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阿部寛の“オッサン道”――ストイシズムが打ち上げる『下町ロケット』

松谷創一郎ジャーナリスト
2015年10月12日、『下町ロケット』完成披露特別試写会にて(写真:毎日新聞デジタル/アフロ)

人間臭い“ザ・オッサン”

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今季のドラマでもっとも注目を浴びている、ドラマ『下町ロケット』(TBS系列/日曜21時)。視聴率は10%台後半で推移しており、第5話では20.2%と大台にも乗りました。今年の連続ドラマでは、もっともヒットした作品となりそうです。同じく池井戸潤原作の『半沢直樹』(2013年)と『ルーズヴェルト・ゲーム』(2014年)に続き、伊與田英徳プロデューサーと福澤克雄監督が三度タッグを組んでいることもあり、ひとつのブランドを確立した感があります。

今作の舞台は、ロケットの部品など精密機器を造る中小企業・佃製作所。いわゆる“ものづくり”に情熱を燃やす技術者が登場し、高い技術力で大企業を圧倒するプロセスが描かれます。以前、『プロジェクトX~挑戦者たち~』(NHK/2000~05年)というドキュメンタリー番組が人気を集めましたが、そのフィクション版といった印象です。

主人公は佃製作所の社長・佃航平。ロケット開発に携わった後、父親を継いで社長に就任した航平はとても情熱的な人物です。他社からのスラップ訴訟では法廷で熱弁し、ロケット部品の特許譲渡を迫る大手企業には部品供給の道を押し通します。社長ながら目先の利益を追い求めず、あくまでも夢を追い求めるその姿こそ、この作品の最大の魅力でしょう。

そんな佃航平を演じるのが、阿部寛です。周知のとおり189センチの体躯に鋭い眼光、野太い声と、他に類を見ない特徴を持つ阿部は、日本の俳優界になくてはならない存在となりました。この作品でも、作業着姿で無精髭を生やした阿部は、ときには社員を怒鳴りつけ、ときには娘の前で涙を流します。なんとも人間臭い“ザ・オッサン”――それが阿部寛の創りあげた「佃航平」という作品なのです。

人気モデルから俳優に

東京オリンピックが開催された1964年に生まれた阿部は、今年51歳になりました。しかし、トップ俳優にいたるまでの道のりは、決して平坦なものだとは言えません。というよりも、俳優としてブレイクしたのは35歳を過ぎてから。スター俳優としては遅咲きです。

『MEN'S NON-NO』1986年12月号(集英社)
『MEN'S NON-NO』1986年12月号(集英社)

阿部は、この世代には珍しくモデル出身の俳優です。80年代後半、風間トオルや大沢たかおなどとともに集英社の『MEN'S NON-NO』の専属モデルとして活躍しました。その頃のイメージを一言であらわすならばやはり「イケメン」(当時この言葉はありませんでしたが)。背が高く、スラっとしていて、爽やか――そんなモデル・阿部寛は、明るい空気で覆われていたバブル期の青少年の憧れの存在だったのです。30年後にまさかこれほどの性格俳優になるとは、当時は誰も想像しなったことでしょう。

俳優としてのデビュー作は、南野陽子主演の映画『はいからさんが通る』。初仕事にもかかわらず、主人公の許婚である軍人役で、馬に乗って颯爽と登場するようなイケメンキャラに抜擢されました。しかし、作品は興行的には成功したものの、その演技は特段評価されることはありませんでした。そして阿部は、長い不遇の時期を過ごすことになります。

俳優業に専念した90年代は、それほど目立った存在ではありませんでした。一時期は、ほぼ消えた存在だったとも言います。しかし、この時期に阿部は堅実に実力を鍛えていました。なかでも本人が重視するのは、1993年のつかこうへい演出の舞台『熱海殺人事件 モンテカルロ・イルージョン』と、翌1994年の大藪春彦原作の映画『凶銃ルガーP08』(撮影時はVシネマ企画)です。後年、「『熱海』のおかげで怖いものは一切なくなった」、「どん底の役者生活に、わずかながら光が見えた」と記すほどです(※1)。

