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天文学 平成30年の歩みと令和の時代への期待

縣秀彦自然科学研究機構 国立天文台 准教授
平成の大ニュース、M87ブラックホールの影 EHT Collaboration

「平成」から「令和」へ

国立天文台が前身の東京大学東京天文台から「国立天文台」に変わったのが1988(昭和63)年。今から31年前です。例えば、国立天文台本部がある東京三鷹市の商店街で買い物をしていると、今でも「東京天文台」と声をかけて下さるお年寄りの方にお会いします。地元のご年配の方々のなかでは、30年を超えてようやく、東京天文台と呼ぶ人より国立天文台と呼ぶ人のほうが多くなったぐらいでしょうか? このように30年という月日はケースバイケースで、人によっては長くもあり短くもありの年数ではありますが、宇宙を探究する天文学はこの30年間でどこまで進歩したのでしょうか?宇宙における時間の歩みを考えると平成から令和への区切りは、何の意味を持たないとドライに捉えている研究者も多いかと思いますが、一旦立ち止まって、この30年間を振り返ってみたいと思います。

平成30年間の主な天文学トピックス

日本にいると、平成30年間の天文・宇宙の話題として、もっとも印象深いのは2010(平成22)年の小惑星イトカワからの「はやぶさの帰還」でしょうか? または、1998-2001(平成10-13)年頃の「しし座流星群」でしょうか? 1999(平成11)年の「すばる望遠鏡」完成とその成果を思い浮かべる方もいらっしゃることでしょう。

国際的な天文学の歩みという視点で、この30年間を見つめ直すと、個人的には次の3点が特に大きな変化と考えています。

(1)天文学がビッグサイエンスに成長したこと。

(2)太陽系外惑星の発見により地球外生命体への期待が高まったこと。

(3)宇宙の加速膨張の発見、宇宙背景放射の精測、さらには重力波検出とマルチメッセンジャー天文学の始まりによる特に宇宙論における観測天文学の発展。

詳細が分かるように時代を追って主な成果を紹介しましょう。

A)1990(平成2)年:ハッブル宇宙望遠鏡(HST)の打ち上げ(基礎科学がビッグサイエンスに)

ハッブル宇宙望遠鏡の打ち上げが、約30年前の出来事になります。口径2.4mの宇宙望遠鏡は最初ピンボケ状態であったにも関わらず、有人のスペースシャトル・ミッションによって改修されて本来の性能を発揮できるようになると、たびたび改修されながら、現在でも活躍しています。HSTが撮像した天体画像、さまざまな星形成領域、惑星状星雲や銀河、ダークマターの空間分布、そして私たちが見ることが出来る宇宙の果て=ハッブル・ウルトラ・ディープ・フィールドなど、宇宙への窓を開いたHST。そして、HSTの成功はビッグサイエンスとしての天文学を市民が積極的に支持する風潮の基盤を作り上げました。 

1990年に打ち上げられ、現在も活躍中のハッブル宇宙望遠鏡(HST) (クレジット: NASA and the European Space Agency)
1990年に打ち上げられ、現在も活躍中のハッブル宇宙望遠鏡(HST) (クレジット: NASA and the European Space Agency)
ハッブル・ウルトラ・ディープ・フィールド (クレジット:NASA and the European Space Agency)
ハッブル・ウルトラ・ディープ・フィールド (クレジット:NASA and the European Space Agency)

B)1995(平成7)年:太陽系外惑星の発見(系外惑星>地球外生命体>アストロバイオロジーの時代へ)

この年、スイスのミッシェル・マイヨール博士等が、ぺガスス座51番星を回る太陽系外惑星を発見しました。恒星の周りに惑星があることは予想されていたとは言え、それを実際に観測して見つけ出すことが出来る時代になりました。2009年に打ち上げられたケプラー宇宙望遠鏡の活躍もあり、現在およそ4千個の系外惑星が確認されています。そのうち、ハビタブルゾーン(生存可能領域)に存在する地球型惑星は十個前後。太陽系にもっとも近い恒星、プロキシマ・ケンタウリ(4.22光年先)にも地球型惑星が見つかるなど、地球外生命体への期待や、学問分野としてのアストロバイオロジー(宇宙生命学)の立ち上がりは、この30年間のビッグトピックスと言えましょう。

