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石破総理が総裁選で言ったことを豹変させたのは民主主義の論理から言って当たり前である

田中良紹ジャーナリスト
(写真:つのだよしお/アフロ)

フーテン老人世直し録(774)

神無月某日

 メディアは連日「総裁選で言ったことと総理になってから言うことがまるで違う」と石破総理を攻撃している。野党が衆議院選挙を前に石破総理を攻撃するのは当たり前だ。また総裁選に敗れた高市支持の自民党右派が攻撃するのも当然と言える。

 しかしメディアは野党でも自民党右派でもない。冷静に政治を分析して国民に伝えるのが仕事だ。それを野党や自民党右派と一緒になって総理を攻撃する方が国民に受けると思っているのだろう。商売を第一に考え、メディアは毎日石破攻撃を続けている。

 自民党総裁選は独裁政権を作るために行われたものではない。民主的ルールに従って行われたと思う。民主主義は数の論理である。仮に石破氏が圧倒的な数で総理の座を獲得したのなら、石破総理は自分の主張を貫くのが務めだ。

 しかし石破氏が1回目の投票で獲得したのは自民党の国会議員票46票、党員票108票で、それは国会議員票367票の12.5%、党員票368票の29.3%である。つまり総裁選で石破氏の主張を支持したのは国会議員の1割強、党員のおよそ3割だった。

 決選投票は他の候補を支持した国会議員が、石破候補か高市候補かのどちらを支持するかで争われた。石破候補は143票を上積みし、高市候補は101票だった。石破候補は国会議員の52.2%、高市候補は47.8%に支持され、それが勝敗を分けた。

 石破氏は自分の主張を支持した12.5%に、他の候補を支持した39.7%の国会議員票を加えて総理になった。決選投票前の5分間の演説で「これまで自分の主張を押し通そうとしたため不快な思いをさせた人たちに謝る」と石破氏は言った。つまり総理になったら自分の主張を貫いて迷惑をかけることはしないと言ったのだ。だから石破氏は総理になれた。

 フーテンが思うのは、石破総理が総裁選で言ったことを貫かないのは民主主義に反することではない。自分を支持してくれた人たちを無視して自分の主張を貫けば、むしろ民主主義ではなく独裁だ。上積み分の大半は岸田前総理と菅元総理の指示による票と考えられる。それなら石破総理は両者の主張に耳を傾けなければならない。

 両者の考えは次の衆議院選挙に勝つことより、安倍一強体制を終わらせることにある。厳しく言えば裏金議員と旧統一教会の影響を受けた議員を落選させることである。森喜朗氏は旧安倍派を最大派閥のままにするため、小泉進次郎氏を総理にして衆議院選挙を乗り切ろうとしたが、岸田と菅の両氏の考えはそれと違う。

 むしろ旧安倍派の数を減らし、党内力学を変えようとしている。そしてそれを執行部が主導するのではなく、国民にやらせようとしている。だから小泉純一郎氏がやったように非公認にして「刺客」を擁立するようなことはしない。小泉流をやれば国民は喜び自民党の支持率は上がるだろうが、それはやらない。

 まだ具体的内容は分からないが、石破総理は裏金をもらっても解明に協力的だった議員は公認し、非協力的だった議員は公認しない方針のようだ。旧安倍派の議員からは「安倍派潰し」の声が上がっているが、岸田と菅の両氏が解散・総選挙を急いだ理由はここにある。

 権力闘争は尾を引く。「選挙が終わればノーサイド」という綺麗ごとはあったためしがない。昔なら勝敗が決した時、寝返る人間は許されるが、負けを認めない人間は打ち首だ。そうしないと反乱の目が残る。反乱の可能性のある者は追放しなければならない。公認権を持つ総理がその権力を見せつける機会が選挙である。それは早ければ早いほど良い。

 党内野党が長く、権力者の視点が薄かった石破氏には、岸田、菅両氏のような考えはなかったが、総理に就任する過程で説得され、それを受け入れたのだと思う。だからフーテンは石破総理は「豹変」したが、それがおかしなことだとは思っていない。ただ野党からすればここは「突っ込みどころ」だ。

 衆議院の過半数は233議席である。現在は自公が291議席だから、野党が目標とする与党過半数割れを実現するには59議席減らさなければならない。旧安倍派の裏金議員は40人強いるがそれが全員落選しても過半数割れは起きない。

 仮に国民世論が厳しく政権交代が起きたとしても、敗戦の責任を問われるのは石破総理である。そうなれば再び総裁選をやって別の総理を選べば良いと岸田、菅の両氏は考えているだろう。今回の総裁選で9人も候補者が乱立したのだから人材は十分にいる。

 そして現状を見ればバラバラな野党に政権担当能力があるとは思えず、来年夏の参議院選挙で自公が過半数を獲得して「ねじれ」を作れば、法案が1本も成立しなくなるので、その次の衆議院選挙で自公は必ず政権に復帰できる。従って重要なのは来年の参議院選挙である。

 逆に言えば、野党は今月末の衆議院選挙で政権交代を実現したとしても、来年夏の参議院選挙まで「政治とカネ」の問題を持続させ、参議院選挙にも勝たないと、自公の政権復帰を許すことになる。だから天下分け目の戦いは来年夏の参議院選挙だ。

 フーテンは裏金議員の選挙区ぐらいは野党が候補者を一本化し、小選挙区で勝利する体制を作らないと、政権交代など夢のまた夢になると思っていたが、どうも一本化は難しいようだ。それでは自民党が一強体制から主流・反主流が競い合う体制に変わったのに、野党は何も進歩していないことになる。

 ところで総裁選の決選投票の前の5分間スピーチで、石破候補が謝罪の演説をしたことが勝利を手繰り寄せたと書いたが、石破候補は事前に岸田、菅両氏が議員票を回してくれることを知っていて勝利を確信していたからそういう演説をした。

 一方の高市候補はまるで総理になる気がないような演説だった。各方面へのお礼の言葉を並べた後、とって付けたように公明党との連携を評価すると言い、とても決選投票用に準備していた演説とは思えなかった。このスピーチが敗因だったと分析する人もいる。しかし総裁選の最中から高市候補は総理になるのが難しくなる主張を繰り返していた。

 その第一が総理になっても靖国参拝を必ず行うと公言したことである。かつて安倍元総理は靖国参拝をしたことでアメリカから非難され、以来参拝を封印したことがある。それを知っているはずなのに、靖国参拝を公言したことは総理にならないようにしているとしか思えなかった。

 さらに安倍元総理の選挙区を継いだ吉田真次衆議院議員は総裁選で高市氏を支援せず、小林鷹之氏の支援に回った。総裁選の最中に安倍家から安倍元総理の墓参りを許されたのも小林氏である。安倍ファミリーは高市氏を後継と認めていない。ところが岩盤支持層は高市氏を担いでいる。なぜなのか。

 フーテンは政治家になる前から高市氏を知っている。それはワシントンで彼女が米民主党の最も左と言われた下院議員のスタッフをやっていた時代である。その時のことを考えると選択的夫婦別姓に反対する現在の高市氏が結びつかない。転向は良くあることなので、高市氏もそうなのかもしれないが、ワシントン時代の彼女は右ではなく左だった。それをいま右翼が担いでいる。

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ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■オンライン「田中塾」の次回日時:11月24日(日)午後3時から4時半まで。パソコンかスマホでご覧いただけます。世界と日本の政治の動きを講義し、皆様からの質問を受け付けます。参加ご希望の方は https://bit.ly/2WUhRgg までお申し込みください。

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