ドラマ『サイレーン』で飛躍した菜々緒――ひたすら強く、ひたすら美しく、ひたすら怖ろしい当たり役
セイレーンの橘カラ
今週火曜日に最終回を迎えるドラマ『サイレーン 刑事×彼女×完全悪女』(フジテレビ系・22時)。松坂桃李と木村文乃が演じる若いふたりの刑事が、連続殺人犯の事件に巻き込まれていくサスペンスです。視聴率は平均9%弱とそれほど高くありませんが、この作品ではひとつ大きな収穫がありました。それは凶悪かつ美しい殺人犯・橘カラを演じる菜々緒が、見事な当たり役だったことです。
橘カラというキャラクターは、非常に独特です。先週までの段階では、彼女の動機ははっきりとはわかりません。しかし、単なる快楽殺人犯ではなさそうです。周到な計画と準備のうえで人を殺す彼女が、なんらかの明確な意図と目的を持っていることは間違いありません。
刑事の猪熊夕貴(木村文乃)に近づいたのも、その真っ直ぐな正義感にカラが興味を持ったからです。カラは、心を許した夕貴を監禁し、もてあそび、いたぶり殺そうとします。ナイフで夕貴を傷つけるシーンは、ゴールデンタイムでは放送コードギリギリのレベルだったほど。菜々緒は、この極めて異常かつ冷酷な人物を演じているのです。
ドラマと山崎紗也夏の原作マンガでは、このキャラクターの印象はじゃっかん異なります。原作のカラはどちらかと言えば可愛いタイプで体型も夕貴と同じくらいですが、ドラマでは身長172センチの菜々緒が演じることによって存在感を増しました。ひたすら強く、ひたすら美しく、ひたすら怖ろしいのです。
結果、ドラマは主人公のふたり以上に菜々緒の印象が強く残る作品となっています。それは『サイレーン』というタイトルにも、より一層の深みを加えることにも繋がりました。原作者の山崎紗也夏は、警報音のサイレンの語源が「セイレーン」であることがヒントだったと記しています(ともにスペルは’siren’)。セイレーンとは、ギリシア神話に登場する半人半魚の怪物。最近はモバイルゲーム『パズドラ』で広く知られるようになりましたが、歌声で船を惑わせて遭難させるような存在です。超絶な美しさと強さの橘カラは、まさにこのセイレーンそのものなのです。
俳優にとって、ひとつの作品が大きな転機となることがあります。菜々緒にとっては、間違いなく『サイレーン』がそうだったと言われることになるでしょう。それほどまでに、このドラマの菜々緒は圧倒的なのです。
モデルの長所が女優の短所に
1988年生まれで現在27歳だった菜々緒は、大学生だった20歳の頃から芸能活動をスタートしました。仕事の中心は一貫してモデルです。2011年に創刊された幻冬舎の『GINGER』では、現在までモデルを務めています。
俳優としての仕事はそれから数年後の2011年頃にスタートさせています。徐々に大きい役を与えられていますが、それほど目立った成果を残せていないのも確かです。おそらく『サイレーン』以前にもっとも目立ったのは、2014年に2度フジテレビで放映されたドラマ『ファースト・クラス』でしょう。沢尻エリカが8年ぶりに主演を務めたことで注目されたこのドラマは、ファッション誌編集部を舞台とした物語です。そのテーマは、その年の新語・流行語大賞にノミネートされた「マウンティング」と呼ばれる女性たちの差異化競走です。ここで菜々緒は他人に点数を付ける美人編集者を演じています。
『サイレーン』もそうですが、菜々緒に常について回るのは「美人」という形容であり、そうした役柄です。2014年に公開され、興行収入10億円のヒットをした映画『白ゆき姫殺人事件』でも、やはり役柄は殺された“美人”。今年公開の『エイプリルフールズ』でもそうでした。
そうしたこれまでの仕事から伝わってくるのは、ドラマや映画の制作者にとって菜々緒は手に余る存在だったということです。つまり、あの極めて端正な美貌と東洋人離れしたスタイルの彼女を、女優としてどのように使っていいかわからない、といった印象です。モデルとしては長所のルックスも、女優としては短所にもなってしまうリスクがあるのです。
