Yahoo!ニュース

ロシア軍の実力は、実際のところ、どのくらいなのか

今井佐緒里欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者
5月ウクライナのハリコフ地方のマラ・ロハン村の集団墓地で発見されたロシア兵の遺体(写真:ロイター/アフロ)

ウクライナ戦争が始まって、4ヶ月が経つ。

戦争がいつ終わるかは見えないが、重要なポイントの一つは、ロシア軍がどれだけの実力をもっているのかという点だ。

まずは人間、すなわち兵士を考えたい。

3月25日にロシアで公式発表された犠牲者の数は、死者1351人、負傷者3825人だった。これを最後に、モスクワからは何の発表もない。

5月末、ロシア連邦議会下院「ドゥーマ」は、これまで40歳までとされていた軍隊への入隊年齢制限を撤廃した。今後は、定年を迎えていない国民は、すべてロシア軍に入隊することができる。ちなみに、ロシアの定年は現在61.5歳とされている。

これはいわゆる「国家総動員法」なのだろうか。そんなことをしたら本物の戦争であると自ら認めるようなもので、「特別軍事作戦」という公式見解は崩壊するのではないか。ロシア人は、一般的に大変我慢強い。我慢強すぎるほどだが、彼らはどのように反応するのだろう。

仏誌『ル・モンド』に掲載された大変興味深いレポートによると、「この仮説では、予備役が年間約200万人、徴兵が30万人弱と、人的資源は相当なものです」とフランス国際関係研究所(IFRI)のディミトリ・ミニク研究員は語っている。

そこまでしなくてはならないほど、ロシア兵の損失は大きいのだろうか。

ミニク研究員は「4カ月間で、ロシア軍はおそらく1万人以上を失ったでしょう」と語る。特に歩兵が不足しているという。英国国防省によると、平時には600〜800人いたロシア人大隊が、30人程度に減っている所もあるとのこと。

保守本流に近い米シンクタンク「アメリカン・エンタープライズ研究所」のコリ・シェイク防衛政策部長は「ロシア軍の8割はすでにウクライナにいます」、「他に動員できる戦力があまりなく、動員できる戦力は、プロではなく、訓練を受けておらず、装備も整えられていません」と説明する。

アナリストたちによると、現在約20万人のロシアと分離主義者の兵士が戦闘に従事しているという。ちなみに、鳥取県の男性人口は、約26万5000人である。

ドンバスの最前線に送り込まれたモスクワの補佐官たちの被害はさらに大きい。6月16日、自称「ドネツク人民共和国」当局は、年初から2128人の軍人を失い、8897人の負傷者を出したと発表している。

このような状況にあって、ロシア軍当局は、新しい兵士の給与を大幅にアップさせた。チェチェン軍やワーグナー(ワグネル)グループの傭兵の利用も広く知られているが、今後の見通しは明るくないようだ。

今後、総動員で兵士を補充したとしても、訓練不足の問題がついてまわるに違いない。

それにしても、簡単に何千人、何万人と死者数を発表するが、一人ひとりに人生も仕事も家族や大切な人もあったのだ。

ウクライナのブチャに投棄された、破壊されたロシアの戦車や軍用車両。5月16日ドローンによる撮影。乗員はどうなったのだろうか。
ウクライナのブチャに投棄された、破壊されたロシアの戦車や軍用車両。5月16日ドローンによる撮影。乗員はどうなったのだろうか。写真:ロイター/アフロ

それでは戦車や装甲車についてはどうなのか。

ロシアの戦車のかなりの数が失われたことは、よく報道された。

ウクライナ軍による発表はやや過大評価があるかもしれない。それでも、前述のミニク研究員は「戦車は約800両、つまりロシア軍全体の約7%が失われました。本当に戦場に送り出せる状態にあった戦車だけを考えれば、10%から15%に近いでしょう」と言っている。

なぜあれほどまでに、ロシアの戦車や装甲車は失われたのか。

5月下旬に発表された別の優れたレポートによると、フランス軍関係者は、ロシア軍戦車について「かなりの損失を予想していたが、これほどではなかった」と認めたという。

ウクライナ軍は戦車1300台、ロシア製装甲車3000台を撃破したと主張しているが、確認はできていない。もし過大評価があるとしても、IFRIのレオ・ペリア=ペイネ研究員は「700台の戦車は、西ヨーロッパで使えるほぼすべての戦車の数に相当します」というから、どれだけ多くの戦車が失われたかが想像ができる。