36歳、『TRICK』で大ブレイク

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その後も地道に仕事を続けた阿部寛が、俳優として本格的にブレイクを果たすのは2000年代に入ってからのこと。やはりそこで忘れてはならないのは、堤幸彦演出のミステリー&コメディのドラマ『TRICK』でしょう。当初はテレビ朝日の金曜23時過ぎと、決して恵まれた枠ではありませんでしたが、阿部は超常現象を見破る変人の物理学者・上田次郎を怪演します。仲間由紀恵の出世作ともなったこの作品は、その後ドラマ・映画でシリーズ化され、2014年に完結するまで15年に渡る人気作品となりました。主演作が増えるのも、これ以降のことです。

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とくにフジテレビ系関西テレビ制作の火曜日22時枠では、尾崎将也脚本の作品に3作主演しています。そこで一貫して演じたのは、不器用な中年男性でした。『アットホーム・ダッド』では会社をリストラされた専業主夫、『結婚できない男』では神経質かつ偏屈な建築家、『白い春』では出所したばかりの元ヤクザ。それらは、困難に立ち向かい試行錯誤しながら徐々に変わっていく中年男性でした。

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不器用で変人、でもどこか愛らしい――現在にも続く阿部の性格俳優としての特徴が完成されたのが、この2000年代だったと言えるでしょう。京極夏彦原作の映画『姑獲鳥の夏』『魍魎の匣』で演じたのは、豪快な性格ながらも超能力を持つ私立探偵、ドラマ『ドラゴン桜』では生徒を東大に合格させようとする挑発的な弁護士、映画『テルマエ・ロマエ』では現代日本にタイムスリップする純朴な古代ローマ人など、一癖も二癖もあるキャラクターにぴったりとハマりました。

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もちろん、強い特徴がない役も演じています。映画『青い鳥』『新参者』シリーズの加賀恭一郎などがそうでしょう。そうしたなかでも出色なのは、是枝裕和監督の映画『歩いても 歩いても』です。阿部が演じるのは、兄の15回忌のため、診療医を営む両親のもとに帰省する男です。是枝はドキュメンタリックな演出が特徴で、しかもこの作品は設定の説明をとても抑制しています。平凡な日常がゆっくりと進みながら、徐々に主人公と両親との微妙な関係性が浮かび上がってきます。

そんな世界に佇むのは、大ヒットした映画やドラマでは見られない阿部の姿です。他の作品では存在感のある身体性も、この作品においてはただの長身なひとにしか見えません。「是枝裕和の最高傑作」と呼ばれる作品は、こうした阿部の演技によって構築されたのです。濃厚さが特徴の性格俳優でありつつも、存在感を主張しないキャラクターも十分に演じることができるのです。

異彩を放つ存在感

この15年間、阿部寛はスター俳優としてひたすら仕事に打ち込んできました。その仕事量は膨大で、フィルモグラフィーを確認すると、ほとんど休みを取っていないこともわかります。

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そんな阿部と同世代の50歳前後の俳優を列挙したのが右の表です。こうして他の俳優を並べて見てみると、やはりその存在感は異彩を放っています。変人役が得意の性格俳優でありながらも、同時に主演を次々とこなすスター俳優は、他には見当たりません。イケメンモデルから低迷期を経て中年になってブレイクするあたりも、とても珍しい俳優人生だと言えるでしょう。

親しみを込めてその存在性をあらわすならば、やはり“ザ・オッサン”が相応しいでしょうか。2000年以降、阿部は常に既に中年男性を演じてきたのです。30代になっても若者を演じるような二枚目俳優では決してなく、独自の“オッサン道”を切り開いてきたのです。

そして、俳優にとっての50代とは、またひとつの転換期でもあります。若者からの人気が離れることでスター性は減退するものの、いっしょに歳を重ねていったファンは一層円熟味のある演技を期待します。それは“オッサン道”をしっかりと歩んできた阿部にとって、強力な追い風であることは言うまでもありません。『下町ロケット』にも、50代となった阿部寛の強烈なオッサンっぷりが充満しています。

