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自衛隊に個人情報が流れている件について(【追記】あり)

園田寿甲南大学名誉教授、弁護士
自衛隊航空観閲式 安倍首相が訓示(写真:ロイター/アフロ)

はじめに

かなり以前から、毎年、18歳と22歳の人(適齢者)に対して自衛隊から隊員募集のダイレクトメール(DM)が届いています。みなさんの中にも、受け取った方がいらっしゃるかもしれません。その元になった個人情報(対象者の氏名・生年月日・住所・性別)は、実は、住民基本台帳(住民の基本的な個人情報が記載されている公簿)を管理する市町村の役所を通じて入手されているのです。しかも、ほとんどの自治体で、自衛隊からの要求に対してなにも議論されることもなく、市町村からわざわざ積極的に個人情報が〈提供〉されているのです。提供している自治体の多くは、住民基本台帳から適齢者の個人情報を抽出し、紙にプリントアウトして提出していますが、中にはUSBに入れて電子データとして提供しているところもあります。

もちろん、〈提供〉していないところもありますが、同じ組織に対する個人情報の扱いについて、市町村によってバラバラであるということは問題ではないでしょうか。

実は、自治体がこのように積極的に外部に住民の個人情報を〈提出〉することは違法ではないかと、国会でも何度か議論されていますし、ネットでも多くの人が取り上げています。しかし、ほとんどの人はこのこのような事実があることすら知らず、私の周辺でも、この話をすると「えっ!」と驚かれます。そこで、改めて、個人情報保護という観点からこの問題を整理してみたいと思います。

住基台帳はもっとも重要な個人情報データベース

住民の氏名・生年月日・住所・本籍・住民票コードなどの基本的な個人情報が記録されている〈住民基本台帳〉は、住民の居住関係の証明の元になったり、さまざまな公的サービスに関する事務処理の基礎とされる、きわめて重要なデータベースです。台帳の作成は、市町村長の義務であり、適正に管理する重大な責任もあります。そのために、多くの自治体では、個人情報保護条例を制定して個人情報の取扱いについて厳格なルールを設定し、たとえば個人情報の目的外利用の禁止や第三者への提供などを禁じています。ただし、本人の同意や法令等の規定がある場合、また、自治体に設けられている個人情報保護審議会が個別に認めたときなどは例外的に第三者へ提供することも許されています。

国は住基台帳を〈閲覧〉できる

国は、法で定めた事務を行うためには住基台帳を〈閲覧〉することができます(住基台帳法第11条)。そして、自衛隊法第97条1項で、「都道府県知事及び市町村長は、政令で定めるところにより、自衛官及び自衛官候補生の募集に関する事務の一部を行う。」とされていることから、これを根拠に、従来は自衛隊の職員が市役所や町役場に出向き、住基台帳を閲覧し、手書きで適齢者の個人情報を写しとっていたのでした。ところが、手書きによる転記ミスや手間を省くために、役所の〈閲覧〉対応を超えて、自衛隊は〈提供〉を要求するようになってきたのでした。

では、この〈閲覧〉を認める規定を根拠に、これを超えてより積極的な〈提供〉までをも認めることができるでしょうか。

実は、住民票は以前はだれでも閲覧することができたのですが、とくに業者によるダイレクトメール等の営業活動のために大量に住基台帳が閲覧されていることが問題と考えられるようになったため、平成18年にこの公開閲覧制度が廃止され、今では閲覧の要件が厳格になっています。「閲覧ができるので、提供してもいいじゃないか」と言う人がいますが、厳格な個人情報保護が叫ばれている昨今、そのような安易な運用はたいへん危険な考えだと思います。

防衛大臣は必要な資料の〈提供〉を求めることができるという規定

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自衛隊法施行令第120条は、「防衛大臣は、自衛官又は自衛官候補生の募集に関し必要があると認めるときは、都道府県知事又は市町村長に対し、必要な報告又は資料の提出を求めることができる。」と規定しています。この規定を根拠に、個人情報の〈提供〉を求めることは可能でしょうか?

