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中国は「トランプ落選」を望んでいるか――混迷のアメリカ大統領選挙

六辻彰二国際政治学者
モスクワの土産物屋のトランプ大統領と習近平国家主席の看板(2020.3.23)(写真:ロイター/アフロ)
  • トランプ大統領は民主党の大統領候補バイデン氏が中国寄りで、「バイデンの勝利は中国の勝利」と主張する
  • これに対して、バイデンは「トランプこそ中国にあしらわれてきた」と批判し、トランプとは異なるアプローチでの中国包囲網を目指している
  • バイデンの国際主義的な戦略は、トランプとは別の意味で、中国に対する大きな圧力になるとみられる

 中国への対応は11月に迫ったアメリカ大統領選挙の一つの主要テーマになっており、トランプ大統領は民主党の大統領候補バイデン氏を「中国寄り」と批判するが、当の中国は「バイデン当選」に警戒感を隠していない。

「中国語を勉強させられる」

 デカップリング(中国との全面的な断絶)を強調するトランプ大統領は8月11日、支持者の前で「バイデンが当選したら、アメリカ人が中国語を学ばなければならなくなる」と発言。民主党の大統領候補となったバイデン氏が中国寄りで、中国に甘いと批判した

 実際、バイデンにはこれまで中国を擁護する姿勢が目立った。

 1979年にアメリカが中国と国交を樹立した当時、若手の上院議員だったバイデンは真っ先に中国を訪問した議員団の一員だった。それ以来、中国の要人に広い人脈をもち、米中貿易戦争が激化した2019年5月には「中国は競争相手ではない」と強調している。

 トランプのバイデン批判はこれらを念頭に置いたもので、「自分しか中国に対抗できない」というアピールに他ならない。

中国はバイデン当選を望んでいるか

 では、中国にとっては「バイデン当選」が望ましいだろうのか。

 そうとは限らない。アメリカでこれまでになく反中感情が高まるなか、バイデンは従来のスタンスを転換したからだ。

 民主党の大統領候補指名を受諾した際の演説で、バイデンは習近平国家主席を「悪党」と呼んだ一方、トランプ政権がコロナ蔓延に関して中国に説明責任を果たさせることができなかったと批判した。また、民主党のCMはトランプが習近平に「遊ばれ」、貿易戦争に「敗れた」とこき下ろしている。

 要するに、バイデンは「自分ならもっとうまく中国を封じ込め、アメリカの利益を守れる」と主張しているのだ。

 状況に応じてスタンスを変えるのは政治家の常で、その「変節」の良し悪しはここでの問題ではない。むしろここで重要なことは、バイデンの軌道修正が中国にとって、トランプとはまた異なる圧力になることだ。

 実際、中国政府系の英字メディア、グローバル・タイムズは8月末、「バイデンの中国政策で劇的に変化するか?」と題した社説を掲載したが、ここではバイデンとトランプのどちらがより脅威とは述べていないものの、少なくともバイデンが当選した場合でも中国にとっては楽観できないと示唆している。

チーム・バイデンの国際主義とは

 中国も警戒するバイデンの戦略とは、どのようなものか。

 ごく少数の取り巻きが決定権をほぼ独占するトランプ陣営と異なり、バイデン陣営には2000人以上の外交・安全保障の専門家が集まり、20以上のテーマごとのチームに編成されている。

 チーム・バイデンの方針は、一言でいうと「国際主義」と呼べる。つまり、他の国がついてこず、たとえアメリカ一国でも、とにかく突っ込んで相手に衝撃を与えるトランプ流とは対照的に、多くの国を巻き込むというものだ。

 これは中国政策についてもうかがえる。

 例えば、バイデンはトランプが決定した世界保健機関(WHO)脱退を取り消すと主張している。WHOに限らず、中国は国際機関への拠出金を増やすことで国際的な発言力を強めてきた。トランプ大統領はこれを批判し、国際機関との関係を縮小させてきたわけだが、バイデン陣営はこれとは逆に国際機関へのかかわりを強めることで中国の足元を揺るがすことを目指している。

 この方針は、トランプ流とは異なるものの、中国にとって油断できないものである点で変わらない。

貿易摩擦の「引き継ぎ」

 それでは、チーム・バイデンの中国政策を、貿易を中心にもう少し詳しくみていこう。

 バイデンは中国との貿易戦争がアメリカ経済をむしろ疲弊させていると主張している。関税引き上げの応酬が製造業のコストを引き上げただけでなく、最大の農産物市場である中国にアクセスできなくしたためだ。

