「自衛隊合憲は決着」は事実か? 「隊員募集 県の6割が協力拒否」は本当?
2月10日、安倍晋三首相が自民党大会で憲法に自衛隊を明記する考えを示したことについて、立憲民主党の枝野幸男代表が「個別的自衛権の範囲で自衛隊は合憲だと決着していた」と述べた(産経新聞)。
枝野氏は昨年11月にも同様の発言をしていたが(冒頭引用)、「政治的にも司法的にも決着がついている」というのは本当であろうか。
結論からいえば、自衛隊の違憲説は現在の国会にも少数ながら残っており、司法判断も確定的に示されていない。憲法学界にも違憲・合憲の諸説がある。以下、ひとつずつ事実を確認しておきたい。
自衛隊の合憲性は政治的に決着したか
歴代政権は、自衛隊は合憲という立場を取ってきた。主要政党も多くは自衛隊合憲説だが、違憲説を維持している政党もある。社民党と共産党である。
現在は、国会で自衛隊の合憲性が議論になることはほとんどない。ただ、小泉純一郎首相が自衛隊の合憲性をめぐる議論があることを認め、率直に「おかしい点がある」と国会で答弁したことがある(2002年5月14日、衆議院・武力攻撃事態への対処に関する特別委員会)。また、自衛隊違憲説をとる社民党が、民主党の鳩山由紀夫内閣に入った際、自衛隊の合憲性をめぐる見解が問われたこともあった(質問主意書)。(*1)
憲法学者の間でも、自衛隊の合憲性は決着をみていない。朝日新聞のアンケート調査(2015年6月)では、「現在の自衛隊は憲法違反にはあたらない」と答えた憲法学者が122人のうち28人にとどまっている。
個別的自衛権の合憲性は政治的に決着したか
安倍政権は2014年7月、集団的自衛権行使の一部を容認する憲法解釈の変更を決定した。このときは集団的自衛権が主な争点になったが、個別的自衛権の行使はもともと憲法9条下で認められている、と考えられてきた。国連憲章上の個別的自衛権と9条で認められる自衛権は性格として同じものだとの見解を示した内閣法制局長官答弁(1969年3月31日)もある。
ただ、個別的自衛権に含まれる「敵基地攻撃」については、しばしば政治的に議論になる。政府見解は法理上「合憲」であるとしつつも「敵基地攻撃能力は保有しない」との立場をとる。だが、近年は自衛隊の装備が「専守防衛」との関係で問われることが増えており、たとえば昨年、長距離巡航ミサイル導入が「専守防衛」を超えるとの指摘が野党からなされている。(*2)
枝野氏自身、自衛権の規定が全くない9条は「問題がある」と述べ、自衛権行使の要件を明示する改正案を発表したことがある。(*3) つまり、自衛隊や個別的自衛権の合憲説をとっている政党の間でも、「専守防衛」のもとで認められる(個別的)自衛権の範囲については、様々な議論があることに留意する必要がある。
司法判断では決着したのか
これまでに、自衛隊が合憲であるとの最高裁の司法判断が示されたことはない。政府は長らく、自衛隊は「我が国を防衛するための必要最小限度の実力組織」であるから9条2項の「陸海空軍その他の戦力」に当たらないという見解をとってきたが、これと同様の判断が裁判所から明示的になされたことはないのである。(*4)
自衛隊の合憲性については過去に一度だけ、違憲と断ずる判決がなされたことがある(1973年9月7日札幌地裁、長沼一審判決)。この判決を取り消した控訴審・札幌高裁も、9条が「自衛のための戦力保持」を認めているかどうかについて「一義的に明確な規定と解することはできない」と述べ、9条のあいまい性を認めていた。
日米安保の合憲性が争点となった最高裁のいわゆる「砂川判決」(1959年)も、9条2項が「いわゆる自衛のための戦力の保持をも禁じたものであるか否かは別として、同条項がその保持を禁止した戦力とは、わが国がその主体となつてこれに指揮権、管理権を行使し得る戦力をいう」と述べるにとどまり、外国の軍隊(在日米軍)はこれに当たらないが、自衛隊がこれに当たるか否かの判断は示さなかった。もっとも、「わが国が、自国の平和と安全を維持しその存立を全うするために必要な自衛のための措置をとりうることは、国家固有の権能の行使として当然のこと」と明言したことから、少なくとも(いかなる手段でどこまで認められるかは別として)個別的自衛権の行使は合憲との判断を示したものとされている。(*5)
