新型コロナ迅速検査で院内感染防止 感染対策に必要なデータは徹底検査から(中)
無症状の感染者もいる
4月11日、米国でもやっと新型コロナウイルスの検査(PCR検査)数が200万件に達したという記事を書いた。
米の新型コロナ検査数も200万件に 感染対策に必要なデータは広範な検査から(上)
それから一週間あまり。総検査数は378万件に達した。またトランプ大統領は4月16日、適切な場所から段階的な経済活動の再開をはじめるべく、指針を出した。こうしたニュースで、米国市民の間に少しは明るい雰囲気が戻ったと思われるだろうか。
答えはノーである。378万件の検査といっても、人口の1.2%弱。米国各地ではいまだにCOVID-19のような症状があってもなかなか検査を受けられない、受けても結果がわかるまで1週間近くかかるという状況が続いている。しかも症状がほとんどなく、自分でも知らぬうちに周囲の人にうつす恐れがある感染者が市中にいるというのだから、まったく安心できない。
実際、ニュースキャスターのジョージ・ステファノポロス氏は、4月はじめに妻がCOVID-19を発症して自宅療養を始めたため、自らも自宅からの出演に切り替えた。そして先週になって検査の結果、自分も陽性だとわかったそうだ。しかしこれまで何の自覚症状もなく、今朝も変わりなく、自宅から朝のニュース放送を続けている。
こういう実例を見ると、一体どれだけ感染が広がっているのか、検査をしてみなければわからないと実感する。ステファノポロス氏のように自覚症状がまったくない人もいれば、自宅療養から一気に悪化して集中治療室に運び込まれる人もいるのだ。
検査データで戦略が決まる
米国では疾病対策予防センター(CDC)が開発したPCR検査キットの不具合、検査キット数不足、鼻咽頭をぬぐうスワブが足りない、検査を担う医療従事者のマスクやフェイスシールドなど防護用具が足りないといった状況が続き、いまだに広範な検査体制が確立できていない状況にある。
それでもコロナ対策本部のバークス調整官や保健福祉省のジョワール医療次官らが、全力で検査能力のアップに取り組んできた。感染者ケアという観点だけでなく、すべての戦略において検査データが必要になるからだ。
先端医療技術を誇る超大国の米国だったが、コロナ禍で足元の脆弱さが次々と露呈した。検査キットだけでなく、医療者の防護装備、集中治療室の病床数、人工呼吸器、人工呼吸器を扱える医療者、何もかも足りなかった。あるべき論を考えている余裕はなく、もぐら叩きのように場当たり的に対処し続けることもできない。
広大で多様な米国全土のどこに、どれだけの医療資源があるかを特定し、一番必要な場所にそれを供給することが人命を救う道だ。一番必要な場所、つまり感染者が最も多い場所を特定し、次に感染者が増えそうな地域を予測して、調達からロジスティックまでを必要なタイミングにあわせて戦略的に手配するのだ。それには、数理モデルではなく、現実の検査データが必要だった。
机上の論理と現実の壁
検査能力は、COVID-19を疑う症状が続いている人、高リスクの人をどうにかカバーする程度しかなかった。それでもコロナ対策本部のバークス調整官らは日々、結果を集計して、州ごとではなく、より小さな行政単位である郡ごとの陽性率の推移を追った。
現実のデータを数理モデルにも反映させつつ、複数のモデルを比較して感染の急上昇地区を特定。州知事や市長らの要請も聞きながら、連邦政府の備蓄にある防護用品や人工呼吸器などを配給した。感染が爆発的に拡大したニューヨーク市では、不足する病床数を補うために、海軍の病院船を派遣し、州兵の支援で会議施設を臨時病院に転換した。
PCR検査の処理能力を大幅拡大するために、各州の保健局が持つラボ、民間試験機関、大学医療センターのラボ、公立病院のラボ等にある検査装置をPCR検査でフル稼働させるよう依頼した。これで全米での検査処理能力が飛躍的にアップするはずだった。