 そのため、バイデン政権が発足すれば、中国への高い関税は引き下げられると多くのエコノミストはみている。ただし、無条件に関税が引き下げられるかは疑わしい。

 米中関係に詳しいGFMアセット・マネジメントの投資アドバイザー、ターリク・デニソンはバイデン陣営がトランプ大統領の政策をむしろ利用するとみている。つまり、バイデン政権が誕生した場合、アメリカは関税の引き下げを交渉カードに用いるというのだ。

 だとすると、外国企業の先端技術に関する情報を半ば強制的に開示させる、国内市場への外資参入を制限するといった貿易慣行を改めるように中国に求める圧力は、バイデンが当選した場合でも続くとみてよい。

貿易ブロックでの中国封じ込め

 これに関連して、TPP(環太平洋パートナーシップ協定)についても触れておこう。

 トランプ政権はTPPから一方的に離脱し、日本を含む各国に二国間の自由貿易協定の締結を求めてきた。これに対して、バイデンは「TPPには戻らない」と言明しているが、再交渉によって多国間の貿易協定を改めて結ぶ方針を打ち出している。

 TPPに近い形の自由貿易地域は、中国にとっての圧力になる。

 その名称とは裏腹に、自由貿易協定には自由に反する側面がある。協定を結んだ国同士のモノ、カネ、ヒトの移動の規制が緩和される反面、それ以外の国にとっては事実上、参入のハードルが上がるからだ。

 ところで、アメリカが離脱するまで、TPPメンバー12カ国のGDPの合計は世界全体の約40%を占めていた。そのため、TPPに準じる協定ができれば、それに参加しない中国にとっては、アジア・太平洋にバリケードを張り巡らされるに近い

同盟の再構築

 バイデン流の国際主義でカギになるのは、同盟国との関係修復だ。

 トランプ大統領の「アメリカ第一」は過度に防衛的であるがゆえに攻撃的ともいえるが、いずれにしろファーウェイ締め出しなどを含む中国封じ込めは、同盟国からほとんど協力を得られていない

 冷戦時代、アメリカは日本を含む西側先進国に東側共産圏との取引を制限するように求めたが、その当時はアメリカの市場を開放することで、同盟国に対して、ソ連や中国との取引削減によって発生した損失の穴埋めを認めた。こうした措置なしに、ただアメリカに合わせろと言われても、トランプ政権につき合う国が多くないのは不思議ではない

 駐留米軍の経費をめぐる問題は、これに拍車をかけている。

 先進国のなかでアメリカが孤立することは、中国にとっては包囲網のユルさと映る。アジア問題の専門家としてブッシュ(ジュニア)政権やオバマ政権で務めた経験をもつマイケル・グリーンとエヴァン・メデイロスは、アメリカが同盟国の信頼を失ったことを、コロナ問題や香港問題で効果的に中国に働きかけられなかった要因としてあげている。

 だとすると、トランプと対照的に、バイデンが同盟国を含む各国の協力を取り付けられれば、中国包囲網はキツくなりやすい。中国が「バイデン当選」を警戒する最大の理由は、ここにある。

人種問題の本家として

 最後に、人種問題について触れておこう。

 チーム・バイデンの一員である、ニュー・アメリカン安全保障センターのエリー・ラトナーは、トランプ大統領が香港や新疆ウイグル自治区での人権問題を、貿易問題の道具として利用したと批判する。

 もっとも、歴代のアメリカ政府をみれば、共和党であれ民主党であれ、人権問題を政治的に利用しなかった大統領はいない。そのため、バイデンが大統領になったとしても、人権問題を何より優先させる保証はない。

 その一方で、海外の人権問題に熱心なのは、トランプ政権を支える共和党より、伝統的にはむしろ民主党の方だ。1989年の天安門事件の際も、当時のブッシュ(シニア)大統領の反応は鈍かったが、これを突き上げて中国制裁に向かわせたのは、民主党が過半数を握っていた議会だった

 だとすると、支持基盤のリベラル派の意向を汲むことが、党派を超えてアメリカに渦巻く反中感情に響くという政治的判断が働けば、バイデン陣営が香港問題でより強硬な制裁を中国に科す公算は大きい。そのため、グローバル・タイムズが、バイデン政権が誕生した場合にアメリカはこれまで以上に中国の人権問題をクローズアップしやすくなると警戒していることは、不思議ではない。

 もちろん、大統領選挙の行方は予断を許さない。しかし、確かなことは、たとえバイデンが当選しても、中国は安心できないということだ。どう転んだとしても、11月の大統領選挙は米中対立の一つの節目になるといえるだろう。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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