により、外国人人材の活躍で新しい日本を創り出せる可能性もある。日本にはすでに多くの外国人人材が生活している一方で、同改正の想定通りに、多くの外国人人材が現時点で来ているとはいえない。そのような中で、コロナ禍が起き、その改正の問題や課題が明確になったということは、それはある意味で不幸中の幸いであったともいえる。ぜひ、現在起きている問題や課題から多くを学ぶ、日本を外国人人材も選ぶような国・社会にできたら、この日本に新しい可能性や希望ある社会を創り出せるのではないだろうか。
その意味では、受動的、なし崩し的な外国人人材受け入れ政策や「移民政策」ではなく、真正面からそれらに関する問題や課題に取り組んでいく必要があるだろう。
(注28)朝日新聞(2019年12月17日)などを参照のこと。
(注29)毎日新聞(2019年10月29日)、日本経済新聞(2019年12月27日)などを参照のこと。
(注30)読売新聞(2019年9月27日)などを参照のこと。
(注31)朝日新聞(2019年8月24日)や毎日新聞(2019年10月29日)などを参照のこと。
(注32)日本経済新聞(2019年12月21日)などを参照のこと。
(注33)朝日新聞(2019年12月17日)などを参照のこと。
(注34)朝日新聞(2019年4月1日)などを参照のこと。
(注35)CEFRは、「Common European Framework of Reference for Languages: Learning, teaching, assessment」の略のことで、「外国語の学習、教授、評価のためのヨーロッパ言語共通参照枠」のことであり、広くは「言語の枠や国境を超えて、外国語の運用能力について同一の基準で測れる国際的指標」のことである。
(注36)本コメントは、2019年7月24日に開催された第315回国際政経懇話会(公益財団法人日本国際フォーラム開催)においてスピーカーであった佐々木長官の筆者の質問への回答である。
(注37)北海道新聞(2020年5月18日、2020年7月3日)、the New York Times(2020年8月5日)などを参照のこと。
【参考文献】
本参考文献は、記事「入管法改正をめぐる政策形成について(1)(2)(3)」に共通するものである。
〇書籍
・遠藤十亜希 『南米「棄民」政策の実像』岩波書店 2016年
・厚生省人口問題研究所編『日本の推計人口 平成9年1月推計』厚生統計協会 1997年
・毛受敏浩 『移民が導く日本の未来』明石書店 2020年
〇報告書
・日本政府「経済財政運営と改革の基本方針2018―少子高齢化の克服による持続的な成長経路の実現―」(2018年6月15日閣議決定)
・日本政府「日本再興戦略改訂2014―未来への挑戦―」(2014年6月24日)
〇論文
・遠藤十亜希「南米に渡った日本人移民は『棄民』だったのか」中央公論 2008年5月号
・岡村美保子「我が国の外国人労働者」 レファレンス804号(国立国会図書館 調査及び立法考査局) 2018年1月
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・塩崎彰久「平等主義的な分配政策と制限的な移民政策:日本モデルの発展と課題」(本『自由主義の危機 国際秩序と日本』から) 東洋経済新報社 2020年8月
・渡辺博顕「外国人労働者の雇用実態と就業・生活支援に関する調査」(調査シリーズNo.61)労働政策研究・研修機構 2009年8月
・Sean Fleming, World Economic Forum「日本の労働人口、2040年には20%減少の見通し」World Economic Forum HP 2019年3月13日
〇その他
・磯山友幸「外国人の「単純労働者」を受け入れへ」日経ビジネスonline 2018年6月1日
・上林千恵子「経済教室 外国人労働 どう向き合う(上)拙速な受け入れ拡大 避けよ」日本経済新聞 2018年6月25日
・「警察政策フォーラム 国際化の進展への対応~定住外国人の増加をめぐる問題を中心にして~」(配布資料)2017年2月23日
・國松孝次「スイスの移民政策を参考にせよ」文藝春秋 2017年6月号
・鈴木崇弘「(必読!)この本を読めば、日本における政策形成の問題と課題の本質がわかる」Yahoo!ニュース 2020年7月30日
・河野龍太郎「格差広がり社会分断も」日本経済新聞 2018年8月1日
・河野龍太郎「外国人 既に労働者が維持される増加ペース」エコノミスト4549号 2018年5月8日号 pp.86-87.
・施光恒「ニッポンの議論 外国人労働者受け入れ拡大 経済安定化に逆行する」産経新聞 2018年7月27日
・丹野清人「経済教室 「量」偏重の政策・意識 転換を」日本経済新聞 2018年6月26日
・中島隆信「核心 対論 外国人労働者受け入れ拡大 慎重 安易な依存 問題の先送り」 東京新聞 2018年7月2日号
・中島孝信「移民政策の現状と課題(下)拙速な受け入れ拡大 避けよ」日本経済新聞 2018年4月27日
・丹野清人「経済教室 「量」偏重の政策・意識 転換を」日本経済新聞 2018年6月26日
・森下香子「移民受け入れ 国の責任で」朝日新聞 2018年6月28日
・藤巻秀樹「移民 「移民国家」へ踏み出す日本 求まられる社会統合政策」エコノミスト4565号 2018年9月4日 pp.42-43.
・毛受敏浩「政府の政策の動向とコロナ危機の問題(メモ)」(未来を創る財団・定住外国人政策研究会「コロナ禍における外国人をめぐる課題」 2020年6月19日)
・毛受敏浩「優秀な外国人労働者が日本に定住し、日本人と共存共栄できるような制度設計を」財界2020年新年特大号
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・毛受敏浩「複眼 外国人労働者 増やせるか 安い・雇いやすい 脱却を」日本経済新聞 2018年7月24日
・毛受敏浩「核心 対論 外国人労働者受け入れ拡大 推進 少子高齢化 担い手が必要」東京新聞 2018年7月2日
・山脇康嗣「入管法及び技術実習法の実務と今後の課題」季刊労働法262号 2018年秋季 pp.84-85.
・山脇啓造「日本の「移民政策」を成功させる真っ当な方法」東洋経済online 2018年10月2日
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・朝日新聞「新在留資格 見えぬ全容」朝日新聞 2018年11月3日(東京本社版)
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・ロイター「自民党が移民に関する議論開始、3月中旬に特命委=木村参院議員」ロイター 2016年3月3日
・The New York Times ”Japan’s Locked Borders Shake the Trust of its Foreign Workers”