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プーチン大統領と金正恩総書記、その蜜月ぶりは「期間限定」なのか

西岡省二ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長
北朝鮮の崔善姫外相(右)を迎え入れるプーチン露大統領=大統領府HPより

 北朝鮮とロシアが近年になく接近している。最近、モスクワを訪問した北朝鮮の最高指導者ではない人物に、プーチン大統領があえて会い、笑顔で握手を交わす場面はその象徴といえる。プーチン氏のほぼ四半世紀ぶりの訪朝も具体的な日程が語られているようだ。朝露関係は果たして、どこまで密着するのか。

◇プーチン氏の訪朝は4月?

 北朝鮮外相補佐室の発表(20日付)によると、崔善姫(チェ・ソニ)外相はロシアのラブロフ外相の招きを受けて15~17日、ロシアを公式訪問した。その間、プーチン氏表敬訪問▽ラブロフ外相との会談▽アレクサンドル・ノバク副首相との面会――をこなした。

 プーチン氏が外相クラスと会見するのは異例だ。国家元首級でない崔善姫氏をクレムリン(大統領府)に招くという厚遇ぶりには、プーチン氏が崔善姫氏を金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党総書記の使者とみたて、ロシアのウクライナ侵攻を北朝鮮が一貫して支持していることへの感謝の気持ちを込めているのだろう。

 米国主導の制裁を受けるロシアに、ミサイルや砲弾を供給できる国は北朝鮮ぐらいしかない。プーチン氏は崔善姫氏との面会の際、しばらくの間、手を握り続けながら“砲弾が切迫している。送ってほしい”と訴えていたようにもみえる。

 ペスコフ大統領報道官は、プーチン氏と崔善姫氏の面会に関連して「北朝鮮は重要なパートナーであり、敏感な諸分野を含め、すべての分野で関係発展を目指している」と伝えている。ここでいう「敏感な諸分野」は、ロシアが対峙する米国と、北朝鮮が敵視する韓国に向けたメッセージ、つまり「軍事技術分野での協力を深めている」ということを表現しているのだろう。

 面会ではプーチン氏は崔善姫氏に「(早いうちに北朝鮮を)訪問する用意を表明した」という。実現すれば、2000年7月以来の訪朝となる。

 その時期はいつになるのか。北朝鮮外交官出身で韓国与党「国民の力」の国会議員、太永浩(テ・ヨンホ)氏は「プーチン氏がウクライナ戦線で勝機をつかみ、3月のロシア大統領選で圧倒的な支持を引き出したあと、金総書記に『サンキュー』と感謝を伝えるために訪朝する可能性がある」との見解を示している。

 ウォッチャーの間では、北朝鮮最大の祝日である、金総書記の祖父、金日成(キム・イルソン)主席の誕生日(4月15日)に合わせて訪朝し、金総書記とともに軍事パレードを観覧するという説が語られている。

北朝鮮のロシア語要員(右端)が左手に持つ「宇宙技術分野における視察場所リスト」とみられる資料=大統領府HPより
北朝鮮のロシア語要員(右端)が左手に持つ「宇宙技術分野における視察場所リスト」とみられる資料=大統領府HPより

◇先端宇宙技術への渇望

 プーチン氏と崔善姫氏の面会時に何が話し合われたのか、その詳細は公開されていない。だが、その一端をうかがい知ることのできる情報がある。

 露大統領府が公開した面会の写真には、北朝鮮側のロシア語要員が持っている資料が写し出されている。書かれた文字ははっきりとは読み取れないが、北朝鮮専門サイト「NKニュース」によると、文書の表題は「宇宙技術分野における視察場所リスト」だそうだ。

 そこに記載されているのは、ロシア国営の偵察衛星・ロケット開発「プログレス航空宇宙センター」と「ヴォロネジ機械工場」という。

 前者は▽偵察衛星の開発・製造▽宇宙ロケット「ソユーズ」シリーズの開発▽ソユーズ宇宙船を利用した商用宇宙旅行の実施――などを手掛ける。旧ソ連が運用していた偵察衛星「ゼニット」の開発にも関与している。後者は「ソユーズ」「プロトン」といった主力ロケット用の液体燃料エンジンを製造する専門技術を持っている。

 北朝鮮は軍事偵察衛星の打ち上げや極超音速ミサイルの発射については失敗を繰り返してきた。それが非常に早いスパンで進展を遂げているのは、ロシアの技術が提供されているからと考えるのが常識的な見方だ。既存の技術をさらにブラッシュアップするためのノウハウが「宇宙技術分野における視察場所リスト」に記された施設に凝縮されているのだろう。

◇変数は「ウクライナ侵攻」のゆくえ

 朝露両国はともに、米国やその同盟国の影響力拡大に対抗するために、軍事協力の水準を急ピッチで高めてきた。特に北朝鮮からの武器輸出は活発化しているようだ。

 英ガーディアン紙は最近、英国防省の未公開報告書の内容として、昨年9~12月、貨物船3隻が北朝鮮北東部・羅先(ラソン)の羅津(ラジン)港でコンテナを積み込み、ロシア極東の港に向かったことを衛星画像で確認したと伝え、武器などを輸出した可能性に言及している。

 ロシアが北朝鮮との関係を強化する背景には、砲弾の補給以上に、北朝鮮への協力を通じて東アジアの安全保障の危機をあおって、米国を中心とする西側諸国を揺さぶる狙いが見え隠れする。

 ロシアの協力を受けた北朝鮮が、弾道ミサイル発射など軍事力のデモンストレーションを繰り返して朝鮮半島情勢の緊張を高めれば、米国は朝鮮半島に一定程度の注意力を振り向けざるを得ず、結果的にウクライナ侵攻への関与をトーンダウンさせることになる――という計算があるのだろう。

 プーチン氏は果たして、どこまで北朝鮮との密着を続けるのだろうか。韓国の専門家の中には次のような意見を述べる人もいる。

「北朝鮮とロシアが親密になっている背景にはウクライナ情勢がある。ロシア、ウクライナ両国とも国内事情があり、年内には何らかの形で落としどころを探ることになるだろう。ウクライナでの戦火が収まれば、ロシアが北朝鮮との関係を密着させる根本的な理由がなくなる」

ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長

大阪市出身。毎日新聞入社後、大阪社会部、政治部、中国総局長などを経て、外信部デスクを最後に2020年独立。大阪社会部時代には府警捜査4課担当として暴力団や総会屋を取材。計9年の北京勤務時には北朝鮮関連の独自報道を手掛ける一方、中国政治・社会のトピックを現場で取材した。「音楽」という切り口で北朝鮮の独裁体制に迫った著書「『音楽狂』の国 将軍様とそのミュージシャンたち」は小学館ノンフィクション大賞最終候補作。

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