それゆえ、もっともハマったのは「とにかく美人の悪女」という非日常的なキャラクター。『ファースト・クラス』も『白ゆき姫殺人事件』、そして今年公開された映画『グラスホッパー』でも同様でした。
『サイレーン』もその流れにある役柄ではありますが、この作品の場合はさらにアクションの要素を付加しました。この作品が菜々緒にとって当たり役となったのは、この点にあります。とくに第8話などで見られたアクションシーンは、彼女の身体能力の高さを示しました。もちろんそれは、自身のインスタグラムに練習風景の動画を載せているように、かなりの訓練を積んだうえでの結果でもあります。「とにかく美人の悪女」の役ばかりだった菜々緒は、こうして『サイレーン』でアクション俳優としての道を切り開いたのです。
“闘う女性”のアクションスター
梶芽衣子や志穂美悦子など、アクションが上手な女優は過去にもいましたが、80年代中期から2000年代までの期間はそれほど目立った存在は見られません。その要因は、日本映画界の低迷にともなう、アクション作品の停滞です。たとえば少林寺拳法を習得していた水野美紀はその能力をいまいち発揮しきれず、『バトル・ロワイアル』でタランティーノに注目されて『キル・ビル』に出演した栗山千明も、その後はアクション作品で目立った結果を残していません。これは女優に問題があったわけではなく、観る人を満足させるアクション作品を創ることができなかった制作サイドの問題です。
しかし、最近は武田梨奈や清野菜名などが目立つように、日本映画の復活にともないアクション映画も以前よりも多く創られるようになってきました。ドラマでも『SP』や『MOZU』、そしてこの『サイレーン』のように、アクションを描く作品が増えてきました。
菜々緒に期待されるのは、その体躯とルックスを活かして、日本を代表するアクション女優へとさらなる飛躍をすることです。そのときにまず思い出すのは、韓国のアクション映画に出演する女優たちです。日本よりもずっとアクション映画に長けている韓国では、菜々緒と同じ水準の体格と美貌を兼ね備える女優たちがスクリーンのなかで活躍しています。
たとえば身長173センチのチョン・ジヒョンは、近年『10人の泥棒たち』(2012年)や『暗殺(原題)』(2015年)で素晴らしいアクションを見せています。168センチのハ・ジウォンもモンスターパニック映画の『第7鉱区』(2011年)やファンタジー時代劇『朝鮮美女三銃士』(2014年)で、そのアクションセンスを発揮しました。
これらの作品には、菜々緒の存在を活かす必要がある日本映画界にとっても大きなヒントがあります。『朝鮮美女三銃士』が『チャーリーズ・エンジェル』に着想を得ているように、“闘う女性”は21世紀の映画にとってはひとつの大きな潮流なのです。『トゥームレイダー』のアンジェリーナ・ジョリー、『バイオハザード』のミラ・ジョヴォヴィッチ、『キック・アス』のクロエ・グレース・モレッツ、『ハンガー・ゲーム』のジェニファー・ローレンス――ハリウッドのスター女優はこうしたアクション映画でブレイクしていきました。日本ではまだ未開拓のこのジャンルにおいて、菜々緒はそこを大きく切り開くポテンシャルを秘めています。
ドラマの仕事を始めたばかりの3年前、菜々緒は自著に収められたインタビューで以下のように話しています。そこには、仕事に対して非常に前向きな彼女の姿勢が見られます。
菜々緒本人が今後どのような仕事を選ぶかはわかりませんが、日本の映画・ドラマ界はこのアクションスターの逸材をどれほど磨くことができるか、今後も注視していきたいと思います。
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