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大リーグ労使交渉が合意。交渉の裏側で、選手会の認定勝利にSNSが果たした役割。

一村順子フリーランス・スポーツライター
労使交渉に向かうマンフレッド・コミッショナー(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

 擦った揉んだの末、大リーグの労使交渉が10日(日本時間11日)合意に達した。ロックアウト突入から99日間に渡る戦いは、事実上、選手会側の勝利となった。一度は中止となった公式戦4カードも復活。4月7日(同8日)の開幕から全日程162試合が開催される。選手は、年俸全額支給とフルタイムサービス期間を手に入れた上に、交渉序盤はオーナー側と大きく隔たっていた最低年俸、贅沢税、調停前の対象選手のための「ボーナスプール」といった金銭面の懸案事項で、希望額とは言えないまでも、好条件を引き出した。

 クラーク選手会専務理事は声明で「単に現役選手の利益と恩恵だけでなく、将来の選手のために、大きな前進を成し遂げた」と勝利宣言したのに対し、マンフレッド・コミッショナーは記者会見で「まずは、心配を掛けたファンに謝罪します。選手と良好な関係を保つという試みは必ずしも成功したとは言えません」とコメント。選手の判定勝ちとも言える今回の交渉では、ストライキに突入した95年の労使交渉にはなかったSNSが、重要な役割を果たした。

 分刻みで状況が変わる状況は随時、現場の米国記者のツイッターに投稿され、要所では、選手会役員のシャーザー、トラウトら有名選手が個々の思いを発信し、ファンの理解を求めた。イリノイ州のダービン上院議員が決裂し続ける交渉を批判するなど著名人も加わり、ファンはネット・コミュニティーの中で、フラストレーションや合意への願いを共有した。95年の交渉では、ファンは翌日の新聞で事態を把握する以外なく、置き去りにされた。「ビリオネアVSミリオネア」と非難されたストライキが人気凋落を導いた歴史を顧みれば、調整力を欠くマンフレッド・コミッショナーや、正当な収益還元に消極的なオーナーに対する世間一般のSNSの反応は、少なからず機構側の舵取りに影響を与えたはずだ。

 チャット型SNSも一役買った。国際ドラフト導入が浮上した9日(同10日)には、殿堂入り、デービット・オルティス氏がラテン系選手を中心としたグループチャットに「時期尚早の導入に慎重になるべき」という旨のメッセージを送り、陰の影響力を発揮したと報じられた。また選手会側は、常時、スコット・ボラス代理人のコンサルを受けていたとも言われる。SNSのグループ・コミュニティーでの情報交換は、ロックアウトで散り散りとなった選手の一致団結も助けた。

 一方、SNSの情報操作を懸念する声も挙がった。例えば、機構側が「今から過去最高のオファーを出す」と記者に漏らす。それが投稿されると、世論は「今度こそ合意か」と一気に期待を募らせる。そこで選手会が拒否すると、選手側が我儘という印象が出来上がる。ジャイアンツ・ウッド投手はツイッター投稿で「情報が駆け引きに利用されている」と提起した。

 内外部からの発信で、交渉の実態が透明化すればするほど、世論は選手会寄りになった。締切期日と公式戦全試合開催という2枚の切り札を使い回して交渉を支配する機構側に、ファンの批判は強まった。ニューヨークのコミッショナーオフィス前ではプラカードを揚げ、抗議するファンも出現。2月28日の最初の締切日から、期日を仕切り直すこと計5度。年俸全額支給と調停&FA権に直結するサービスタイムに影響する全日程開催を出しては、引っ込め、またチラつかせるという、オーナー側の懐柔策を意に介さず、選手はSNSでファンと繋がりながら、粘り強く戦う下地を築いていった。最低年俸は前年比(23%)史上最高となる70万ドル(約8130万円)。サービス期間2〜3年の「スーパー2」対象選手対象の新設「ボーナスプール」は、序盤の提示額の10倍となる5000万ドル(58億円)をゲット。贅沢税の2億3000万ドル(267億円)は昨年の9%増。1度は失った年俸全額とフルサービスタイムを勝ち取ったのは大きい。

 交渉の最終日、米スポーツ局「ESPN」のジェフ・パッサン記者のツイッターのアカウントが何者かに乗っ取られたことも、SNS時代ならではの出来事だ。フォロワー約80万人の同記者が何者かにハッキングされ、偽情報を流す事態にネットは騒然としたが、幸い、数時間後、米国東時間3時の交渉締め切り直前にアカウントが復活。パッサン記者は他の誰よりも早く、合意の速報をツイッターに投稿。「ベースボール イズ バック」とつぶやいた後、「アイ・アム・バック(私のアカウントも元に戻りました)」とオチをつけた。

フリーランス・スポーツライター

89年産經新聞社入社。サンケイスポーツ運動部に所属。五輪種目、テニス、ラグビーなど一般スポーツを担当後、96年から大リーグ、プロ野球を担当する。日本人大リーガーや阪神、オリックスなどを取材。2001年から拠点を米国に移し、05年フリーランスに転向。ボストン近郊在住。メジャーリーグの現場から、徒然なるままにホットな話題をお届けします。

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