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【TPPへの視角その2】憲法からTPPを検証する  

大野和興ジャーナリスト(農業・食料問題)、日刊ベリタ編集長

TPP(環太平洋経済戦略協定)が「大筋合意」したとして、政府は説明会を各地で開催、自民党と一緒になって事後対策づくりに乗り出している。TPP参加12カ国の間で最終的にどのような条約が整うのか、今後の手順がどのように運ぶのか、TPPが発効するかどうか、何もわからないのが現段階だが、日本ではすでに条約が成立したかのような空気が安倍内閣によって作られ、マスメディアも同調して、TPPが既成事実化が進行している。11月5日に安倍内閣は大筋合意の概要」なる日本語訳の文書を公表した。政府はこれのよってTPP交渉の内容を情報公開したとしている。しかし、それは膨大な交渉内容のわずかでしかなく、全容は市民に隠されたままだ。

それだけに今、TPPの本質にさかのぼって、TPPとは何かをみていくことはいっそう大事になった。それはそのまま、TPPと憲法の関係を改めて問い直すことでもある。筆者も原告の一人として加わっている「TPP違憲訴訟」(正式には「TPP差止・違憲訴訟」5月に第一次訴訟が提起され、現在2次と合わせ公判が進んでいる)の提起を参考にしながら、そのことを考えてみたい。

憲法には素晴らしい条項がたくさんある。13条の「幸福追求権」、25条の「生存権」、それに9条が加わって「平和的生存権」が成り立つ。

憲法13条は、国民は「個人として尊重される」とうたい、続いて「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利」を定めている。そしてその権利は「国政の上で、最大の尊重」をしなければならない、とも述べている。人のいのち(生命)を基礎とする「人格権」を保障する規定である。「TPP違憲訴訟」の訴状は13条の条文を紹介しながら、「人格権とは、個人の人格に本質的な、生命、身体及び精神に関する利益が総体として保障される権利」であり、「人の生命を基礎とするものであるがゆえに、わが国の法制下では、これを超える価値を他に見出すことはできません」と述べている。

この権利はさらに判例の積み重ねの中で、平穏な生活を営む権利(平穏生活権)の確立に至っているというのが同訴状の論理だ。

憲法25条は1項で「すべての国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」として、すべての国民に生存権を保証している条文である。この文言に引き続いて25条は「国は、すべての生活面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない」と、生存権を保証する国の責務を明確に規定している。この25条を基礎にさまざまな法律で生存権は具体的な権利として確立している。

そして9条。こうして確立した「おだやかに平和に生きる権利」をTPPは破壊する。 

TPPはよく言われる関税引き下げは内容のほんの一部で、人々の暮らしを律している様々のルールをグローバルな資本の活動を進めるために変えていくことを狙ったのもである。そこには、国際交易の様々の仕組みから始まり、医療、社会保障、労働者の権利、食の安全、農業や地域、企業の経済活動、司法権の一部を多国籍企業に譲り渡すISDS条項(「投資家対国家間の紛争解決条項」)などなど、人々の「おだやかに平和に生きる権利」を妨げるあらゆることが含まれる。

13条の人格権から導き出される具体的な権利の一つに「知る権利」とそれに基づく「自己決定の権利」があると「TPP違憲訴訟」の訴状は述べている。TPP交渉では、まず「知る権利」がまったく無視されている。交渉過程はほとんど表に出ず、秘密のベールに包まれていた。この11月に入って米国アトランタで開かれた交渉参加国閣僚会議で「大筋合意」なるものが成立したとされ、日本政府もその概要を日本語に訳して発表したが、交渉当事者以外誰も理解できないだろうと思われるような代物だった。成分である英文の概要テキストは1000ページを超えるものだが、日本政府が公表した日本語版は90ページ余り、その落差も極端だった。

これら協定本文とは別に、参加国の間で並行協議されてきた二国間の交換文書がある。日本政府にとっては米国との間の交換文書は協定本文よりも重要視しなければならない性質のものだ。政府は「大筋合意」の概要を公表したさい、TPPについて多くの人が懸念を示している遺伝子組み換え食品の表示問題を含む食の安全については、これまでの日本の規制基準を変えることはないので安心してほしいという公式見解を発表し、メディアもそのまま報じた。

だが、そうした公式見解の背後に隠された事実がTPPに反対してきた市民運動によって指摘されている。米国との二国間文書だ。そこでは食の安全の基準となる衛生植物検疫措置や日本が現在行っている遺伝子組み換え表示基準を「科学的根拠」に基づくものに「改正」する内容が盛り込まれている。現在日本では、市民の遺伝子組み換え食品に対する不安、不信感が、EUなどに比べたらゆるやかとはいえ、国内の表示基準を政府に作らせてきた経緯がある。これに対して米国では、遺伝子組み換え食品は「安全ではない科学的根拠はない」として、表示はしなくてもよいことになっている。「科学的根拠」を判断基準とする限り、日本の表示は今後限りなく“米国並み“に近づくことになる。

これらのことを実施することを約束した交換文書の一節として以下のようなくだりがある。「我が国において未指定の国際汎用添加物について、原則として概ね1年以内に我が国の食品添加物として認める」。国際基準より厳しく設定されている日本の基準も、次第に国際基準に合わせて緩めていくことが日米で合意されているのである。だが、この日米交換文書はほんの一部が日本語訳されて内閣府のホームページで公表されただけだ。市民団体の質問に対し、政府は「全文を公表することは考えていない」(市民と政府のTPP惟謙交換会・実行委員会が11月13日に政府の「TPP対策本部」に情報開示を要請したさいの回答)としている。

二国間の交換文書だけでなく、TPP交渉の中でやり取りされたすべてのデータは、TPPが発効して4年間は交渉国の合意で守秘義務が課せられている。交渉結果もまた、これまで見てきたようにほとんど開示されず、このまま政府は署名、国会批准、発効と強引にことを進めようとしている。「知る権利」を侵し、権利を守ろうにも人々の権利がどのように損なわれるかもわからないまま進んでいるTPPは、人格権の否定、人々の生命・身体・精神の解体に他ならない。

ジャーナリスト(農業・食料問題)、日刊ベリタ編集長

1940年、愛媛県生まれ。四国山地のまっただ中で育ち、村歩きを仕事として日本とアジアの村を歩く。村の視座からの発信を心掛けてきた。著書に『農と食の政治経済学』(緑風出版)、『百姓の義ームラを守る・ムラを超える』(社会評論社)、『日本の農業を考える』(岩波書店)、『食大乱の時代』(七つ森書館)、『百姓が時代を創る』(七つ森書館)『農と食の戦後史ー敗戦からポスト・コロナまで』(緑風出版)ほか多数。ドキュメンタリー映像監督作品『出稼ぎの時代から』。独立系ニュースサイト日刊ベリタ編集長、NPO法人日本消費消費者連盟顧問 国際有機農業映画祭運営委員会。

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