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春先は自転車の水路転落事故が多発 強風に注意 ハンドルをとられる例も

斎藤秀俊水難学者/工学者 長岡技術科学大学大学院教授
春先には自転車に乗る機会が増える。水路沿いの通路では特に注意を(筆者撮影)

 春先は水路に落ちる自転車死亡事故が多発します。強風に吹かれてハンドルをとられ転落する例も。事故現場には柵がない確率が99%に達します。統計には浮き出てこない、知られざる水路転落事故の実態を調査しました。

 春先の自転車転落事故を防ぐために、自衛手段として次のような状況での自転車の使用を避けましょう。

① 柵などが設置されていない水路沿いの道路の通行

② 夜間通行や酔った状態での通行

③ 道路凍結の日や強風の日の通行

具体例

 2020年12月6日午前0時ごろ、奈良市六条2の乾川(幅約5・3メートル、深さ約3・5メートル、水深約7センチ)で、自転車に乗っていた市内の男性(当時72歳)が誤って転落し、死亡する事故が起きた。11月22日午前4時10分ごろには、天理市小田中町の珊瑚珠(さんごじゅ)川(幅約2・1メートル、深さ約1・5メートル、水深約25センチ)の中で、近くに住む男性(同58歳)が自転車と一緒に倒れているのが見つかった。いずれも死因は窒息死だった。 (毎日新聞 最終更新:2/3(水) 10:20

 いずれも自転車に乗っていて水路に転落したとみられています。これらの事故のポイントは三つ。まず、水深が7 cmとか25 cmとかで、普通の水難事故なら決して溺れるほどの深さではありません。そして発見された時間から推測すると、暗いうちに落ちたと思われること。さらに、いずれも窒息死なので、溺れたということ。

水路転落、何が起こったのか

 2018年1月から2020年12月までの3年間に新聞等で報道された水路への自転車転落事故を解析すると、特徴は次の通りです。%は事故全体の中で占める割合を示します。

① 水深50 cm以下の比較的浅い水路が現場 86%

② 明るい時間帯の事故           54%

③ 柵などの設置がない現場        99%

 水深については多くの記事で記載がありました。記載のあった事故だけ集計しています。時間帯については発見時の時間から推測しています。柵等の設置については、設置のある場合には「なぜそれを越えたか」まで記事になっています。「柵等なし」と明記した記事に加えて、言及がない記事については「なし」と判定しました。

 もっとも典型的な事故を再現すると次の通りとなります。「日中・夜間にかかわらず水路沿いの道を自転車で通行していたら、何らかのはずみで柵やふたの設置されていない水路に転落して、その時の衝撃で頭などを強く打ち、頸椎や頭部に損傷を受けるか、意識がもうろうとした状態で鼻や口が水に浸かり、窒息した。」

 逆に言えば、水深がある程度あれば落ちても衝撃が軽いでしょう。立ち上がることができるほどの水深で、しかも陸に上がることができれば、命を失う確率は低くなります。そして日中なら、人通りもあって事故に気がついてくれる人もいることでしょう。実際に、命を落とさずに自分で陸に戻った人は相当数いることが考えられ、自転車転落事故の件数としては、報道された部分は氷山の一角ではないかと言えます。

 でも根本的には、現場となる水路に柵やふたなどの安全対策が施されていないことに、水路転落を防止する上での問題があります。

春に多い事故、何に注意すべきか

 報道された水路への自転車転落事故で、事故が最も多かった月は8月で、次が3月です。記事の内容を解析すると、2月から3月にかけては、春先の季節要因ともとれる原因が読み取れます。少なくとも冬からの気温が少しずつ高くなり、いろいろな生活シーンの中で自転車に乗る時間が増えたこともあるでしょう。報道ではなかなか詳しい事故原因に言及されないのですが、わずかに記載のあった事故例から、転落の原因を探ってみましょう。

① 女性が普段農作業をしている畑がある(2月7日、香川県)

② 凍結した路面で滑り、転落(2月9日、岡山県)

③ 駅前であった会社のOB会で飲酒(2月11日、滋賀県)

④ 強風にあおられたAさんが、自転車から降りた直後にバランスを崩して転落(2月23日、富山県)

⑤ 夜、地域の会合に出席するため外出(2月25日、富山県)

