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技能実習生による新生児の「死体遺棄」事件 背景に「強制帰国」の恐怖

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
(写真:アフロ)

 誰にも妊娠したことを告げず「孤立出産」した末に死産し、死体を放置したとして「死体遺棄」の罪に問われているベトナム人技能実習生の女性の控訴審で、19日、福岡高裁が有罪判決を下した。

参考:死産の双子遺棄、技能実習生に再び猶予付き判決 被告が会見

 報道によれば、女性は、2018年夏頃から熊本県内で農業の仕事をしていたが、2020年5月に妊娠が判明。同年11月15日に死産した後、死体を段ボール箱に入れて自室の机の上に置いていた。女性は、誰にも相談できなかった理由について「帰国させられるのが怖かった」と話しているという。

 技能実習生による新生児の「死体遺棄」事件は、これが初めてのことではない。2020年5月には岡山県で、2020年11月には広島県で、同様の事件が起きたことが報じられている。こうした事件が相次ぐ背景として、実習先企業や監理団体が妊娠した実習生に対して、「産休・育休の権利」を認めず、強制的に帰国させるという違法な対応の広がりが指摘されている。

 以下では、妊娠した技能実習生が「強制帰国」を迫られるなど、深刻な人権侵害を受けた実例を示しつつ、法律では技能実習生も含めて認められている「産休・育休の権利」が現実にはまったく行使できていないことを明らかにしたうえ、その背景要因について考える。そのうえで、こうした技能実習生に対する人権侵害を許さないと声を上げる動きが、若い世代から出てきていることを紹介したい。

「中絶か、強制帰国か」の二択を迫られる

 そもそも、冒頭の事件を起こした女性が「孤立出産」へと追い込まれたのは、「技能実習生が妊娠したら帰国させられる」と信じていたからであったが、それを単なる杞憂だと片づけることはできない。というのも、彼女が懸念していた妊娠を理由とする「強制帰国」は、現実に日本で起きてしまっているからだ。実際に、次のような実例がある。

 牛タンなどを扱う飲食チェーン店を経営するX社の直営工場で働くスリランカ人技能実習生のAさん(20代女性)のケースを紹介しよう。

 (なお、本件については、田所真理子ジェイ「「中絶か帰国か」選択を迫られたスリランカ技能実習生」『POSSE』Vol.49を参照・引用している)。

 Aさんは、昨年1月に来日し、X社の工場で食品加工の仕事に従事してきたが、同年7月25日に妊娠が判明して、監理団体にその報告をしたという。すると、あろうことか、監理団体の担当者はAさんに対し「スリランカに帰るか、日本で子供を堕すか。この二択しかない」と言って、翌日には子供を堕すための準備をすると通告した。

 Aさんは強い恐怖を感じ、その日のうちに隣県にある友人宅に逃げ込んだという。このとき、監理団体の担当者は、Aさんに対し、他の技能実習生は子供を堕して仕事を続けているという趣旨の話をして、中絶をして仕事を続けることが当然であるかのように話したという。

 また、Aさんによれば、母国の送り出し機関からも、来日前に「妊娠をすれば技能実習は終わりだ」と伝えられていた。さらに、実習先企業のX社も、Aさんに対して、産休・育休の法的権利について伝えていなかったそうだ。

 技能実習生が「中絶か、強制帰国か」の二択を迫られるケースは、これにとどまらない。朝日新聞「「中絶か強制帰国、どちらか選べ」妊娠の実習生は逃げた」(2018年12月1日)によれば、西日本の製紙工場で働く予定だったベトナム人技能実習生の女性は、妊娠を理由として、研修施設の担当者から「中絶するか、ベトナムに強制帰国か」を迫られたうえ、中絶の薬を与えるとも言われた。

 女性は、子どもを産みたいが、病気の母の治療費の借金や日本に来る渡航費(約100万円)の借金を返す必要もあるため、逃げ出したという。

妊娠した実習生のうち、産休を取得できたのは2%にも満たない

 以上の事例は、いずれも人権侵害であるのはもちろん、男女雇用機会均等法などの日本の法律に違反している。日本の法律は、国籍や在留資格にかかわらず、すべての労働者に産休を取得する権利を認めている。もちろん、技能実習生であっても同じだ

 だが、ここまで見てきたように、現実には、多くの技能実習生が「中絶か、強制帰国か」を迫られたり、それを恐れて妊娠・出産を隠して働いたりしている。そして、最悪の場合には、追い込まれたあげく、人権侵害の被害者であるはずの技能実習生が、堕胎罪や死体遺棄罪に問われて「犯罪者」とされてしまうのだ。

 それでは、妊娠した実習生のうち、産休を取得できた割合は全体のどれくらいになるのだろうか。

 立憲民主党の牧山ひろえ衆議院議員の国会質問等に対して、政府及び厚生労働省は、2017年11月から2020年12月にかけて、妊娠、出産を理由に技能実習を中断した637人のうち、技能実習の再開が確認できたのは11人(2021年8月24日時点)だと回答している。妊娠、出産をして技能実習を再開できた割合は2%にも満たないのだ。

 また、厚生労働省は、妊娠・出産等を理由とする解雇など不利益取り扱いを禁止する男女雇用機会均等法に違反したことによる技能実習計画の認定取消等の行政処分等を技能実習法にもとづいて実施したケースはないとしている。