しかしこれまでの蔑ろにしていたことのツケが回ってきたかのうように、次々と壁にぶつかった。連邦政府に備蓄されていた人工呼吸器のいくつかは古く故障しており、患者数が増える一方の病院では防護用品を次々と消耗し、供給が追いつかない。
連邦政府は、州が独自で調達努力をするように指示したが、購入経験のない州が中国の工場に買い付け申し込みをしても納入は8月と言われたり、より高い値段を提示した別の州や、時には連邦政府に契約を持っていかれたりした。
また病院船や臨時病院では、施設はできたものの、患者を移管する手続きが煩雑で不明点が多く、病院船および臨時病院での医療スタッフ、医療品の確保などにも混乱があった。結局、既存病院がパンク寸前の中で、これらの臨時施設はほんの少ししか利用されなかった。
一方、PCR検査の処理能力拡大といっても、現場には処理技術をもった人員が足りない、フル稼働させる予算がない、試薬が不足、検査装置を調整する必要があるなど、様々な問題に直面して計画通りには進まなかった。
それでも、基本となる検査データがなければ、どこに、どれだけ、何が必要かをもとに、対応戦略を立てることさえできなかったのだ。そして、各州の保健当局や大学、ラボの現場とともに根気よく問題解決を図り、少しづつ検査能力をアップさせる作業は今も続いている。
迅速検査や唾液検査の導入
4月17日の記者会見によれば、米国では現在、毎日12万件以上のPCR検査を行っているが、まだまだ拡大する必要がある。特に病院や診療所、ナーシングホームなどの老人施設での院内感染を防ぎ、警察、消防を含む初期対応者の感染確認が迅速にできる体制確立が急務だ。また都市部から離れたインディアン居留地など、一般の検査施設にアクセスしにくいその場所もある。
そこで近くこうした場所に導入されるのが、その場で結果が出せる小型PCR迅速検査装置だ。Abbott社のID NOW(TM)は15分以内で判定でき、Cepheid社のXpert(R) Xpressも45分で結果がでる。
またニュージャージー州のラトガース大学が開発を進めていた「唾液検査」も食品医療品局(FDA)から緊急使用の認可を受け、同州で使用が開始された。患者自身が検査容器に唾液を入れるだけ。スワブを鼻の奥にいれるためくしゃみが出やすい従来の検査に比べ、医療従事者が安全に検体を採取できる。
抗体検査が経済再開のカギ
こうしたPCR検査は、その人が「いま、新型コロナウイルスに感染しているか」を調べるもの。それに対して、「これまでに新型コロナウイルスに感染したことがあるか?」を調べる抗体検査も始まりつつある。
すでにCOVID-19から回復した人は、体内に抗体ができ、近い将来は再び同じウイルスには感染しない可能性がある。またこうした人の抗体を、COVID-19の治療に活用できる可能性もある。現在のところ、WHOは「抗体検査で、その人が新型コロナウイルスに再感染しないかどうかはわからない」と言っており、研究が必要だ。また治療への活用も、臨床試験中であり実際に有効かどうかは、まだわからない。
むしろ抗体検査を行うことで、無症状の感染者を含め、実際にどれだけ、どこに感染が広がったのかを調べることができる。こうした様々な検査とそのデータが今後、経済活動を再開していくための戦略上不可欠なのだ(詳しくは、次回)。
ドイツや韓国のように、早くから広範な検査体制が確立できなかったために、米国では対策が後手後手になった。感染が急増した地域では医療現場が限界まで追い詰められ、多くの命が失われた。感染はこれからも完全には止まらない。トランプ大統領は、今後の対応を各州の知事に判断を投げてしまったような感じだが、だからこそ余計に感染実態をつかむことが重要になる。必要なのはもぐら叩きのような消耗戦ではなく、データに基づく戦略的な対策だからだ。