ウイズコロナ下の深センの今(下)…Ideaportの鈴木陽介氏に聞く。
前号に続き、鈴木陽介氏に、深センの現状を伺います。
[ご自身のビジネスについて]
(鈴木崇弘、以下は「TS」と称す) 深センの日常やビジネスも含めた日常がよくわかりました。話はやや前後しますが、改めて鈴木さんについて教えてください。
まず鈴木さんのビジネスや会社について教えてください。また昨年お会いした時に、日本での駐在所などの開設等も予定されていましたが、現在の御社の体制はどうなっているのでしょうか。
(鈴木陽介、以下「鈴木」) 弊社は法人としては3社あり、事業は主に3つございます。
法人は、「Ideaport(アイデアポート)」が香港と深センに1社ずつあり、5月に華強北で新たに「Ideagear(アイデアギア)」を法人化しました。
事業は、3つのブランドで分けております。
1つ目は、「Ideaport」ブランドでのビジネスサポートです。具体的には、日本のメーカーさん、EC事業者さん、貿易業者さんなどに対する深センでの通訳、工場リサーチ、プロジェクトマネジメントなどのものづくりに関するサポート業務、深センへ来る方々への市内や工場視察のサポートなどです。
2つ目は、「Ideagear」ブランドでのIoTプロトタイピングやハードウェアの受託開発です。IoTダンベルやその進化版であるIoTバーベルに始まり、昨年11月のメーカーフェア深センでは「Ideagear」チームでつくったプロトタイプ3つを出展しました。実は、今秋に華強北で「華強北博物館」がオープン予定ですが、上記3つの内の1点であるAI自動追尾カメラが博物館の展示品として採用されました。名前だけ聞くとスゴそうですが、実際はおもちゃみたいなものです。ただ、我々の活動が認められたようで嬉しいですね。
他にも、守秘義務の関係であまり詳しくはお話しできませんが、IoTドアプレートやオゾンセンサーの受託生産、小型のDC電源のオゾン発生装置やリチウムイオンバッテリー関係の製品などのプロジェクトが進行中です。
3つ目は、「TERASU」ブランドで、プロダクトデザインコンサルティングを中国の電子製品や小家電のメーカーさんに対して提供しています。実は、昨年11月に深センで開催された国際デザイン展に「TERASU」として出展し、そこで多くの中国のお客様と知り合うことができ、幸いにも少なくないお引き合いをいただき、それをキッカケとして現在に至るまでお仕事のつながりがあります。今年の11月も同展示会にTERASUとして出展予定です。TERASUはIdeaportと日本のデザイン事務所3社がタッグを組んだもので、会社名ではなくチーム名です。弊社が中国での営業やプロジェクトマネジメントなどを担当し、日本の3社がデザインをします。こちらもコロナ禍の影響をもろに受けてプロジェクトが遅れたり、デザイナーさんたちが中国に来られないなど、少なくない影響を受けていますが、オンラインミーティングをフル活用することで今のところ機能しています。
(TS) 昨年鈴木さんにお会いした時に、日本での駐在所などの開設等も予定されていましたが、現在の御社の体制はどうなっているのでしょうか。
(鈴木) 昨年11月に京都に駐在員事務所を開設しました。同時に、「ideaZero」というクリエイティブ系のブランドも起ち上げて、キャラクター作成から始め、1月にはグッズ制作(まずはキーホルダー)まで進みましたが、2月以降はコロナ禍の影響でほぼ開店休業状態です。「ideaZero」用のスタッフもいるため、キャラを増やしたり、四コマ漫画を描くなど、今はできることを地道にしている状態です。
ただ、あきらめたわけではなく、日本のマンガ・アニメ、アート、デザインといったソフトパワーの影響力は中国にいてもヒシヒシと伝わってきますので、いつになるかわかりませんが、コロナ禍が収まって日本にも気軽に行けるようになったら再開する予定です。
弊社の体制ですが、前述のとおり法人は3社あります。貿易会社として香港にある技知港貿易有限公司(IDEAPORT TRADING LIMITED)、主にコンサル会社としての深セン技知港諮詢有限公司(Shenzhen Ideaport Consulting firm)、ハードウェアスタートアップとして今年5月に深セン華強北で新たに登記した技知心(深セン)科技有限公司(Ideagear Shenzhen Technology Co., Ltd.)の3社です。
これらに加えて、法人化していませんが、デザインチームの「TERASU」と香港法人名義の駐在員事務所が京都にあるという状況です。
