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【アスリートの心臓の傷~心筋線維症はリスクがあるの?】心筋線維症の5年間の追跡調査の文献より

たくや/ランナー医師、ランナー、ランニングコーチ
アスリートの心臓の傷、心筋線維症の予後については不明とされていたが・・・

心筋線維症についてこのYahooニュースの昨年8月の記事で、ランナーや持久力競技者は心筋線維症の有病率が高いと書きました。ですがその記事の元になった文献によると、運動によってできる心筋線維症は心機能や不整脈、死亡リスクに影響するかが不明と考察されています。ですが今年、心疾患のなさそうな健康にみえる持久力競技のアスリートを5年間追跡し、心筋線維症の有無で予後を調べた研究が公開されました。追跡調査の文献を解説していきましょう。

ドイツでの、293人のアスリートの約5年半の追跡調査

ガドリニウム造影MRI検査を行い冠動脈の血流を調べ、さらに心臓の線維化を調べて分類しています。
ガドリニウム造影MRI検査を行い冠動脈の血流を調べ、さらに心臓の線維化を調べて分類しています。

文献は2024年のドイツからで、週10時間以上のトレーニングをして、定期的に大会に出場している持久力競技者312人を追跡し、結果293人のデータを得られました。追跡期間は中央値が5.6年で、年齢の中央値は44歳でした。追跡の前には運動時の不整脈や心電図変化はみられなかったものの、293人の27%にあたる80人に、MRI検査で心臓の線維化がみられたようです。この線維化の大きさ、冠動脈の血流による虚血・非虚血をもとに以下のように分類しています。

① 心臓の線維化なし 213人(73%)

② 虚血のない小さい線維化 57人(19%)

③ 虚血のない左心室の大きい線維化 16人(6%)

④ 虚血のある左心室の線維化 7人(2%)

追跡結果

この293人の追跡調査期間に、致命的な心筋梗塞や心室頻拍や心室細動、そして心臓突然死の有無を調査したところ、2人のアスリートが発症していたことが分かりました。1人は50歳のマラソンのランナーで、トレーニング中に発症しました。そしてもう1人は61歳のサイクリストで、安静時に発症していました。その2人のアスリートの心臓は、いずれも④の冠動脈の虚血のある左心室の線維化だったようです。また、致命的ではありませんが②のアスリートの2人が、心筋梗塞や脳梗塞を発症したようです。

この研究ではやはり、心臓の線維化のあるアスリート、さらには虚血があって線維化のあるアスリートは、心臓突然死のリスクが高いことが示されました。

①~④のアスリートは、どんな特徴がある?

線維化の有無・程度で分類した4群間の、臨床・運動・心臓MRI検査の項目のデータの違い(数字は中央値[第1四分位、第3四分位]):Lund GK et al.Sports Med.2024より改
線維化の有無・程度で分類した4群間の、臨床・運動・心臓MRI検査の項目のデータの違い(数字は中央値[第1四分位、第3四分位]):Lund GK et al.Sports Med.2024より改

虚血があって心筋線維化もあるアスリートは、線維化のないアスリートと比較して年齢や運動中の血圧が高く、MRI検査での左心室質量や線維化が大きいことが分かりました。これは考察の中で、運動により繰り返し左心室に圧がかかり、心筋の構造が変化するからと推察しています。別の疾患の文献からですが、左心室の線維化が左心室の5%を超える患者は、不良な転機の独立した予測因子であったという研究があります。そして本研究の心臓突然死をしたアスリートは、2人とも5%を超えていたとのことでした。そういう意味でも、この2人のアスリートは心臓突然死のリスクが高かった可能性があります。

ほかの文献から

冒頭で述べたように、2018年にランナートライアスリートを対象に、心筋線維症を調べた文献を元にYahooの記事を書きました。その文献の筆頭研究員のコメント「心筋線維症は、競技や予後への影響はまだ定かではなく、競技をやめろとまでは言えない」というのを紹介しました。

ですがそれ以前の2009年の少人数の対象者を元にした心筋線維症の研究で、冠動脈イベントを起こしたマラソンランナー4人を調べたところ、4人全員に明らかな冠動脈疾患があり、また3人に虚血性のある心筋線維症があったとの報告もあります。今回の報告もあわせて考えると、心臓の線維化のみでは大きなリスクとはなりませんが、虚血が合わさると確かに危険性はありそうです。

さいごに

現在、アスリートの心臓が持久力運動に忍容性があるかを判断するためには、慎重に判断したとしても、運動負荷の元で胸痛の有無や心電図の変化を確認する程度です。今回の被検者の293人のアスリートも、前もって心電図変化がないことが確認されています。そんな現在の基準で安全とされたアスリートでも、5年間追跡調査するなかで2人(0.7%)の心臓突然死が発生しました。その内訳をみると、特に虚血を伴った心筋の線維化をもったアスリートはリスクが高く、7人中2人が心臓突然死に至りました。そんなアスリートは、少なくとも高レベルの運動を控えることを検討する必要がありそうです。

ですが今の日本で、虚血と線維化を検査するとなると、心臓の虚血は心臓CT検査で確認ができますが、心筋の線維化は心臓MRIが必要になります。残念なことに、今の日本で心臓MRI検査ができる施設は多くありません(自分が普段勤務している病院でもできません)。文献では無症状でも、心臓MRI検査を受ける価値があることを強調しています。ある程度年齢を重ねたアスリートは、本当は調べる方が良いのかもしれません。

医師、ランナー、ランニングコーチ

41歳まで某大学病院の消化器肝臓内科で勤務、現在は都内の一般病院で内科医をしています。また、中学でランニングを始めて走歴は約40年、その経験を活かしてランニングステーションでコーチもしています。総合内科専門医・消化器病専門医・肝臓専門医・抗加齢医学会専門医、JMJA公認ランニングドクター他、資格は多数。フルマラソンの完走は67回でベストタイムは2時間50分31秒(2019湘南)。ランナーからよく聞かれることやランナーに伝えたい事を、科学的なエビデンスと経験をもとに記事を書いています。

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