技能「実習」制度の見直し 「現代奴隷」「人身取引」は是正されるのか?
先月26日、技能実習生が来日前に負担する費用の実態について法務省が初めて行った調査の結果が公表された。これまで、多くの技能実習生が劣悪な労働環境のもとで「失踪」を余儀なくされており、その背景の一つに来日前の高額な費用負担があげられていた。メディアでも何度も取り上げられ、海外からは「奴隷労働」や「強制労働」と批判される技能実習生の実態について、国が具体的な調査に乗り出したことは評価できるだろう。
さらに、古川禎久法務大臣は29日、「制度の趣旨と実態の乖離」を理由に技能実習制度そのものの見直しについて言及した(「目的と実態が乖離」技能実習制度見直しへ…失踪・暴行・いじめ相次ぎ)。具体的な制度変更については秋の臨時国会で議論になると思われる。
そこで、今回は、国の調査結果を詳しくみていきながら、技能実習制度の今後について考えていきたい。
年収の約2年分の借金を背負って来日するベトナム人技能実習生
まず、法務省が実施した調査の結果をみていきたい。この調査では、ベトナムや中国、カンボジアなど6カ国出身の技能実習生約2000人から聞き取りを行っている。そして、主に来日にかかった費用とその内訳、その調達方法について調査している(技能実習生の支払い費用に関する実態調査の結果について)。
費用負担についてみていくと、現地の送り出し機関や仲介者への支払い金額は、ベトナム出身者が最も高額の約68.8万円、続いて、中国の約59万円、カンボジアの約57万円となっている。ベトナムの最低賃金は現在最も高い地域でも月額約2.6万円となっており(最低賃金を7月に改定へ、平均6%引き上げで最終案決まる)、ベトナム出身の技能実習生は単純計算して、最低賃金の26ヶ月分を負担して来日していることになる。カンボジアの場合は、最低賃金が月額194ドル(約2.6万円)と、費用負担が最賃の約22ヶ月分となる。かなり高額な費用を負担していることがわかるだろう。
さらに、そのような費用を賄うために多くが借金をしている。全体では約55パーセントが来日前に借金をしていると答えているが、出身国によって大きな差があり、カンボジアが最高の約84%、続いてベトナムの約80パーセントとこれら二国が突出している。さらに、ベトナム出身者の平均借金額は約67万円、またカンボジア出身者は平均約57万円の借金を背負っており、それらは来日前に送り出し機関などに支払った金額と合致している。つまり、あくまで平均値の比較ではあるものの、これらの国出身の技能実習生は来日にかかる費用のほとんど全額を借金で賄っていることが推察されるのだ。
70パーセントで違反が確認された技能実習生の職場
今回の調査は、これまで問題視されてきた技能実習生の借金についての初めての調査であり、その事実が公的に認められ明らかにされたという点で意義があるといえる。この調査結果を踏まえて、国は「実際に過大な費用徴収が確認されれば、相手側の政府に通報する」としている(技能実習、「来日前借金」5割超 入管庁が初の実態調査)。
しかし、来日前の借金さえなくなれば、技能実習生がおかれた問題を解決できるわけではないことには注意が必要だ。そもそも多くの技能実習生は労働基準法すら遵守されていない環境で働かせられている。
厚生労働省が先月27日に公表した調査結果によれば、2021年に実施した監督指導のうち、73%の事業場で労働法違反が確認された。その中でも多かったのは、機械等の安全基準(24%)、割増賃金の支払(16%)、労働時間(14.9%)と、労働条件の最低基準を定める労働基準法や労働安全衛生法が守られない職場で技能実習生が働いていることがわかる。
なお、過去5年間の違反率は毎年70パーセントを超えていることからみても、このような状態は今年に限ったことではないことがわかる(技能実習生の実習実施者に対する監督指導、送検等の状況 2021年)。