C) 1999(平成11)年:宇宙の加速膨張の発見(宇宙論、宇宙の将来)

遠くの銀河に出現するIa型超新星(白色矮星と赤色巨星による連星などで発生する超新星爆発)は、爆発した際の明るさが常に一定のため、標準光源として、その銀河までの距離を調べるのに役立ちます。この現象を長年にわたり丹念に調べてきた2つの研究グループがほぼ同時に、データの解析から宇宙が数十億年前から加速膨張に転じていることを発表しました。宇宙の加速膨張の発見です。この発見は2011年のノーベル物理学賞を受賞しています。ここまで、20世紀中の天文学は奇跡的な発展を遂げたとも言えることでしょう。

  

D) 2003(平成15)年:宇宙論パラメータの精密測定(宇宙論、宇宙年齢)

ビッグバン宇宙論によると、火の玉状態の宇宙が誕生しておよそ40万年後には、温度が次第に下がり、水素原子やヘリウム原子が形成されました。この際、可視光などの電磁波は宇宙を直進できるようになります。これを宇宙の晴れ上がりと呼びます。宇宙は膨張しているので、この際に宇宙に放たれた光はドップラー効果で波長が長いほうに移動し(赤方偏移)、現在では空のあらゆる方向から絶対温度3Kの物質が放射する電波に相当する波長の電波(マイクロ波)が降りそそいでいます。この電波のことを宇宙マイクロ波背景放射(CMB)と呼びます。

CMBに僅かな揺らぎがあることを1992年にCOBE(コービー)衛星チームが発見していましたが、その後継機であるウィルキンソン・マイクロ波異方性探査機(WMAP)は、さらに精密にその揺らぎを観測し、その解析結果と理論的な裏付けより、2003年に宇宙論の各パラメータを発表しました。

この分野(宇宙論)の観測的な発展はこの数十年年目覚ましく、その後、宇宙望遠鏡プランクがさらに精密なCMBの測定を行っています。宇宙年齢が138億年であること、宇宙での存在比がバリオン(通常の物質)5%、ダークマター27%、ダークエネルギー68%であることなどが、宇宙論研究の基本となり、また、ダークエネルギーとは何か?ダークマターとは何か?という大きな研究チャレンジへと繋がっています。

E) 2015(平成27)年:重力波を初検出(新しい天からの文(メッセージ)の到来)

2015年9月14日に米国の重力波検出装置LIGOがブラックホール同士の合体による重力波を初検出しました。このことは2016年2月に発表され、翌2017年には早くもノーベル物理学賞を受賞しています。その後、LIGOやヨーロッパの重力波検出装置Virgoが、次々とブラックホール同士の合体による重力波や、中性子同士の合体による重力波の検出に成功しています。特に2017年夏に初めて観測された中性子同士の合体とその結果出現したキロノバの多波長での観測は、まさにマルチメッセンジャー天文学の夜明けとも言えるエポックメイキングな出来事でした。

このように30年単位で天文学を始めとする基礎科学の発展を俯瞰してみると、それ以前は個人や小グループでの発見や成果が主流であったのに対し、ビッグサイエンスとして大勢の研究者・技術者や費用を必要とする研究に移行してきていることが分かります。さらに近年の特徴は、一つの国で成果を出すことは難しく、国際共同研究が加速していることも顕著です。これらのことは理科年表(国立天文台編、丸善)の「天文学上のおもな発明発見と重要事項」の項や、附録の「ノーベル賞受賞者・受賞理由」の項でご確認下さい。

これからの30年間への期待

(その1)ハッブルの後継となるJWST(ジェームズウェブ望遠鏡)の打ち上げが2021年予定です。さらに、すばる望遠鏡等地上望遠鏡の次世代超大型望遠鏡が、2025年頃にE-ELT、そして2027-8年頃にはTMTが稼働予定です。