深センには、私の他に常勤で正社員が数名、アルバイトとして週一回来てもらっている人たちが何名かいます。その他、広州や広東省の他の地域に、インターンの学生とそのまとめ役の契約社員を含めて10名弱、日本にもアルバイトが数名、その他、深センには通訳や検品、打ち合わせなどで、スポットでお願いする人達がいます。
弊社の場合はゼロからビジネスを起ち上げたこともあり、当初から資金的余裕がまったくありませんでした。ですので、最初は人を雇うといってもアルバイトやインターンの学生ばかりで、しかも当初から短期契約やテレワークがメインでした。
ですので、全体的な業務効率という面では、アイデアギア(Ideagear)のCTOやTERASUのデザイナーさんたちが深センに来られないことはかなりの痛手ですが、テレワークは数年前からできていましたので、業務に致命的な影響は出ていません。
このように、弊社の規模から考えると、弊社の仕事に関わってくれている人は少なくないと思いますが、常勤スタッフ以外は週一やスポットですので、人件費はご想像されているよりもかかっていないと思います。また、学生や兼任スタッフにとっても、週1、2日であれば学業や他の仕事と並行しながら普段とは異なる実務経験を積むことができるため、彼らにもメリットがあると自負しております。
日本でも1時間単位で仕事をマッチングできる便利なアプリが出てきたようですし、コロナ禍の後押しもあって、今後もこのようなワークシェアの流れは加速すると思います。弊社も引き続き事業の進展に合わせて常勤・非常勤共に増やし、柔軟な働き方を追求していきたいと考えています。
[コロナ禍による変化そして今後について]
(TS) なるほど、鈴木さんの会社では、これまでにすでにリモートワークやテレワーク、ギグワーク的な対応が構築されてきていたわけですね。その蓄積されたノウハウなども、コロナ禍およびそれ以降の時代において、他社の組織再編やビジネス再構築への示唆になりそうですね。その点でのコンサルティングサービスのビジネス展開も生まれそうですね。
さて、現在のコロナ禍について、どのように考えていらっしゃいますか。このコロナ禍の状況は、まだ続きそうですが、どのように考えていますか。また今回のコロナ禍で、中国や深センでのビジネスや人の考え方などにおいて何か変化はありますか。さらに、今後のWウイズコロナやアフターコロナ、ポストコロナについてどのように考えていらっしゃいますか。
(鈴木) 亡くなっている方も大勢いらっしゃるので、どこかの国の大統領が言うように、大したことないとは言いませんし、言いたいとも思えません。
ただ、ほとんどの人が他人と共存しながら生きていることを考えると、いつまでもコロナ禍を気にし過ぎるのもナンセンスです。何をやっても、どこにいてもリスクはゼロにはなりません。たとえば、家にずっといても、ある日突然、隕石が落ちて来るかもしれません。
新型コロナウイルスは、今はまだワクチンが無いから危険なことに変わりはありませんが、ワクチンができてからもインフルエンザと同じように付き合っていくしかないと思います。持病があったり、体調の悪い方は重症化する傾向があるようですし、それ以外にも気を付けるポイントがあると思いますが、今後もコロナと付き合っていくしかないと思っています。また、デマかもしれませんが、新型コロナウイルスにかかるとその抗体の影響でインフルエンザにかかりにくいという話もあり、負の面ばかり見ず、できる限り光の部分にも目を向けたいところです。
深センでは、未だに感染者が出たという情報に触れるものの、ほとんどの人は、基本的にはほぼ収束できたと考えています。その証拠に、週末ともなると大勢の人が外に出てショッピングや他者との交流を楽しんでいます。
ただ、真夏でもマスクを着けている状況に変化はありません。特に、公共交通機関や公共施設ではマスク着用は必須です。マスクなしでは中に入れませんし、中に入っても外していると注意されます。この辺はいい加減にしてくれと思っている人は大勢いると思います。その証拠に、オフィス内やカフェ、レストランやバドミントン場(プレー中にマスクしたら普通に危ないというのもありますが)などではマスクをしている人は稀です。
ビジネス上での変化でいえば、単なるミーティングはオンラインで十分ということはほぼ確立されたことと感じます。日本も同じだと思いますが、このような現状になっているのは、医療関係者は申すまでもありませんが、ひとえに物流業者さんやケータリング業者さんたちが危険を顧みず奮闘してくださっているのが大きいと思います。
深センでは、コロナ禍の影響が大きかった2月や3月の時点でも、この2つの活動は止まりませんでした。特に物流が止まらないのは大きく、ほとんどの人がオンラインミーティングやテレワークだけでも仕事ができているのは物流業者さんのお陰だと思います。
