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国民投票を無視することもできる? EUから離脱するための手続について

田上嘉一弁護士/陸上自衛隊二等陸佐(予備)
英国旗と欧州連合旗(写真:アフロ)

イギリスってもうEUから離脱しちゃったの?

6月23日に行われたイギリスのEU離脱を問う国民投票は、ご承知の通り、離脱派が51.7%の得票で勝利をおさめ、その日のうちにデイビッド・キャメロン首相が辞任を表明するという事態に至り、世界中に激震が走りました。EUから離脱するとなると、1973年の欧州共同体加盟から43年の時を経て、イギリスは「欧州」と袂を分かつことになります。

とはいえ、すぐさまその時点からすぐにEUから離脱するかというとそういうわけではありません。6月24日以降「イギリスはもうEUじゃないんでしょ」というようなことを言っている人がいますが、イギリスはまだEUに加盟している状態ですし、キャメロンも辞任の意向を表明しただけで、まだ現時点はイギリスの首相です。

そこで、今回の国民投票の結果イギリスは離脱することになるのか、そしてイギリスがEUを離脱するためにはどういう手続が必要なのか、法律の話をしたいと思います。

イギリス議会は国民投票結果を無視できる?

「今回の国民投票で離脱が決定されても、イギリスは離脱しない可能性がある」といったら、みなさんは驚かれるでしょうか。

実は法律上はこれが可能なのです。今回のEU離脱に関する国民投票は、European Union Referendum Act 2015という法律に基づいて実施されたのですが、なんと投票結果に法的な拘束力はないのです。法理論の上では、議会はこの結果を無視して、残留を決定することだってできるのです。

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(※著者作成)

日本の憲法は国民主権をうたっていますが、イギリスでは未だに議会内における国王(女王)に主権があるとされています。イギリスが「立憲君主国」と呼ばれるゆえんです。もっとも、イギリスの国王は「君臨すれども統治せず」という伝統に則っていますので、実際には議会が主権を持っているかたちになっています。日本をはじめ多くの国々が「民主主義のお手本」とした「ウェストミンスター・モデル」です。

議会に実質的な主権があるイギリスにおいては、国民投票はあくまで諮問的な手続であって議会を拘束するものではありません。したがって、議会は議論を重ねた上でやはり離脱はしないという決定を行うこともできますし、残留という結果が出るまで国民投票を繰り返して行うこともできます。

現在、国民投票のやり直しを求める署名が350万件以上集まっていると報じられていますが、これもこの国民投票に法的拘束力がないことを考えれば納得がいきます。また、2011年にギリシャではEUの緊縮財政案に対して国民投票を行い、一旦は否決されましたが、その後投票のやり直しを行ってEUの提案を受け入れたという先例もあります。

しかし、上記はあくまで理屈の話であって、実際はそうは簡単に行きません。事は法律の問題ではなく政治的な問題となります。国民投票後、離脱派の主張に一部誤りやデマがあったことや、離脱票を投じた有権者が後悔しているといった話が明らかになっていますが、こうした言を受けて議論が高まって本当に国民投票を再度やり直しでもしないかぎりは、国民の意思を尊重し、イギリス政府はいずれかのタイミングでEUに対して脱退通知を行わざるを得ないでしょう。

EUから離脱するための手続

さて、それでは、EUから離脱するための手続について見てみましょう。EUからの離脱については、欧州連合条約に規定があります。

この「欧州連合条約(Treaty on European Union)」は、元々は1992年にオランダのマーストリヒトという場所で調印されたものですが、その後改正が重ねられ、最近では2010年にリスボン条約によって改正されています。

欧州連合条約と「欧州連合機能条約(Treaty on the Functioning of European Union)」とをあわせて、「欧州連合基本条約」といい、EU法のもっとも根本となる法源(法律上の根拠)を構成しています。

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(※著者作成)

そして欧州連合条約の第50条が離脱に関する手続を定めています。

第50条(連合からの脱退)

1 いかなる加盟国も、その憲法上の要件に従い連合からの脱退を決定することができる。

2 脱退を決定した加盟国は、その意思を欧州理事会に通知する。欧州連合は、欧州理事会が定める指針に照らして、その国と交渉を行い、その国と欧州連合との将来的な関係の枠組みを考慮しつつ、その国の脱退に関する取決めを定める協定を締結する。この協定は、欧州連合機能条約第218条第3項に従って交渉される。この協定は、欧州議会の同意を得た後に、閣僚理事会によって特別多数決によって締結される。

3 両条約は、脱退協定が発効した日に、または、それが存在しない場合には、欧州理事会がその加盟国と合意したうえでこの期間の延長を全会一致により決定しない限り、前項に定める通知から2年後に、その国への適用を終了する。

4 第2項および第3項の適用上、脱退する加盟国を代表する欧州理事会または閣僚理事会の構成員は、これに関する欧州理事会または閣僚理事会の討議および決定に参加しない。特別多数決は欧州連合機能条約第238条第3項(b)に従って定める。

5 欧州連合から脱退した国が再加入を求める場合には、その要請は第49条に定める手続に従う。

(※著者翻訳)

