神木隆之介が切り開く新たなスター像――同世代のトップを走る俳優が映画『バクマン。』で魅せた圧倒的実力
ベテラン俳優を凌駕する演技力
映画『バクマン。』が大ヒットしています。興行成績もさることながら、作品の出来も高く評価されています。ふたりの高校生が『週刊少年ジャンプ』での人気トップを目指すこの作品には、同誌のテーゼである「友情・努力・勝利」が充満しています。日本のマンガ文化、もっと言えば日本のコンテンツ産業を30年以上牽引し続ける『ジャンプ』の世界を2時間堪能できるのです。
主演を務めるのは、佐藤健と神木隆之介。しかしこのキャスティングが発表された当初、原作ファンの多くは「配役、逆じゃない?」と受け止めていました。それはファンだけでなくスタッフも同様です。当初、監督の大根仁からこの提案があったとき、東宝の川村元気プロデューサーもそう感じたとか(※1)。
『DEATH NOTE』の大場つぐみと小畑健による原作では、絵を担当するストイックな性格なサイコーが、物語を担当するおおらかな性格のシュージンに引っ張られてマンガの世界に足を踏み出す様子が描かれます。つまり、シャイなサイコーとチャラいシュージン──佐藤健と神木隆之介はこれとは逆のイメージを持たれていたのです。
しかし映画を観たひとの多くは、このキャスティングに強く納得せざるを得なかったはずです。佐藤健は、イケメンなのにそもそも実直だったり地味だったりする役にハマることをこの作品で再度示しましたが、彼を勢いよく引っ張るのは神木の演技でした。神木は、自らの存在感も発揮しながら決して佐藤の存在感を打ち消すことなく、しっかりと作品に溶け込んでいます。見事すぎるその芝居は、ベテラン俳優でもなかなか見ることのできない水準に達しています。
そんな神木隆之介は、1993年5月19日生まれで現在まだ22歳。しかし、2歳からスタートした芸歴はもう20年目に入りました。しばしば「子役は大成しない」などと言われますが、神木はそんな俗説をもろともせずキャリアを積み重ねています。
『バクマン。』に至るまで
子役時代に注目された俳優は、たしかに苦しむ時期があります。幼い頃のイメージをなかなか払拭できず、新たな地点になかなか踏み出せないのです。その転換期となるのは、やはり20歳前後でしょう。幼い頃の雰囲気はかなり薄れるものの、大人の俳優としては子役時代のイメージがつきまとうからです。しかし、神木隆之介を見ていると、子供から大人の俳優へと変わっていくプロセスが、とてもナチュラルな印象を受けます。子役時代のイメージを否定することなく、段階を追って着実に成長しているからです。
それはこれまでの仕事を振り返ってもわかります。俳優として仕事を始めたのは物心がつく前からですが、小学校高学年の頃にはじめての映画の主演を務めます。それが2004年10月公開の『お父さんのバックドロップ』と2005月8月公開の『妖怪大戦争』でした。前者はインディペンデント系の作品ですが、妖怪を描いたファンタジーの後者は興行収入20億円の大ヒットとなりました。子供向けではありながらも、しっかりとしたプロットのエンタテイメントでした。神木の本格的なブレイクは、この作品だと言っていいでしょう。
中学に入ると、その活躍の幅をさらに広げます。一般に広く知られることとなった仕事は、やはりドラマ『探偵学園Q』(2006・2007年)でしょう。単発放送を経て翌年にゴールデンタイムで連続放送されたこの作品では、後に堀越高校で同級生となる志田未来と山田涼介(現在Hey! Say! JUMP)と共演しています。志田や山田だけでなく、2007年に主演した『遠くの空に消えた』で準主演だった大後寿々花も堀越の同級生です。この3人は、その後もたびたび共演します。
また、神木は早くからアニメ映画の声優としても活躍しています。8歳のときに、いまだに日本映画の歴代興行収入トップの『千と千尋の神隠し』(2001年)を皮切りに、宮崎駿監督作品の『ハウルの動く城』(2004年)、『ドラえもん のび太の恐竜2006』(2006年)、『ピアノの森』(2007年)などで立て続けに主要キャストを務めます。そして『サマーウォーズ』(2009年)、『借りぐらしのアリエッティ』(2010年)と、2年続けて夏の大作で主演・準主演を務めました。
高校卒業間際には、大河ドラマ『平清盛』で、清盛演じる松山ケンイチと対決する源義経を演じます。神木が大河ドラマに出るのはこれが3度目でしたが、前2回は子供役。しかも2005年の『義経』では、主人公・義経の幼少期である牛若時代を演じました。つまり、同じ大河ドラマで二度も義経を演じたのです。しかも、『平清盛』では平家を滅ぼす重要な存在です。若干19歳にしてこの重要な役を演じきったのです。
それと同じ頃、神木はひとつの重要な映画に主演します。それが、映画『桐島、部活やめるってよ』(2012年)です。ある学校のさまざまな高校生の5日間を描くこの作品は、興行的には奮わなかったものの口コミで人気を拡大し、インディペンデント配給にもかかわらず日本アカデミー賞最優秀作品賞を受賞するという快挙を成し遂げました。この作品で神木が演じたのは、スクールカーストの下層ではあるものの映画研究部でひたむきに映画に打ち込む少年役でした。
高校を卒業した神木は、それからさらに活躍の幅を広げます。とくにこの3年の躍進は目覚ましいものがあります。そこでは、これまでの神木には見られなかったキャラクターも多く見られます。ドラマ『家族ゲーム』(2013年)では、非常に荒んだ性格の高校生を演じて主演の櫻井翔を上回るほどの存在感を見せ、ドラマ『学校のカイダン』(2015)では、主人公の女子高校生(広瀬すず)を影で操る狂騒的な謎の青年を演じています。