施行令とは、その法律を実施するために必要な具体的な事項などを定めた命令のことです。内閣の決定によって成立し、天皇が公布します。国会の手続きは経ていませんが、憲法上の権利、とくに精神的自由を制限する場合は厳格でなければならないのは、憲法学における共通の認識です。

本件で問題になっているのは、個人情報保護というプライバシーに関する権利です。ところが、自衛隊法97条および同施行令120条においては、個人情報保護といった観点は存在せず、これらは、自衛官の募集事務がスムーズに遂行されるようにするための規定なのです。つまり、防衛大臣が都道府県知事および市町村長に対して、募集に対する一般の反応、応募者数の大体の見通し、応募年齢層の概数等に関する報告および県勢統計等の資料の提出を求め、地方の実情に即した募集が円滑に行われているかどうかを判断するためというのが条文の目的なのです。したがって、これらの条文を根拠に、個人情報である個々具体的な適齢者情報の〈提供〉を求めることも許されないと解されます。

まとめ

以上のような点から、自衛隊が市町村に対して個人情報の〈提供〉を求めることには法の根拠がなく、市町村が〈閲覧〉対応を超えて積極的に〈提供〉することには、私は違法の疑いがあると思います。

確かに、自衛隊は国防という任務を背負い、災害時においては頼りになる公益性の高い組織です。しかし、だからといって、個人情報保護の原則がルーズに運用されてよいということにはなりません。

また、自衛隊には住基台帳の〈閲覧〉は許されてきたのであって、〈提供〉が許されなかったとしても募集業務に特段の不都合があるとは思われません。適齢者の個人情報を包括的に収集し、個別にダイレクトメール発送するなどということを行っているのは自衛隊だけしかなく、他の国の組織と比較してたいへん異質の方法であるといえます。市町村が適齢者情報を自衛隊に積極的に〈提供〉することは、これについての事務・経費の軽減にすぎず、個人情報の目的外利用を許す理由としては薄弱だと思います。

さらに、思想・信条、良心の問題として、たとえ募集業務だけに使用されるとしても、自衛隊に自らの個人情報が提供されることについて拒否感を持たれる人はけっこういるのではないでしょうか。そうであれば、住基台帳の管理者である市町村長が適齢者全員の個人情報を自衛隊に包括的に〈提供〉するのは、自己情報コントロール権の保障という観点からも不適切な対応ではないでしょうか。

自治体が制定する多くの個人情報保護条例では、審議会が妥当だと認めれば、個人情報の第三者提供も可能となりますが、(詳しく調査したわけではないですが)審議会の意見を聞いたうえで〈提供〉しているところはないのではないかと思われます。個人情報のこのようなあいまいな利用は、かなり問題ではないかと思う次第です。(了)

【追記】

2016年3月22日付けの朝日新聞でもこの問題が大きく取り上げられました。審議会との関係については、次のように報道されていますので、この点に関する本文を訂正します。

『個人情報の問題を検討する諮問機関に意見を聴く自治体もあるが、判断はばらばらだ。高知県南国市の審議会は14年、閲覧も提供も自衛隊が得る内容は変わらないなどとして「提供は問題ない」。一方、11年の福岡県古賀市の審議会答申は「提供しないことが適当」。法令の解釈が不明確というのが理由だ。審議会の会長は「なぜ(国が)統一方針を出さなかったのか。市町村でばらばらの見解が出て非常に不満」と審議で指摘した。』

甲南大学名誉教授、弁護士

1952年生まれ。甲南大学名誉教授、弁護士、元甲南大学法科大学院教授、元関西大学法学部教授。専門は刑事法。ネットワーク犯罪、児童ポルノ規制、薬物規制などを研究。主著に『情報社会と刑法』(2011年成文堂、単著)、『改正児童ポルノ禁止法を考える』(2014年日本評論社、共編著)、『エロスと「わいせつ」のあいだ』(2016年朝日新書、共著)など。Yahoo!ニュース個人「10周年オーサースピリット賞」受賞。趣味は、囲碁とジャズ。(note → https://note.com/sonodahisashi) 【座右の銘】法学は、物言わぬテミス(正義の女神)に言葉を与ふる作業なり。

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