⑥ 町内会の集会に参加した後、行方不明(3月7日、岡山県)

⑦ 強風で倒れた(3月19日、長野県)

 春先には畑の準備、激しい寒暖差、夜の会合などの事故につながる季節要因が顕著となります。

 畑の周辺には用水路が巡らされており、夏場の特に8月の転落事故の多くは農作業への往復時に発生しています。2月には急に陽気が来たと思えば雪が降るように寒暖の差が激しくなり、道路が凍結していてもついつい自転車で出かけてしまいます。春一番のように強い南風が吹くのもこの時期。急な強い横風を受けてバランスを崩して並行する水路に落ちます。大型トラックや列車ですら横転するのがこの時期の強風です。夜の会合で飲酒の機会が増えるのも春先。夜間の水路周辺は真っ暗で、春先に限らず夜間の事故は多くの場合、なんらかの会合の帰り道と記事にあることが多いのです。

 春先の自転車転落事故を防ぐために、自衛手段として次のような状況での自転車の使用を避けましょう。(図1)

① 柵などが設置されていない水路沿いの道路の通行

② 夜間通行や酔った状態での通行

③ 道路凍結の日や強風の日の通行

図1 自転車走行を避けたい3例。柵などのない水路沿い、夜間、強風の日(いらすとや素材をもとに筆者作成)
図1 自転車走行を避けたい3例。柵などのない水路沿い、夜間、強風の日(いらすとや素材をもとに筆者作成)

安全対策、されないままでいいのか

 自転車転落による死亡事故の発生した現場では、柵やふたなどの安全対策がなされていません。「落ちた人が悪い」「落ちるわけがない」という考え方が成り立たないのは、この3年間に報道された事故を解析するとよくわかります。

 農業用水施設に対する安全対策の必要性に関しては、様々なメディアによって5年くらい前から啓蒙が始まっています。国も農業用水施設の安全対策事業に対する補助をより強化してきています。

 水路を管理する土地改良区などにも、対策に取り組む動きが出てきています。ただ実際に柵などを設置するとなると、草刈りなどの作業に支障が出るなどの課題が浮き彫りになっています。そのため、関係者で安全対策の話し合いをしているうちに計画が頓挫してしまった例も聞きます。

 水難学会ではそのような声を少しずつ集め、課題の解析を行いました。その結果をもとにして、課題の解決方法を話し合う時の話題として使っていただけるよう、「農家ですら流される、用水路の水難事故をなくせ 最新の安全対策技術を一挙公開」を記事として筆者が公開しました。こういった技術は、草刈り、水路内作業、転落防止、救助のそれぞれの活動が行いやすいように考えて開発されています。幅の広い水路から狭い水路まで、幅にマッチングした技術を揃えています。

 水路管理者の皆様には、こういった資料を参考にして、ぜひ引き続き安全対策の議論を続けてほしいと思います。

河川堤防からの転落事故

 春先から多くの市民が散歩を楽しむために使うのが、比較的大きな河川の堤防通路です。死亡事故に至る例は少ないのですが、自転車ごと転落する例はもちろんあります。

 筆者記事「東京から2時間の新潟市 日本一の信濃川河口にある「やすらぎ堤」に隠された秘密とは?」では、筆者が救助活動した自転車転落事故の具体例を示しています。この事故を引き起こした通路の特徴は、図2に示すように堤防通路の中央から端にかけて緩やかに傾斜しており、通路の端から法面にかけて急激に傾斜していることです。このような構造は、堤防通路上に雨水がたまらないようにするために普通です。通路の中央部分を走行していても、気を抜けば自然と法面の方向に向かってしまいます。筆者が扱った事故では、通路を外れた子供が法面を自転車に乗ったまま5 mほど落下していきました。

図2 堤防通路の断面イメージ。走行中に気を抜くと法面に向かってしまう(いらすとや素材をもとに筆者作成)
図2 堤防通路の断面イメージ。走行中に気を抜くと法面に向かってしまう(いらすとや素材をもとに筆者作成)

 このような堤防通路では、日頃の草刈りなどのメンテナンスや大雨時の水防警戒などの作業の障害になるとして、背の高い柵の設置が避けられている傾向にあります。このように柵の設置困難場所であるならば、特に子供の自転車転落事故を重点的に防ぐことを考えたらいかがでしょうか。例えば図3に示すように、目印・転落防止の二つを兼ね備えた技術が提案されています。