以上をまとめると、客観的事実から「決着している」と言えるのは、個別的自衛権に関する司法判断のみで、それ以外については政治的にも司法的にも完全な答えが出ているとは言えない。
安倍首相の発言「隊員募集に都道府県の6割以上が協力拒否」も要検証
もちろん、以上のような事実関係を枝野氏が知らないはずがない。今回の発言は、単に「自衛隊・個別的自衛権合憲説が政界でも司法でも実質的に優位であり、大きな争点にもなっていない」という認識を述べたかっただけかもしれない。だが、枝野氏の影響力は大きく、「事実」として「自衛隊や個別的自衛権の合憲性は政治的にも司法的にも確定している」という誤った印象を与える可能性もあるので、検証した次第である。
とはいえ、この記事は、あくまで自衛隊の合憲論が「政治的にも司法的にも決着がついている」というのが本当かどうかを検証することが主眼にあり、安倍首相の改憲に関する主張が正当であると主張するものでは全くない。実は、安倍首相が自民党大会でした発言にも、事実関係に疑義が生じているものがある。
この「隊員募集拒否」発言について、石破茂元防衛相が「『憲法違反なので自衛隊の募集に協力しない』と言った自治体を私は知らない」と指摘したという(東京新聞)。ある報道によれば、自衛隊地方協力本部の募集協力要請に対し、京都府内の市町村の多くが「個人情報提供」に応じず「閲覧」にとどめている(京都新聞)。個人情報提供の法的根拠には疑義も指摘されており(園田寿氏のYahoo!ニュース個人記事参照)、自治体が協力していない理由は「自衛隊の合憲性問題」と何の関係もない可能性がある。
現在、安倍首相の発言内容についても検証を行っており、事実関係が明らかになり次第、記事化する予定だ。
【追記1】安倍首相の発言に関連して、岩屋防衛大臣が2月12日の記者会見で、(都道府県ではなく)市町村自治体の約6割から協力を得られていないと述べたが、閲覧も含めた協力が全く得られていないのは約1割と答えた。協力が得られていない理由は明らかにされていない。(2019/2/12 17:10)
【追記2】朝日新聞は13日付朝刊で安倍首相の発言に対するファクトチェック記事を掲載し、全1741市町村・特別区のうち対象者の名簿の提出に協力したのは632自治体(約36%)、住民基本台帳の閲覧や書き写しを認めているのが931自治体(約53%)、対象者の情報が得られていないのが178自治体(約10%)であることを指摘した。(2019/2/13 09:40)
(*1) 社会党は村山政権で自民党と組んだ時、党の見解を自衛隊合憲説に転換した。だが、社民党に党名変更した後、再び自衛隊違憲説をとるようになり、その見解を維持したまま、民主党と連立内閣(鳩山政権)を組んだ。当時の福島瑞穂少子化担当相は国会で、閣僚の立場として自衛隊は合憲と答弁した。
(*2) 例えば枝野氏の発言。共産党は明確に憲法違反と主張。なお、当該ミサイルに敵基地攻撃能力は必ずしもないとの指摘もある。
(*3) 枝野幸男氏は2013年当時(民主党)、月刊誌「文藝春秋」で発表した論文で次のように述べていた。
(*4) 「自衛隊の憲法適合性についての司法の判断としては、自衛隊を違憲とした長沼事件第一審判決や、統治行為に属し、司法審査の外にあるとした控訴審判決などがあるが、周知のようにこれまで最高裁の見解が示されたことはない。」(阪田雅裕(元内閣法制局長官)著『政府の憲法解釈』有斐閣、2013年、10頁)
(*5) ちなみに、航空自衛隊のイラク派遣活動について9条に違反すると判断した名古屋高裁判決(2008年4月17日)も、自衛隊の合憲性については判断しなかった(原告・控訴人側は自衛隊の存在が違憲と主張していた)。
【訂正】冒頭の引用は昨年11月の発言だったため、訂正しました。(2019/2/11 23:30)
【追記】防衛大臣の会見内容について追記しました。(2019/2/12 17:10)
【追記】朝日新聞のファクトチェック記事について追記しました。また、記事の見出しに「協力」を追記しました。(2019/2/13 09:40)