他にも、大ヒットした佐藤健主演の『るろうに剣心』シリーズ(2014年)に出演するなどもしましたが、こうした近年の仕事で特筆すべきは、2014年にWOWOWで放送されたドラマ『東野圭吾「変身」』でしょう。この作品は、事件で脳に銃弾を受けた青年が、生体間脳移植によって一命を取り留めるものの、人格が変わってしまうという物語です。これは相当に難しい役だったはずです。なぜなら、自分が何者かわからない不安にさいなまれ、自らをコントロールできない不安定な存在だからです。しかし神木は、それを見事に演じきりました。優しい人物が徐々に怖い顔を見せていくという、その微妙な演技の変化の加減は素晴らしいものでした。
神木隆之介は、優しい青年から怖い存在、はたまた謎の人物まであらゆる役をこなし、さらにそれぞれの作品で十分な存在感を発揮します。それを可能とするのは、文句のつけようのない圧倒的な実力です。
仲間でもライバルでもある堀越93年度組
ここまで見てきた神木の仕事においてやはり注目したいのは、神木の同級生である堀越高校93年度生まれの4人の俳優――志田未来、山田涼介、大後寿々花、野村周平です。
前述したように、『探偵学園Q』では志田未来と山田涼介と共演しています。志田未来とは、その後『借りぐらしアリエッティ』でも声優としていっしょに主演と準主演を務めました。
中学生のときに『遠くの空に消えた』で共演した大後寿々花とは、高校時代に撮影した『桐島、部活やめるってよ』でふたたび共演を果たします。この映画は、東出昌大や山本美月、松岡茉優などの出世作になりましたが、そこで神木と大後は作品を支える柱のような役割を担っています。実際、吉田大八監督も筆者の質問に対し、ふたりの存在が非常に重要だったと振り返っています(※2)。
さらに、2011年のドラマ『高校生レストラン』では、同級生の野村周平と共演しています。高校生が運営するレストランを描いたこの作品では、神木と川島海荷を中心とした高校生のなかで、野村周平が調理部の部長を務めています。
神木は子役時代から孤独に芸能界を生きてきたわけでなく、友人としてライバルとして同級生の俳優たちとともに成長してきたのです。それはなんとも羨ましい経験です。
また、10代や20代前半の俳優は、まだゴールデンタイムのドラマや大規模公開の映画では、主演を任せられることが多くありません。その多くは、キャリアが少なく認知度も低いからです。しかし、20代半ばからは青年役の主演作が増えていきます。この世代は次代のスター俳優の予備軍でもあるのです。
神木隆之介と1学齢違いの男性俳優では、他に9人の注目すべき俳優がいます。共通するのは、まだ20代前半にもかかわらず、映画やドラマで主演を務めていることです。その一覧が以下になります。
このように、10人はそれぞれ出自が異なります。神木のような子役出身、ジャニーズ、仮面ライダー、他の4つです。かれこれ15年以上、これらはスター俳優を育成・輩出するルートとして確立しています。『バクマン。』の出演者では、神木とともに主演を務めた佐藤健の出世作は、2007年の『仮面ライダー電王』でした。一方、主人公ふたりのライバルを務める新妻エイジ役の染谷将太は子役出身で、たとえばドラマ『相棒』第1シーズン(2002年)で死刑囚と面会させられる幼い子供を演じていたのが、当時9歳の染谷でした。
そうそうたるこの10人のなかで、神木はキャリア・実力ともに、間違いなくトップを走る存在です。その特徴は前述したように、さまざまな役をこなすところです。もしかしたら、彼の器用さはスター俳優っぽくないのかもしれません。スター俳優は、演じる役の傾向が定まっていることが多いからです。山田涼介や福士蒼汰は、おそらくそういうタイプです。それに対し、神木は個性的な役に向く性格俳優の傾向が強いと言えます。
新しいタイプのスター俳優へ
筆者が神木を見ていて連想するのは、ハリウッドスターのロバート・ダウニー・Jrです。『アイアンマン』や『アベンジャーズ』によって大物スター感があるダウニーですが、アイアンマンもヒーローではありながらも変人の発明家、『シャーロック・ホームズ』でも変わったタイプのホームズを演じています。また、そもそも彼の出世作は、1987年の『レス・ザン・ゼロ』でドラッグ中毒の青年を演じ、主人公を上回る存在感を見せたことでした。そして、伝記映画『チャーリー』(1992年)では、細かい仕草までチャップリンをまるで蘇らせたかのような演技をし、大ブレイクします。(その後、薬物問題もありましたが)ダウニーは、性格俳優でありながらもスター俳優の座に登りつめた存在なのです。
神木に期待するのは、こうした新しいスター像です。日本にも阿部寛や堺雅人のような、性格俳優タイプのスターがいますが、ともに大ブレイクしたのは30代半ばを過ぎてから。20代で幅広い人気を得る性格俳優はさほどいません。
しかし、神木は早くから切り開こうとしています。イケメンだったり強かったりするばかりでなく、他に類のない個性を強く発揮しながらもそれがスター性を帯びる存在――神木は、それを可能とする十分な実力を備えています。映画『バクマン。』にも、その一端が十分に表れています。
日本の俳優の歴史に、神木隆之介が新たな1ページを開くことを期待してやみません。
※1……映画『バクマン。』プレス用パンフレット(2015年)。
※2……吉田大八監督は、「神木君や大後さんがいたことによって、ああいう賭けに出ることができた部分はあります」と話している。早稲田松竹「『桐島、部活やめるってよ』/『サニー 永遠の仲間たち』トークショー全貌」(2012年)。
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