この損失は、専門家によれば、技術的な問題で説明できるのだという。

冷戦時代に設計され、現在ウクライナで使用されているロシア戦車は、最も配備されているT-72をはじめ、より近代的だが少ないT-80やT-90など、常にコンパクトな形状が好まれてきた。

西側諸国のものと比べると軽量で高さが低く、戦闘時の機動性に優れていると言われている。

問題は、そのコンパクトさのために、欧米の戦車には4人乗れるのに対し、ロシアの戦車には3人しか乗れないことだ。

ソ連の技術者たちは、装填手(砲弾を砲に入れるために存在する兵士)の代わりに、装甲に自動回転装置を装備し、砲塔の真下、いわば兵士の足下に弾薬を強制的に置くことになった。

米欧のモデルでは、砲弾は戦車の首の部分、つまり砲塔の外側に収納されており、装甲壁でオペレーターと隔てられている。

さらに悪いことに、ロシアの戦車の多くは、ソフトキル(電磁波対策・誘導かく乱)とハードキル(投射型迎撃)と呼ばれるミサイル防衛をほとんど持っていないようだった。

紛争当初、ロシアの装甲車は、板金プレートや反応装甲レンガ(弾丸に接触すると爆発して弾き返す)を使った手製の防御装置が、あちこちバラバラに覆われているように見えたという。

そして、砲塔を守るかのように、いくつかの戦車には板金チューブで作られた天蓋を装備しているものもあった。

これらの戦車の画像はソーシャルメディアで拡散され、人々に嘲笑されていたのだという。

このような欠点をもつロシア戦車に対し、ウクライナ軍は、いわゆる「弾性」戦術をとった。

あるフランス軍関係者は、「車両はより脆弱で、反応も鈍くなるため、4分の3後ろから攻撃するのが理想的だ」と語った。

この戦法を実現するには、自分たちの守備線の後方に、ロシア軍を深くあえて侵入させなくてはならない。その上で、戦車の防御力が高い正面からではなく、最も突破力のある側面から攻撃するのだ。大変リスクの高い戦術であり、ウクライナ軍には大胆不敵さが要求されるものだった。

ウクライナ軍は、2014年以降のドンバスでの戦闘と、NATO軍との間で行われた訓練の実績をもっていた。フランス参謀本部によると、2021年だけで2万1000人のウクライナ兵が米国、英国、ポーランド、ルーマニアとの合同演習に参加していたのだ。

日本でも、ロシアの戦車が列をつくって待っているかのような映像が繰り返し紹介された。

あるフランス軍幹部は「これは、ソ連のドクトリンが残したものである。事前に計画を立て、現場には何の余裕もなく、予想外のことが起こっても命令を待たなければならない。そして止まっている戦車はターゲットになる」と説明した。

欧米軍には「基本的な反射神経が乗員に身に付いていない」と、部隊の訓練不足もはなはだしいことを指摘され、専門家には「ロシア旅団は共同戦闘の指揮能力が低い」、「戦闘の最初の2カ月間、戦車が小グループで道路を走り、整地のための砲兵支援も側面を守る歩兵支援もなかった」と論評されるという、散々な言われようだった。

また、ロシア軍の兵站網もあまりに乏しかった。将校たちは即戦力を期待していたため、整備士はいなかった。そのために装甲車の故障を修理することができなかった。さらに、単純に燃料を補給することもできなかった。

このようなロシアの戦車のつくりも戦略も戦法も、人権、つまり人の命の権利を、無視したものだったようだ。民主主義が乏しい国であるうえに、軍隊の組織というのは保守的なものだ。ソ連崩壊から約30年。今でもソ連時代を最もひきずっていたのは、軍隊だったのだろうか。

これらの欠点を最もよく知っていたのは、ロシア兵だったのかもしれない。そのような戦車や戦法、軍の組織によって死ぬのは自分なのだ。

多くのロシア戦車は破壊されることなく、乗員によって放棄された。オリックスのホームページによると、ウクライナ軍が使用不能にした戦車の3分の1は無傷で捕獲されたという。彼らは無駄死にしたくなかったのだろう。

それでも、民主主義国の軍隊と共同軍事演習をしたことがある、留学したことがあるなどの経験がなければ、世の中の軍隊や軍備とは、こういうひどい非人道的なものだと思ってしまうことだろう。もともと戦争が非人道的なものであるだけに。