 このように、技能実習生が妊娠・出産を経験した際に、産休を取ることで雇用を継続できた割合は非常に低いうえ、産休の取得を妨害するなど法違反をした雇用主を行政が処分した実績も皆無であることがわかった。

なぜ、技能実習生への人権侵害がまかり通るのか

 ここまで法律は、国籍・在留資格にかかわらず、産休など労働者のリプロダクティブ・ライツ(性と生殖に関する権利)を認めているが、現実にはそうした権利が当たり前のように侵害されていることをみてきた。

 こうした現実を生み出している原因の一つは、外国人技能実習制度そのものにある。技能実習生の多くは、来日前に渡航費やブローカーへの支払いのために多額の借金を背負わされているため、「債務奴隷」として弱い立場に置かれている。

 さらに、技能実習生は自由な転職が制度上認められていないため、悪質な雇用主や監理団体による「支配」を逃れづらいという事情もあり、声を上げづらい環境にあるのだ。

 そもそも、技能実習生に限らず、外国人労働者が労働者としての権利を行使することは容易ではない。想像をしてみてほしい。言葉も文化も法制度も異なる外国で妊娠した際に、雇用主から「中絶か、強制帰国か」を迫られる恐怖を。そのとき、誰の助けもなしに、自らの力だけで、正しい知識を得て権利を行使できるだろうか。

 ここで強調しておきたいことは、外国人労働者への人権侵害を無くすためには、外国人技能実習制度という「法制度」を変えるだけでなく、彼ら・彼女らが労働者としての当たり前の権利を行使できるよう支援し、日本社会で起きている人権侵害に共に立ち向かう姿勢が求められるということだ。

実習生への人権侵害に立ち向かうZ世代の若者たち

 そうした動きの兆しは既にある。少し意外に思われるかもしれないが、Z世代を中心とする若者たちが、外国人労働者への人権侵害を許してはいけないと各地で取り組みを始めている。

 冒頭で紹介した「死体遺棄」の罪に問われているベトナム人技能実習生の裁判支援には、大学生など若者たちが多数駆けつけているそうだ。

 また、「中絶か、強制帰国か」を強いられたスリランカ人技能実習生のケースでは、筆者が代表を務めるNPO法人POSSEの学生ボランティアが多数、支援活動にかかわっている。

 学生ボランティアが中心となって、被害を受けた技能実習生(Aさん)からヒアリングを行って事実関係を整理し、Aさんに対して彼女が持つ権利とその行使の方法について説明し、一緒に声を上げるよう説得してきた。

 一時は「失踪」の状況にまで追い込まれたAさんであったが、学生らの支援をうけて、「中絶か、強制帰国か」を迫った監理団体と産休・育休の権利の説明を怠った実習先の責任を追及するため、個人加盟の労働組合に加入して実習先などに団体交渉を申し入れることを決意した。

 団体交渉には、多くのZ世代の若者が参加して、Aさんの権利行使を支えた。初めは緊張や恐怖を感じていたAさんも、同世代の若者たちと一緒に声を上げることを通じて、「私たちの力を感じた」「技能実習生の産休・育休の権利のために闘いたい」と勇気付けられていたそうだ。

 このケースはいまだ解決には至っていないが、Aさんは技能実習生としての雇用の地位を維持し、つい先日より産休を取得することができているという。

日本社会の不可欠な担い手としての外国人労働者

 Z世代の若者たちが技能実習生への人権侵害に関心を持つ理由の一つは、外国人労働者の存在がますます身近になっていることがあげられる。日本の外国人労働者数は、ここ20年間で急増しており、2000年の約20万人から、現在では約170万人へと増えている。Z世代の若者たちは、地方では農業や工場などで働く外国人技能実習生たちの姿を、都心ではコンビニなどで働く留学生アルバイトたちの姿を、すぐ隣に見ながら育ってきた。

 また、このことにも関わるが、外国人労働者が日本社会の不可欠な担い手となってきていることも、外国人労働者の「労働者としての権利」の擁護にZ世代の若者の関心が向くことの背景となっていると考えられる。以前と比べても、外国人労働者が、ますます、コンビニ・スーパー、農業や建設業など、私たちの生活に欠かせないインフラや衣食住を支えるようになっている。それにもかかわらず、外国人労働者に対しては「労働者としての権利」を平等に認めないということは、控えめに言っても不公正であろう。

 冒頭で紹介した、「孤立出産」の末に「死体遺棄」に追い込まれたベトナム人技能実習生も、熊本県のみかん農家で働いていたそうだ。冬の季節には、一度は、国産のみかんを美味しくいただくこともあるだろう。甘くて美味しいみかんが食べられる普通の生活も、技能実習生の労働があってのことだ。

 こうした不公正な現状を変えるべく、POSSEでは国籍や在留資格などを問わず、労働相談を受け付け、彼ら・彼女らの権利行使を支援している。こうした活動に関心のある方や相談したいことがある方は、ぜひ下記の窓口に問い合わせてほしい。

無料労働相談窓口

NPO法人POSSE 外国人労働サポートセンター

メール:supportcenter@npoposse.jp

※外国人労働者からの相談を、やさしい日本語、英語、中国語、タガログ語などで受け付けています。

ボランティア希望者連絡先

volunteer@npoposse.jp

NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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