他方で、開発や生産などのものづくりの現場はそうはいきません。しかしながら、生産については、今こそ自動化やIoT化を進めるチャンスかなとも思っています。生産現場の設備を増やし、センサーと5G回線、クラウドでのビッグデータの蓄積などを活用することで、現場にいる人を極力減らし、生産もリモートで管理することができると考えています。
実際、知り合いの工場では、3Dプリンターの生産現場はコロナ禍前からほぼ自動化できていました。数十台の3Dプリンターがある現場に人は数人しかおらず、生産管理(進捗や異常の探知など)は当初からリモートでできていました。
一方で、自動化はお金も時間もかなりかかることですし、私が実際にいろんな工場へ行って見た印象では、やはり、汎用性がない仕事は人手に頼らざるを得ないのが現状です。
汎用性がないという意味では新製品の開発も同じで、このような試行錯誤をしなければいけないような仕事は今後も人が担う必要があると思います。しかし、逆に言えば、定型業務はどんどんAIやロボットに任せて、人間はより一層非定型の仕事に集中できると考えています。
そういう意味では、新しいことに取り組む意欲がない人、言われたことしかできない人など、向上心や行動力がない人は、今後ますます生きづらいと思いますが、逆に特に日本の従来型の組織では冷遇されがちであった主体性のある人は、どんどん力を発揮できる世の中になっていくと思います。
[ビジネスや深センの今後について]
(TS) 興味深い指摘ですね。今すでに指摘されたこととも関係しますが、中国、特に深センでの、今後のビジネスはどうなっていくとお考えですか。また中国、特に深センの今後の可能性や問題・課題はなんでしょうか。その中で、ご自身のビジネスや会社をどのように展開されていくのかということについて、鈴木さんのお考えを教えてください。
(鈴木) 深センはハードウェア、特に電子製品の街なので、その観点からお話しさせていただくと、これらの面で世界の工場である状況はまだまだ続くと思っています。
先日、インド在住の方とお話しさせていただいたのですが、インドはアセンブリー(組み立て)はできるようになりましたが、サプライチェーンが未熟だそうです。つまり、組み立てに使う部品はまだまだ海外からの輸入に頼らざるを得ないということです。インド政府もその点などの課題はわかっているのか、電子部品には高い関税をかけているようですが、インドが深センと同じような役割を担えるようになるまではまだまだ時間がかかると思います。
一方で、大雑把に言えば、世界の工場は、産業革命が始まったイギリスから、ドイツ・アメリカ、日本、韓国や台湾や香港、中国大陸と推移してきていますので、今後も中国や深センにその機能が留まり続けるかどうかは疑問です。他方で、中国は人口の多さや沿岸と内陸の格差が大きいなどの理由(同じ言語・文化圏で人件費の格差があり、良くも悪くもそれを利用できるため)により、今後も世界の工場である期間が長く続くと思いますが、それでも今まで世界の工場が変遷してきた流れには逆らえないことと、コロナ禍によってその流れが加速すると思われます。
ただ、これはここ数年でどうこうという話ではなく、10年や20年かそれ以上の時間がかかると思います。その頃には、というより今もすでにそうですが、生産メインの国から消費メインの国、モノ消費メインの国からコト(サービス)消費がメインの国に変わっているはずです。
深センには昔ながらの製造業もあれば、ドローンのDJI、電気自動車のBYD、5G技術で先行しているHUAWEIなど、新しくかつ競争力の高いメーカーが出てきているだけでなく、チャットアプリの「WeChat」(但し、運営チームは広州)の母体であるTENCENT(テンセント)もあります。同社はすでに世界最大のゲーム会社です。このように、ハードだけでなくソフトで強い会社もあるわけです。
最近では、教育用ロボットや自動運転、3Dスキャニングなどの分野でも強い会社が出てきていますが、ここ2、3年は以前と比べて、明らかに深センの成長スピードが鈍化しているように感じますし、あっと驚くようなユニコーンも少なくなってきているように感じます。
中国は2018年に改革開放40周年を迎え、深センは昨年に経済特区設立から40周年となりました。何もないところから成長してきた深センでも、40年経って既得権益層が増え、それが手枷足枷になってきているだけでなく、そこにコロナ禍が追い打ちをかけているような気がします。
