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今さら聞けないEUのしくみ ーEUの機関と「民主主義の赤字」ー

田上嘉一弁護士/陸上自衛隊二等陸佐(予備)
ブリュッセルにあるEU本部(写真:アフロ)

EUって何?

6月23日にイギリスで行われたEU離脱に関する国民投票の結果には大変驚きました。私もあちこちで「いろいろ議論はなされているけど、なんだかんだいっても残留になると思うよ」と言っていただけに、離脱派の勝利という結果となるとは正直まったく思っておらず、結果を知ったときは椅子から転げ落ちそうになりました。

報道によれば、24日の投票後、英国においてグーグルで検索された中で最も多かったのは「EUを離脱するとはどういうことか」というキーワードであり、さらに「EUとは何か」「EUの加盟国はどこか」「EUからの離脱でこれから何が起きるか」と続いたとされています。このニュースは、いかに英国の人たちが、EUやEUからの離脱が何をもたらすのかについて把握していないまま投票に臨んだことを表しており、特に離脱派の多くが理性よりも感情に走って投票をしたのではないかという論調で揶揄されていました。

しかし、笑ってばかりもいられません。日本に住む私たちも同じようなものじゃないかなと思うわけです。私たちだって常に安全保障関連法案やTPPの詳細な中身について把握しているわけではなく、テレビやインターネットで大きく取り上げられている論点のみを知っているにすぎないのではないでしょうか。

「EUって何?」という質問を受けた場合、私たちは即座に答えられるでしょうか。「EU大統領って誰?」「欧州理事会と欧州委員会の役割はどう違うの?」と聞かれたとき、答えられる人がどのくらいいるでしょうか。

そこで今回は、EUってなんだろうという疑問について、主にどんな機関によって構成されているのかという点に注目したいと思います。

「EU五権」? かなり複雑なEUの主要機関

EU(欧州連合)とは、欧州連合条約より設立されたヨーロッパの地域統合体で、その起源は、第二次戦後に発足した欧州石炭鉄鋼共同体に端を発しており、ヒト・モノ・カネ・サービスの自由な移動を目標とした欧州共同市場を創設し、現在は28カ国によって構成されています。

ところで私たちは、学校で政治について学ぶ際に、国家権力が、立法・行政・司法の三権に分けられると教わります。それではEUにもこの三権によって統治が行われているかといえば、少し事情は複雑なのです。

EUには大きく分けて5つの機関が存在します。三権ならぬ「EU五権」というわけです。これらは必ずしも立法・行政・司法という明確な役割分担があるわけではなく、相互に入り組んで役割・権限が割り振られています。EUは統一国家でもなければ連邦国家でもなく、各国政府との調整が必要なためこのように複雑な統治機構となっているのです。なおこうした機関の存在と役割は、欧州連合条約(マーストリヒト条約)とリスボン条約によって改正された欧州連合機能条約によって定められています。

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※筆者作成

まず、EUの機関の中に欧州議会があります。この議会の議席数は現在全部で751議席ありますが、議員はすべて5年に一度の総選挙によってEU市民が直接選挙で選出します。加盟国の議席配分数は人口によって割り振られるので、ドイツが一番議席数を多く有しており、フランス、イギリスと続きます。

通常私たちの感覚で言えば、この欧州議会は国会が最も近いように思うのですが、この欧州議会は立法権を単独では有していません。EU法については、あくまで欧州委員会や閣僚理事会と呼ばれる機関が担っており、欧州議会は法案の修正や否決をすることができるものの、法令を制定する際にはまず欧州委員会が法案を起草する必要があります。また、日本やイギリスと違って、欧州議会における多数政党がEU政府を構成するわけでもありません。

これに対して、立法権を有するのは閣僚理事会です。こちらは、欧州石炭鉄鉱共同体(ECSC)時代から続く組織で、こちらも各加盟国から1名ずつ代表が選出され、各国が持ち回りで議長国を務めます。閣僚理事会はその役割として立法権を有しています。EU法を作るには、各国の法制度とすり合わせを行わなければならないので、各分野の担当者が閣僚理事会に出席して、財政、外交、雇用、農業、エネルギー、通信、教育、環境といったようなあらゆる分野での調整を行いながら、立法作業を行うのです。

続いて行政機関である欧州委員会は、各加盟国から1名ずつ選出された委員によって構成されます。欧州委員会は2万人にも上る官僚機構を有する、いわば「EUの政府」です。EUは、「ブリュッセルの官僚たちによる専制」とよく批判されていますが、この場合は欧州委員会を指すことが多いと思われます。ルクセンブルクの元首相であったジャン=クロード・ユンケルが現在の欧州委員会の委員長を務めています。

さらにこれらの各機関の上位に、欧州理事会(EU首脳会議)があります(欧州委員会、閣僚理事会、欧州理事会と、間違い探しかというくらい名前がよく似ていて本当に混乱してしまいます)。欧州理事会は、各国の首脳と欧州委員会委員長、そして「EU大統領」と呼ばれる欧州理事会の常任議長によって構成されており、現在の常任議長はポーランド出身のドナルド=トゥスクです。この欧州理事会は、各国首脳によって構成されているということから、EU政府と各国政府との間で議論になって揉めたときの調整役を務めたり、EU外諸国との対外的な交渉をしたり、重要文書の正式批准をしたりといった役割を負っており、欧州連合各機関の最上位に位置しています。