たとえそうでも、戦車の設計で、兵士と弾薬を隔てる装甲壁があるのとないのでは、全然違うのではないだろうか。

しかし、戦争から3カ月近くが経過し、モスクワはその誤りに対処しはじめたという。ドンバスでの戦争に舞台がうつり、その性質上、砲兵の関与が大きくなることに加え、新しい装備が送られているとのこと。BMPT「ターミネーター」の最初の画像がソーシャルネットワークに登場し始めたという。

過剰な武装で、市街戦に特に効果的なこの装甲車は、戦車を護衛して保護する役割を担い、攻撃ヘリの撃墜や、携帯ミサイルの発射を阻止する能力も備えている。世界で唯一、ロシア軍が装備しているとのことだ。

対戦車ミサイルとして大いに使われた「ジャベリン」を抱えた正教会のマドンナ「聖ジャベリン」の壁画の前で遊ぶ少年たち。6月1日キーウ撮影。
対戦車ミサイルとして大いに使われた「ジャベリン」を抱えた正教会のマドンナ「聖ジャベリン」の壁画の前で遊ぶ少年たち。6月1日キーウ撮影。写真:ロイター/アフロ

それでは、最近とみに話題になっている、弾薬の備蓄はどうだろうか。

米国防総省によると、モスクワはすでに巡航ミサイルの6割を使用しているという。

ウクライナ軍情報部のヴァディム・スキビツキー副部長は、「ロシアはミサイル攻撃がはるかに少なくなっていて、1970年代の古いソ連のロケットであるH-22を使っていることに気付いた」と6月10日の英『ガーディアン』紙で指摘している。

確かに、戦争開始前のロシア軍の近代化は、過大評価された可能性があるようだ。入手可能な情報は、偏りがちである。しかし、やはりソ連から続いている軍事産業は、堅調であることも事実だという。

プーチン大統領は、ロシア経済の技術的近代化の原動力として、軍事産業の技術に信頼を置いているほどだというし、なんと言ってもロシアには、莫大な資源がある。

「しかし、マイクロ・エレクトロニクスや工作機械の分野では、以前から長いこと不足があります。戦争前までは輸入で補っていたため、制裁のために悪化して、構造的な欠陥となっています」、「現在では、精密な弾薬や、誘導爆弾の製造が制裁を受けていますが、それ以外のさほど高度ではない機器には、必ずしも制裁はありません」と、戦略研究財団でロシアの防衛政策を専門とするファコン研究員は説明する。

そして最後に『ル・モンド』は、中国の可能性について言及している。

「何より、ウラジミール・プーチンには中国という強力な同盟国がある。欧米がウクライナに対して行うように、中国は自国の在庫を大幅に補充することができる。両国は長い間、互いに武器を売り合ってきた。例えば、中国のドローンはモスクワにとって大きな関心事である」

中国はまだ、ロシアに重要な軍事的支援を行っていない。中国が兄貴分でロシアが妹と呼ばれる現代において、中国は約4200キロも国境を接する隣国であるロシアに対し、どう接するのが国益にかなうかを考えている。

ドンバス地方でロシアが優位を確立し、NATO側が一線を越えたと思わせる武器提供を始めようとしている今、戦争は新たな局面に入っている。

以上、ロシア軍の力について、筆者が得た情報を報告した。

これが現実だから目をそらす訳にはいかないが、なぜこのような殺し合いが続くのか。一人殺せば殺人犯で、何十年もかけて裁判をすることもあるのに、なぜこのような大量殺人の武器が堂々と存在するのか。人を殺すために開発されているのか。根本を考えずにはいられない。

4月20日、ウクライナのボロディアンカの町で、集団墓地で6人の遺体と、数メートル離れた所に3人の遺体が発見された。
4月20日、ウクライナのボロディアンカの町で、集団墓地で6人の遺体と、数メートル離れた所に3人の遺体が発見された。写真:REX/アフロ

欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者

フランス・パリ在住。追求するテーマは異文明の出会い、平等と自由。EU、国際社会や地政学、文化、各国社会等をテーマに執筆。ソルボンヌ(Paris 3)大学院国際関係・欧州研究学院修士号取得。駐日EU代表部公式ウェブマガジン「EU MAG」執筆。元大使のインタビュー記事も担当(〜18年)。編著「ニッポンの評判 世界17カ国レポート」新潮社、欧州の章編著「世界で広がる脱原発」宝島社、他。Association de Presse France-Japon会員。仏の某省機関の仕事を行う(2015年〜)。出版社の編集者出身。 早稲田大学卒。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

今井佐緒里の最近の記事