「自分でない誰か」と闘う

阿部寛『アベちゃんの喜劇』(2002年/集英社be文庫)
阿部寛『アベちゃんの喜劇』(2002年/集英社be文庫)

そんな阿部寛の活動から見え隠れするのは、俳優としての核心です。無理に格好つけることなく歳相応のオッサンを引き受け、さらにコメディからホームドラマ、そしてサスペンスなど、さまざまな役にチャレンジしてきました。矛盾するようですが、自然体かつ野心的な印象を受けます。

38歳だった2002年に上梓したエッセイ集『アベちゃんの喜劇』では、将来の自己像についても触れています。そこには、その後大活躍する俳優とは思えないような純朴な言葉が綴られています。

僕はこれからもマニアックな俳優でいいと思っている。自分の中で成立してればいいと思っている。

自分が自分に対して一番厳しいから、人が「いいじゃないか」と言ってくれるよりも、自分の中で納得していればそれでいい。

自信過剰か? むしろ逆だ! 自信なんて全くといっていいほどない。

(中略)

僕は不器用かもしれないけれど、これからも公私ともにマイペースでやっていくだろう。

芝居のことだけ考えて、やれることだけやって、その中に喜びを見つけて生きていく。それでいい。

そしてきっと一生、自分であり、自分でない誰かという役柄と闘い続けていくだろう。

出典:阿部寛『アベちゃんの喜劇』p.176-177(2002年/集英社be文庫)

阿部のこのような俳優観は、非常に独特です。世の中のほとんどのひとは、他人と比べて自らの立場を確認しようとします。その一方で、周囲のことをあまり意識にせず自分のなかに自分の基準を設けるごく少数のひとがいます。これらは、前者がスノッブ、後者がダンディと呼ばれます(※2)。

阿部の場合は、どちらかと言えばダンディな立場ですが、同時に「自分でない誰かという役柄と闘う」と述べます。これはとても独特な認識です。その「自分でない誰か」とは、俳優をはじめ監督や脚本などのスタッフとともに創りあげていく架空の他者です。その点では、間接的ではありますがスノッブだとも言えます。

その姿勢は、俳優が安定して仕事をし続けるための確実な方法論であるのでしょう。なぜなら「自分でない誰か」とは、いくら倒そうと思っても、存在しないがゆえに論理的には決して倒すことができないからです。だから、いつまでも経っても倒すことはできず、無限に闘い続けなければなりません。

しかし、ここでそんな阿部の世界観が誰かと似ていることに気づくはずです。そう、『下町ロケット』の佃航平です。会社を経営しながらも、航平は闘い続けています。彼が闘っているのは、無理強いをする大手企業でもライバル企業でもなく、自社が製造する“部品”です。あの“部品”こそが、阿部寛にとっての“役”なのです。

ダンディでありながらも間接的にスノッブ――阿部寛と佃航平の“オッサン道”は、そんなストイシズムから切り開かれたのでしょう。

※1……阿部寛『アベちゃんの喜劇』(2002年/集英社be文庫)。

※2……ダンディとスノッブについては、浅野智彦「近代的自我の系譜:ピューリタニズム・スノビズム・ダンディズム」(見田宗介・他編『講座現代社会学2 自我・主体・アイデンティティ』1995年/岩波書店)を参照のこと。

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ジャーナリスト

まつたにそういちろう/1974年生まれ、広島市出身。専門は文化社会学、社会情報学。映画、音楽、テレビ、ファッション、スポーツ、社会現象、ネットなど、文化やメディアについて執筆。著書に『ギャルと不思議ちゃん論:女の子たちの三十年戦争』(2012年)、『SMAPはなぜ解散したのか』(2017年)、共著に『ポスト〈カワイイ〉の文化社会学』(2017年)、『文化社会学の視座』(2008年)、『どこか〈問題化〉される若者たち』(2008年)など。現在、NHKラジオ第1『Nらじ』にレギュラー出演中。中央大学大学院文学研究科社会情報学専攻博士後期課程単位取得退学。 trickflesh@gmail.com

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