これらの機関に欧州司法裁判所を加えた5つの機関がEUを主に構成しています。とても複雑ですね。

EUにおける「民主主義の赤字」とは

さて、この中で選挙を経て選出されるのは、どの機関の構成員でしょうか。

そうです。欧州議会の議員だけなのです。にもかかわらず、前述のように欧州議会はEU法の単独立法機関ではありません。それでいて、EU法は直接的・間接的に各加盟国に適用され、EU市民は、各国の国内法に加え、そして時には国内法に優先するかたちで、EU政府による規制を受けるわけです。

このことは、EU加盟国の国民たちにとっては、自分たちの民主的統制の及ばないEU政府の官僚組織による統制を受けていることを意味します。この状態はしばらく「民主主義の赤字」と称され問題となってきました。少しずつ欧州議会の権限は強化され、立法過程への関与の度合いを高めていますが、そうはいっても依然として欧州委員会・閣僚理事会のサポート的立場に過ぎませんし、政策の決定過程が不透明であるという批判が止むことはありません。5億人を超えるEU市民たちは自分たちの声が政策に反映されているという実感をなかなか持てないのが実情なのです。

元を正せば、EUの発端は、2度の大戦によって疲弊したフランスとドイツが、「今後ヨーロッパで戦争が起きないように戦争を遂行するにあたってとても重要な石炭と鉄鋼を共同で管理しよう」とイタリアとベネルクス三国を巻き込んで始めたものでした。それだけであればよかったのですが、経済統合は進み、通貨もユーロに統合され(イギリスなど一部は除く)、ヒト・カネ・モノ・サービスが自由に移動できる単一の市場をつくりあげようという流れになりました。この理想自体は非常に優れたもので、国家を超えた新しい枠組みとして期待されていましたが、発端が政治的・経済的エリートによる計画主義的な要素をはらんでいたため、どうしても理想優先型の壮大な実験といった向きがあったのも事実です。

これまで長年別々にやってきたそれぞれの国のルールを共通にしようというのですから、その作業は果てしないもので、膨大な人数の官僚と膨大な量の規制が作られました。よく笑い話として「EU政府はバナナの曲がり具合まで細かく規制している」といった話が取り上げられます。上記のような複雑に入り組んだ機関構造では、立法過程に気が遠くなるほどの時間がかかり、政策が実現される頃にはすでに時代に合わないものとなっている例もみられます。とある環境関係の規制では、成立までに15年を要したものもあるそうです。

また、特に事前規制の色合いが強い大陸法(フランスやドイツなどの法体系)的な競争法は、産業における自由な競争を阻害しているとして強く批判されていますし、EU総予算の44%を占める共通農業政策(CAP)によって、農業に対する補助金や農産品の価格調整が行われ、「イギリスなどでは農産品を割高で買わされている」といった論調がメディアなどでよく見られます。

さらに、微に入り細を穿つような労務関連の規制は、特に中小企業にとっては負担が重く、イギリスが近年力を入れているベンチャー企業の育成への足かせとなっているとも言われています。

今回のキャンペーンで、離脱派は、「EUの規制を網羅した書類(「アキ・コミュノテール」と呼びます)を重ねると、その高さは50メートルにも及び、ロンドンのトラファルガー広場にそびえるネルソン提督像を超す」と喧伝しました。これはあくまでキャッチコピーではありますが、問題点をわかりやすく突いていることは確かです。

イギリスのEU離脱と欧州懐疑主義

今回、イギリスにおける国民投票で、離脱派が勝利をおさめた主な原因として、移民問題が上がっていましたが、それに加えて、こうしたブリュッセルのEU政府による規制主義、官僚主義、そして反民主的要素も指摘されています。

「自分たちの主権をブリュッセルからウエストミンスター(英国議会のこと)に取り戻そう」といったようなスローガンが俗耳に入りやすかったのは、こうした背景があったからなのです。

こうしたEUの制度的欠陥に対しては、イギリスだけではなく、フランスでもドイツでもイタリアでも北欧でも批判がなされていました。こうした欧州懐疑主義(Euroscepticism)の声は、アイルランドやギリシャ発のユーロ危機が生じ、移民の数が増えてくるに連れて高まりつつあります。これに対してデマゴーグに煽動された排外主義と簡単に片付けることで理性派ぶった批評を下すことは簡単です。

しかし、それでは問題の解決にはつながりません。これまでのEUの歩みを今後も続けていくためには、移民や財政といった当面の課題にも対処しつつ、その上でEUの掲げる理念と統治機構そのものの変革が求められていると思います。その中で機能と役割が複雑化したEUの各機関も再整理が必要なのかもしれません。今回のイギリスにおける国民投票の結果は衝撃的なものでしたが、これが契機となってこうした議論が深まることを願っています。

弁護士/陸上自衛隊二等陸佐(予備)

弁護士。早稲田大学法学部卒、ロンドン大学クィーン・メアリー校修士課程修了。陸上自衛隊三等陸佐(予備自衛官)。日本安全保障戦略研究所研究員。防衛法学会、戦略法研究会所属。TOKYO MX「モーニングCROSS」、JFN 「Day by Day」などメディア出演多数。近著に『国民を守れない日本の法律』(扶桑社新書)。

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