そして、労働基準法などの違反に限らず、職場での深刻な人権侵害も頻発している。飲食チェーンの食品加工工場で働くスリランカ人技能実習生(20歳代女性)は、監理団体に妊娠を報告した際に「スリランカに帰るか、日本で子供を堕すか。この二択しかない」と告げられ、翌日には子供を堕すための準備をすると通告されたという(技能実習生による新生児の「死体遺棄」事件 背景に「強制帰国」の恐怖)。このような中絶の強要だけでなく、技能実習生に対して妊娠を禁止したり、恋愛や外出を禁止する企業が後をたたない。
転職の禁止が人権侵害を制度的に増長
彼らがそのような状況でも働き続けなければならないのは、日本の制度が技能実習生の転職を禁止しているからに他ならない。例えば、労基法違反を指摘することで、逆に解雇されてしまうことはよくある。その場合、実習生は在留資格を喪失し、借金を抱えたまま帰国せざるを得ない。
中には企業側に問題があることを証明され、転職が認められるケースがあるが、その証明は容易ではない。そのため、賃金未払いや労災、セクシャルハラスメントや暴力などがあったとしても働き続けることを強要される。会社側も容易に辞めることが出来ないことを理解しているため、劣悪な労働環境を放置し続けられる。
さらに、技能実習生の権利を守るための国の機関であるはずの技能実習機構が問題のある企業からの転職を支援するのではなく、逆に企業側の違法行為に加担した事件すら存在する(技能実習機構、不適切対応認める ベトナム3人に労組脱退促す)。
そのうえ、借金の返済が終わっていなければ、一時的にでも収入が途絶える「失踪」をすることさえ困難である。このような転職が認められていない制度のもとで、技能実習生は「強制労働」させられているのだ。
(その他、技能実習生を取り巻く「強制帰国」や労災、職場での賃金差別などの実態については拙著『外国人労働相談最前線』をご覧いただきたい)。
技能実習制度の見直しは実現するのか
中絶の強制や暴力、賃金不払いなどの違法行為が蔓延する技能実習制度は世界的にも批判を浴びている。アメリカ国務省は2022年人身取引報告書において、技能実習生が強制労働させられていると指摘し、日本政府の対応を批判した(日本の技能実習で「強制労働」 米報告書、政府対応を批判)。
そのようななかで、法務大臣は技能実習制度の見直しにはじめて言及した。その具体的な中身はこれから議論されるようで、まだ詳細を把握することはできない。しかし、ここまでみて明らかなように、技能実習生を劣悪な労働環境に縛り付ける「転職禁止」を撤回しなければ、借金問題を何かしらの形で解決したり、その他の点で制度を微修正したり、あるいは名称の変更が行われたりしても、いまの「人身取引」の状況は変わらないだろう。
そもそも技能実習制度は第三世界への技能移転を名目に始まったが、その職種には「畑作・野菜」や「婦人子供既製服縫製」といった、技能移転が必要とは考えられない業務が多数含まれており、実質的に人手不足を補うための「サイドドア」からの移民労働者の受け入れ制度となっている。
そして、建前上は「実習」となっているがゆえに、3年間は職場を変更することすらできない。したがって、技能実習制度を見直すのではなく、制度そのものを廃止して、まずすべての労働者に基本的人権である職業(就労先)選択の自由を認めるべきである。仮に「技能実習」が必要な業務であったとしても、それは職業(就労先)選択の自由を認めたうえで実施すればいいだけの話だ。
おわりに
国際的にも批判を浴びる技能実習制度の廃止を求めるため、国内にも動きがある。高校生や大学生のZ世代と呼ばれる若者たちが「技能実習制度廃止プロジェクト」を今年3月に立ち上げ、オンライン上で署名キャンペーンを実施している。
この署名はすでに3万人近い賛同を得ている。学生だけではなく、弁護士、研究者、ジャーナリストらもかかわり、2年以内の制度廃止を目指して、現場で技能実習生など「外国人」労働者の相談対応やアウトリーチ活動、情報発信などを行っているという。
参考:署名 外国人を奴隷化する技能実習制度の廃止を求めます!
こうした不正義がまかり通る制度や現状を変える取り組みに関心のある方や、ご自身や周りの技能実習生の働き方について相談したいことがある方は、ぜひ下記の窓口にご連絡いただきたい。
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