 水路の幅や設置されている場所などによって、最適な技術は変わっていきます。水路の管理者の皆様におかれましては、もし適切な技術に迷われたら、ぜひ水難学会にお問い合わせください。

図3 左:堤防通路に設置することのできる目印・転落防止技術のイメージ図、右:①目印優先、②転落防止優先を目的とした技術の断面イメージ図(株式会社ダイクレ提供)
図3 左:堤防通路に設置することのできる目印・転落防止技術のイメージ図、右:①目印優先、②転落防止優先を目的とした技術の断面イメージ図(株式会社ダイクレ提供)

参考にした自転車事故の統計

 いろいろと探しましたが、自転車での水路転落事故の実態を示す統計がありません。まずは、2019年中に自転車に乗車中の人が事故に遭って亡くなった人の数を人口動態統計で調べてみました。その結果を図4に示します。

図4 2019年中に交通事故により受傷した自転車乗員数の年齢分布。ここには乗用車との衝突により受傷した例や、転落により受傷した例など、いろいろな交通事故が含まれる(人口動態統計より筆者作成)
図4 2019年中に交通事故により受傷した自転車乗員数の年齢分布。ここには乗用車との衝突により受傷した例や、転落により受傷した例など、いろいろな交通事故が含まれる(人口動態統計より筆者作成)

 年間総数577人のうち、性別内訳は男性380人、女性197人です。年齢内訳では図4からわかるように、65歳以上の高齢者が命を落とす事故が圧倒的に多いことがわかります。

 図4からは、水路転落による犠牲者がどのくらい含まれているかはわかりません。実際に、人口動態調査の他のデータを詳細に調べてもわかりません。そこで、約150紙誌/過去30年以上にわたり新聞等を収録したデータベースであるG-searchを使って「自転車 水路 死」を検索キーワードとして、水路転落による死亡事故について書かれた記事を検索しました。

 すべての検索結果のうち、一つ一つの記事を精読し、その結果、目的とする水路転落して亡くなった人に関する記事だけを集計しました。図5に示すように、記事として公表されている分だけで、総数111人、そのうち男性96人、女性15人でした。ここで記事として、必ずしもすべての事故を取り上げているわけではないことに注意しなければなりません。

図5 新聞記事検索により抽出された水路転落の自転車事故で亡くなった方の年齢分布。新聞記事はすべての事故を取り上げているわけではないことに注意(筆者作成)
図5 新聞記事検索により抽出された水路転落の自転車事故で亡くなった方の年齢分布。新聞記事はすべての事故を取り上げているわけではないことに注意(筆者作成)

 事故の発生した月ごとに死亡した人数をまとめると図6のようになります。最も多かった月は8月で、そして3月が続きます。ただ、季節を問わずいつでも起きるのが水路転落による自転車事故だと言うことがデータから読み取れます。

図6 新聞記事検索により抽出された水路転落の死亡自転車事故の発生月。新聞記事はすべての事故を取り上げているわけではないことに注意(筆者作成)
図6 新聞記事検索により抽出された水路転落の死亡自転車事故の発生月。新聞記事はすべての事故を取り上げているわけではないことに注意(筆者作成)

さいごに

 統計に表れてこない、水路に落ちる自転車事故。新聞記事を調べることにより、3年間で少なくとも111人の犠牲者が出ていることがわかりました。死亡事故の現場には柵がない確率が99%です。この現実、そのままでいいのでしょうか。

水難学者/工学者 長岡技術科学大学大学院教授

ういてまて。救助技術がどんなに優れていても、要救助者が浮いて呼吸を確保できなければ水難からの生還は難しい。要救助側の命を守る考え方が「ういてまて」です。浮き輪を使おうが救命胴衣を着装してようが単純な背浮きであろうが、浮いて呼吸を確保し救助を待てた人が水難事故から生還できます。水難学者であると同時に工学者(材料工学)です。水難事故・偽装事件の解析実績多数。風呂から海まで水や雪氷にまつわる事故・事件、津波大雨災害、船舶事故、工学的要素があればなおさらのこのような話題を実験・現場第一主義に徹し提供していきます。オーサー大賞2021受賞。講演会・取材承ります。連絡先 jimu@uitemate.jp

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