その意味で、深センはまさに今が、今後も成長できるかどうかの瀬戸際というか、岐路に立たされているのは間違いないと思います。
弊社は今後もものづくり系の事業を強化すると共に、クリエイティブ系の仕事にも徐々に力を入れる予定です。前者は将来的には東南アジアやインドなどとの連携が重要になってくると考えています。また後者は日本やその他の先進国との関係が中心になると思います。しかしながら、どちらの事業も今後とも深センが重要な役割を果たしていくだろうと考えており、深センから出ていけと言われない限りは、今後も深センでの活動を中心に据えつつ、他国との連携強化や進出などを模索していく予定です。
別のいい方をすると、さまざまなリスクヘッジの観点から、深センを除く中国の他の場所に進出する予定はありません。今後、中国事業の強化により新たに拠点を設ける場合でも、深センかその周辺都市(東莞や恵州)に限られると思っています。
いずれとしましても、弊社は今後も当分は深センを拠点に頑張っていくつもりです。
[読者に伝えたいことについて]
(TS) ありがとうございます。明確な分析と方向性ですね。読者に最後に伝えたいことは何でしょうか。
(鈴木) 「異なる時代には異なるチャンスがある」ということです。
これは、以前お仕事を一緒にさせていただいた中国の方から教わりました。
変化が起こる時は、必ず良い変化と悪い変化の両方が同時に起こると思っています。東日本大震災は未曽有の大災害でしたが、それによって、日本でもSNS、特にチャットアプリは大きく発展しました。コロナ禍で多くの企業が苦境に立たされていますが、現在弊社の取引先でも忙しくなり過ぎて、手が回らないという会社さんもあります。
個人的には、一番良くないのは何も変化が起こらない、変わろうとしないことだと思います。そういう意味では、今は一見最悪な状況に見えますが、チャンスの時でもあると思います。なぜなら、変わらないと生き残れなくなれば、嫌でも辛くても変わるしかないからです。
世の中的にも、以前よりは新しいことに関する心理的な壁が低くなっています。弊社も、「TERASU」のお仕事で、2月にオンラインミーティングをやらざるを得なくなった時は、チームメンバー全員とも、普通に正常化バイアスが働き、やり方だけでなく使うツールや方法も含めてかなり抵抗感がありましたが、今では当たり前になってしまいました。
個人的には、移動が制限されることによるストレスがありますが、テレワークやオンラインミーティングが浸透したことで移動が最低限に抑えられ、可処分時間が増えました。それらの時間は新しい取り組みや体調管理といった、忙しい時はついなおざりになってしまうことに回せているわけです。
ですので、トータルで考えると今の世の中も決して悪いことばかりではないと思っています。読者の皆さんもできる限り、今の世の中の良い点に目を向けていただきたいですね。
(TS) 鈴木さんから、深センを中心とした中国の今の状況、現地のビジネスや日常生活の様子、さらに厳しいコロナ禍の中でも、常に前向きかつ積極的に考え、行動しようという「鈴木スピリッツ」あるいは「アイデアポート・スピリッツ」や「アイデアポートイズム」とも言うべきものを教えていただき、元気をいただきました。本日は、長時間ありがとうございました。ぜひ、深センで、今後ともご活躍ください。
[インタビュー対象者紹介]
鈴木陽介氏 「アイデアポート・グループ(Ideaport Gr.)」の創業者CEO。
日本で製造業やIT関係の複数の会社で経験を積んだ後、2011年1月に、当時勤めていた会社の中国法人設立にあたって広東省に赴任、そのまま駐在員として中国ビジネスに関わり始める。
2013年5月に退職と同時に香港に法人を設立して起業。その後、紆余曲折を経ながらも広東省で仕事を続け、2015年から深セン在住。深センに来た後は、2017年3月に深センアイデアポート、2020年5月にアイデアギアを設立し、現在に至る。
主な事業及びブランドは、ビジネスサポートの「Ideaport」、ハードウェア開発の「Ideagear」、プロダクトデザインコンサルの「TERASU」の3つ。
最近は動画による社員教育や情報発信にも力を入れ始め、2020年7月からYouTube(日本語)で、9月からはBilibili(中国語)で、また時期は未定だが英語でも発信予定。
[参考]
・鈴木陽介さんの会社の事務所がある「華強北国際創客中心」(Hua Qiang Bei International Maker Center)に関する動画の室外編はこちら、また室内編はこちら。
・鈴木陽介さんの会社で発信している深センと華強北電気街の最新情報(「華強北オタク in SZ」)はこちら。