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ウイルスを検知する「自己給電ワイヤレスデバイス」とは

石田雅彦科学ジャーナリスト
(写真:イメージマート)

 冬になって空気が乾燥してくると呼吸器感染症が増えてくる。新型コロナもその一つだが、空気中のウイルスを検知できるデバイスがあれば感染防御に役立てることができそうだ。今回、東北大学の研究グループが、特定のウイルスだけをバッテリーレス、ワイヤレスで検知できるデバイスを開発した。

ウイルスを可視化できないか

 新型コロナの感染拡大が不気味な動きを見せている。ウイルスは低温で乾燥した状態でより長く存在できるが、空気が乾燥すると喉や鼻の防御機能が低下してウイルスなどが体内に侵入しやすくなり、気温が下がると我々の免疫機能が低下して侵入したウイルスを撃退しにくくなる。

 新型コロナにせよインフルエンザにせよ通常のコロナウイルスによる風邪にせよ、感染者が触れた物体の表面や咳やくしゃみによる飛沫、空気中に浮遊するウイルスを含んだエアロゾルなどによって感染が広がる。そのため、手指衛生やうがい、マスクの着用、三密の回避、小まめな換気などが予防に、また十分な栄養摂取と睡眠、禁煙、ワクチン接種などが重症化や死亡リスクの低減に重要となる。

 だが、ウイルスは目には見えないから厄介だ。自分の周りにウイルスが含まれる飛沫や粒子があるかどうかわかれば、空間除菌の措置や換気の目安になるだろう。

 東北大学の成田史生教授(工学部材料科学総合学科)らの研究グループは、振動や衝撃といった運動エネルギーを電気エネルギーに換え、自己給電しつつ、情報をワイヤレスで送信するデバイスを応用し、通常の風邪コロナウイルス(ヒトコロナウイルス229E、HCoV-229E)が電極に触れて起こす振動共鳴周波数と組み合わせたバイオ認識システムを開発し、その成果を専門雑誌で発表した(※)。

 鉄、ニッケル、コバルトなどの強磁性(強い磁力と大きな磁気モーメント)を示す磁性体に対し、磁場を加える(印加)と磁歪(磁気ひずみ)という形状変化が起きる。強磁性を示す材料物質は、この磁歪の形状変化を利用し、魚群探知機や超音波発生器などの振動子に使われ、逆に磁性体に歪みを与えて磁場への応答変化によって応力センサーなどに利用されている(東北大学材料科学総合学科「磁歪ってなに?」より)。

東北大学工学研究科のリリースによれば、同研究グループらは、すでに厚さ0.2ミリメートルのFe-Co/Ni(鉄-コバルト/ニッケル)という異なる金属を接合して一枚の板にしたクラッド鋼板による逆磁歪効果を持つ材料を開発し、この材料の表面が曲げ振動を起こすことを利用して風邪コロナウイルス229Eを捕捉することに成功したという。

ウイルスを捕捉する鋼板

 このクラッド鋼板は、磁場を加える(印加)ことで伸びる鉄-コバルトと縮むニッケルを組み合わせて接合し、磁歪による振動を電気エネルギーにして自己給電している。同研究グループは、まずこの振動を115Hzと116Hzにし、クラッド鋼板の重さが変わると共振周波数も変化することを確認した。

 その後、このクラッド鋼板を糖タンパク(風邪コロナウイルス229EのレセプターでもあるCD13ペプチド)でコーティングして風邪コロナウイルス229Eだけのタンパク質を捕捉できるようにし(ブロッキング)、ウイルスを捕捉してクラッド鋼板の重さが変われば共振周波数も約0.1Hz変化することを検証した。さらに、その共振周波数の変化が電力エネルギー(電圧)に影響をおよぼし、電力エネルギーの変化をウイルス検知の信号として自己給電およびワイヤレスで送信することができたという。

Fe-Co/Niクラッド鋼板の曲げ振動による蓄電とワイヤレス送信。Via:東北大学工学部研究科のリリースより
Fe-Co/Niクラッド鋼板の曲げ振動による蓄電とワイヤレス送信。Via:東北大学工学部研究科のリリースより

 また、クラッド鋼板が捕捉するウイルスの量が増えると、磁歪が弱まって電力エネルギーも低くなるので、ウイルスの濃度を検出することもできた。ウイルス検出とワイヤレス送信はリアルタイムで行え、ワイヤレス送信の頻度は5分間に1回だったが、これを10秒ごとに短縮できるという。こうしたワイヤレスのデバイスは、IoT技術との親和性も高い。

 これにより同研究グループは、風邪コロナウイルス229Eを検出するデバイスを開発した。このデバイスが洗練されていけば、目に見えないウイルスを検出したらすぐに知らせてくれることが可能になりそうだ。今後は、ウイルスを捕捉する精度や感度をより向上させてデバイスの軽量化を進め、空気中のウイルス捕捉とセンシングの技術を確立させ、コーティング・レセプターを変えることで新型コロナウイルス、SARS、MERS、インフルエンザウイルスなど他のウイルスの検出に応用させていきたいとしている。

※:Daiki Neyama, et al., "Batteryless wireless magnetostrictive Fe30Co70/Ni clad plate for human coronavirus 229E detection" Sensors and Actuators A: Physical, Vol.349, 1, January, 2023

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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