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標的にされる中国企業と中国系――「内政不干渉」でクーデターに“沈黙”共産党に反発

西岡省二ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長
ミャンマーではクーデターに対する抗議行動が続く(写真:ロイター/アフロ)

 ミャンマー国軍が2月に起こしたクーデターを受け、抗議デモを展開する側の一部で「軍部に影響力を行使できるはずの中国が『内政不干渉』を理由に沈黙している」とする批判の声が上がっている。このため矛先が中国関連の工場や中国系ミャンマー人に向かい、中国側の懸念が高まっている。

◇損害額は40億円

 現地からの報道によると、ミャンマー最大の都市ヤンゴンで今月14日午前、鉄パイプと角材、ガソリン筒を持った群衆が中国系の衣料品工場に押しかけ、事務所や車両に投石したうえ倉庫や寮に放火するという破壊行為があった。

 この件を含め、現地にある中国資本の工場など計40カ所ほどが破壊・略奪・放火の被害に遭い、中国人職員3人が負傷した。共産党機関紙・人民日報系「環球時報」によると、15日正午までに2億4000万元(約40億円)の損害額が出たという。中国外務省はミャンマー側に、中国企業と従業員の安全を確保するために、暴力行為を停止させ、法に基づき処罰するよう求めた。

 背景には、クーデターに抗議する市民の一部で高まる反中感情がある。中国はミャンマー軍部に経済的な影響力を行使できるはずなのに「内政不干渉」を理由にクーデターに対して沈黙している――と考えているためだ。

 その矛先は中国系ミャンマー人にも向けられているようだ。

 韓国有力紙の朝鮮日報が伝えた現地情報によると、ヤンゴンで14日、中国系ミャンマー人の学生(18)が国軍と抗議デモの衝突に巻き込まれて死亡した。学生の葬儀の際、母親はミャンマー国内の中国系に対する視線に憂慮し、メディアを通して「どうかミャンマーの中国人を憎まないでください。私たちは、ここで生まれたのです」と呼びかけた。祖父は中国政府に向け「われわれは華人(移住先の国籍を取得した中国系住民)です。助けてください」と中国語で訴えたという。

◇「背後に西側諸国の反中勢力」??

 中国は今回、軍部クーデター直後、内政不干渉の原則を明らかにした。一方で「平和的なデモ参加者への暴力を非難し、軍に対して最大限の自制を求める」とする国連安全保障理事会の議長声明を支持するという、微妙な立場を取っている。中国のこのような態度が、ミャンマーでの反中世論につながっているようだ。

 また、中国はミャンマーのインフラ整備などに巨額の資金を投じている。このためミャンマーでの事態が悪化すればするほど、莫大な被害が出るおそれがあり、事態の早期収拾を求めているという側面もある。

 一方で、反中感情の高まりの背後に「欧米の反中勢力がいる」と主張する中国人研究者もいる。雲南大学教授は環球時報に対して、ミャンマーでの破壊行為を「明らかに組織化され、計画的なもの」との見方を示したうえ「破壊活動をしたミャンマー人は扇動され、利用されていた」「背後に西側諸国の反中勢力がいる」との独自の論理を展開している。

 現地からの情報は限られ、破壊行為に関する見立ては混乱している。

 例えば、ヤンゴン北西部のラインタヤ地区にある中国系靴工場やその周辺で起きた火災について、地元住民はAP通信に「多くの人が怒りにまかせて“中国系工場を焼き払おう”と叫んだが、実際にそのような攻撃を実行した人はいない。なぜなら、その地区へのアクセスが難しいうえ、多くの住民がそれらの工場で働いているからだ」と証言し、デモ隊による襲撃説を否定したりしている。

◇1967年の反中暴動

 最近では「中国・ミャンマーを結ぶガス管を破壊する」という呼びかけもあったそうだ。高まる反中の空気について「1967年の反中暴動時と似ている」と指摘するメディアもある。

 ミャンマーでは1962年、国軍のネウィン将軍がクーデターで権力を掌握し、その後、約半世紀に及び軍事政権が続いた。中国はクーデター2日後に早々と軍事政権を承認した。ただ、軍事政権側には、中国がミャンマー内の共産主義勢力や華僑を通じて影響力拡大を図るのではないかという懸念はあった。

 中国で60年代後半に文化大革命が始まり、その影響がミャンマーの華僑社会にも波及。ヤンゴンで1967年6月、一部の華人・華僑学生が毛沢東バッジをつけたことを契機に学校側と衝突。これが激化して数十人の華人が死亡し、大使館や中国系学校、美容室、映画館などの広い範囲で襲撃が起きたという事例だ。

 中国側も反中感情の高まりを懸念しており、陳海・駐ミャンマー大使も今月15日のミャンマーの主要メディアとの書面インタビューで「ミャンマー情勢に対し、中国は現在、建設的役割を発揮している」「中国はデモ隊の声を知っている」「みなが冷静さと自制を保ち、対立や緊張を激化させないよう望む」と訴えた。

ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長

大阪市出身。毎日新聞入社後、大阪社会部、政治部、中国総局長などを経て、外信部デスクを最後に2020年独立。大阪社会部時代には府警捜査4課担当として暴力団や総会屋を取材。計9年の北京勤務時には北朝鮮関連の独自報道を手掛ける一方、中国政治・社会のトピックを現場で取材した。「音楽」という切り口で北朝鮮の独裁体制に迫った著書「『音楽狂』の国 将軍様とそのミュージシャンたち」は小学館ノンフィクション大賞最終候補作。

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