調整中のジェームズウェブ望遠鏡の口径6.5メートルの主鏡部分 (https://www.jwst.nasa.gov/ より引用)
調整中のジェームズウェブ望遠鏡の口径6.5メートルの主鏡部分 (https://www.jwst.nasa.gov/ より引用)
TMT:口径30mの次世代超大型望遠鏡計画 米国、カナダ、中国、インド、日本の国際共同計画
TMT:口径30mの次世代超大型望遠鏡計画 米国、カナダ、中国、インド、日本の国際共同計画

(その2)現在およそ4千個が見つかった太陽系外惑星の中でも、ハビタブルゾーンのある地球型惑星は十個前後。そして、いよいよ、JWST、E-ELTやTMTなどによって生命がいるかどうか可能性の高い惑星が突き止められることでしょう。

(その3)正体が謎に包まれているダークマターやダークエネルギーの解明も期待されます。宇宙の加速膨張を引き起こしているのは、ダークエネルギー、宇宙を膨張させる力です。この謎解きに期待しましょう。

(その4)重力波の検出技術が進み、30年以上先になると思いますが、宇宙重力波望遠鏡が建設されるようになるなら、宇宙誕生の謎の一つであるインフレーションが証明されることでしょう。宇宙の誕生、インフレーションの瞬間にも重力波が生じているからです。微弱なので、今の地上重力波装置での発見は難しいことでしょう。

さらに、重力波天文学とマルチメッセンジャー天文学の発展によって、ブラックホール、中性子星、重たい元素の起源、超新星爆発の謎なども順次解き明かされることでしょう。この分野は特に期待が高まります。

そして、2020年代には人類は再び月へ。そして2030年代には火星を目指します。宇宙開発関連の話題もアポロの月着陸50周年を迎えた今、注目を集めています。

現在挑戦中の天文学の話題

「重力波天文学」についてですが、今年は特に日本の寄与に期待が高まっています。というのは今年の秋から日本のKAGRAもLIGOやVirgoと共に観測が始まるからです。KAGRAが本格稼働すると、毎月のように中性子星合体が観測されるかもしれません。

SKAにも期待することが出来ます。SKAは2020年代に完成予定で、現在、南アフリカとオーストラリアで建設が進んでいます。ブラックホールの解明も、ALMAはじめ電波天文学が活躍しています。ALMAは、宇宙空間でアミノ酸を発見するかもしれません。また、2020年12月に地球に戻ってくるはやぶさ2によって、リュウグウの内部の粒子からアミノ酸が見るかる可能性もあります。

 SKAの完成予想図 (クレジット:SPDO/TDP/DRAO/Swinburne Astronomy Productions)
SKAの完成予想図 (クレジット:SPDO/TDP/DRAO/Swinburne Astronomy Productions)

人類共通の夢の実現に向けて

平成の30年間を振り返ると、テロの頻発や経済格差の増長、度重なる自然災害など、必ずしも安定した時代ではなかったのかもしれません。50年前のアポロの月着陸を実体験した世代にとっては、1972年12月のアポロ17号の月着陸以降、その後の約半世紀の間に、月を訪れる人類が皆無であったことは、当時、全く予想もしていなかったことでしょう。国際協力によって平和的に月や火星を目指すのには時期尚早の時代だったかもしれません。しかし、天文学のような基礎科学の分野では、すでに国境など関係なく国際協力が進んでいるケースが沢山存在しています。国ごとに壁を築いたり、国ごとの争い(戦争)を前提に膨大なお金を浪費する時代が早く収束し、人類共通の夢や目的に向かって国際共同作業が加速するかどうかが、ビッグサイエンスに成長した天文学の発展にとっても重要となりつつあります。

これからの30年も、宇宙から目が離せません。そして、天文・宇宙がますます私たちにとって身近な存在であっって欲しいと願います。

自然科学研究機構 国立天文台 准教授

1961年長野県大町市八坂生まれ(現在、信濃大町観光大使)。NHK高校講座、ラジオ深夜便にレギュラー出演中。国際天文学連合(IAU)国際普及室所属。国立天文台で天文教育と天文学の普及活動を担当。専門は天文教育(教育学博士)。「科学を文化に」、「世界を元気に」を合言葉に世界中を飛び回っている。

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