この第50条が定めている要件は以下の3つです。

  1. 憲法上の要件を満たしていること(第1項)
  2. 欧州理事会に対し脱退の通知がなされること(第2項)
  3. 脱退の通知から2年以内に脱退すること(第3項)

憲法上の要件

まず第1の要件として、憲法上の要件を満たすことが必要となります。イギリスの場合、成文憲法を持たない不文憲法ということもありますし、そもそも欧州連合条約第50条を適用してEUを脱退した国はこれまで存在しないので、どうすれば憲法上の要件が満たされるのかについては、実はいまいちよくわかっていません。

今回の国民投票の結果をもって憲法上の要件を満たしたという人もいれば、いやいや、議会による法律や決議が必要なんだという人もいます。先述したとおり、イギリスの実質的な主権はあくまで議会にあります。したがって、憲法上の要件を満たしたというためには、やはり議会でなんらかの決議がなされることが必要でしょう。

脱退の通知

憲法上の要件を満たした上で、離脱の意思を欧州理事会に通知する必要があります(「欧州理事会とはなんぞや?」という方はこちらをご覧ください)。

この通知は撤回することが不可能ですので、通知をしてしまえば最後、後戻りすることは認められません。いわば最終起動スイッチというわけです。

6月28日からブリュッセルのEU本部で欧州理事会が開催されており、未だその任にあるキャメロン首相ですが、今回はこの脱退通知を行っていないようです。すでに自分は辞任を表明しているため、EU脱退の手続はすべて新しい首相の下で行うべきであるという考えのようです。

脱退通知から2年間という期限

そして、期間の延長が決定されない限り、イギリスが脱退の意思を欧州理事会に通知した日から2年後に、欧州連合条約と欧州連合機能条約が適用されなくなります。

逆に言えば、イギリスが今回の国民投票に基づいて脱退の意思を欧州理事会に通知しても、欧州連合条約を含むEU法の適用を受けなくなるまでに最低でも2年はかかるということになります。

脱退協定について

欧州連合条約第50条第2項は、脱退国とEUとの将来的な関係の枠組みを考慮しつつ、脱退に関する取決めを定める協定を締結すると定めていますので、イギリスとEUの間の新たな関係性を定めた新協定も並行して協議されることになります。

内容としては、EUからの脱退日や移行期間、現在英国に住むEU市民やEUに住む英国民の取り扱い、そして今後の貿易の枠組みなどが、話し合われることになるでしょう。現在、離脱後の貿易の枠組みについては、以下の選択肢があるとされていますが、実際にどの枠組みでいくのか、その上でさらに細かい内容についての取り決めが必要です。

  1. EFTA(欧州自由貿易連合)に再加盟しEEA(欧州経済領域)にも加盟するノルウェーモデル
  2. EFTAに再加盟しEUとの間で二国間協定を結ぶスイスモデル
  3. EUとの間でFTA(自由貿易協定)を結ぶカナダモデル
  4. WTO(世界貿易機関)ルールに基づく取引を行うモデル

国内法の整備だって大変

現在のイギリスはEUに加盟しているため、イギリスの国内法にもEU法を適用し実施するための法律がたくさんあります。その中でも一番主要な法律はEuropean Communities Act 1972というもので、これはイギリスが当時のECに加入するために定めた法律です。離脱後は、こうした法律を改正したり破棄して無効としたりする必要があります。

どの程度今の法律を変えたり無効としたりしなくてはならなくなるのか、現時点では不明です。それは、今後イギリスとEUとがどういった関係を築いていくかによるからです。仮に、ノルウェーモデルやスイスモデルを選択した場合には、EU法も一部適用されますので、変更は比較的軽微なものですむといわれています。他方で、WTOのみの枠組みとなった場合には、多くの法律を改廃する必要が出てくるでしょう。

迅速に方向性を指し示すことが急務

EU離脱後は、前述のとおりEUとの間の貿易協定についても締結する必要がありますし、EUが現在締結しているEU以外の国や地域と結んでいる貿易協定も締結し直す必要があります。これらをすべて脱退通知から2年以内に行わなければならないのです。2年の期限が過ぎてしまった場合、EU法の英国への適用は停止され、WTO(世界貿易機関)の枠内での貿易取引を行うことになり、輸出入には高い関税がかかってしまうことになります。

そこで、時間切れによるEU法の突然の停止を避けるため、なるべく脱退通知を遅らせて、その間にEUとの協議を非公式に実施するという方針も考えられます。

いずれにしても、先の見通しが立たなければ、金融業や製造業といった英国にとって重要な産業のEUにおける事業展開や、雇用の取り扱いなどについての不安が膨らみ、イギリス経済に大きな停滞を引き起こし、金融市場でも株価下落や通貨安が加速するおそれがあります。後任となる新首相の下、早期に今後の方向性が指し示されることが求められています。

弁護士/陸上自衛隊二等陸佐(予備)

弁護士。早稲田大学法学部卒、ロンドン大学クィーン・メアリー校修士課程修了。陸上自衛隊三等陸佐(予備自衛官)。日本安全保障戦略研究所研究員。防衛法学会、戦略法研究会所属。TOKYO MX「モーニングCROSS」、JFN 「Day by Day」などメディア出演多数。近著に『国民を守れない日本の法律』(扶桑社新書)。

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