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東京から2時間の新潟市 日本一の信濃川河口にある「やすらぎ堤」に隠された秘密とは?

斎藤秀俊水難学者/工学者 長岡技術科学大学大学院教授
新潟駅からほど近いやすらぎ堤には人への優しさが(Yahoo!地図を元に筆者作成)

 日本一の信濃川の河口域に位置する新潟市。ずっと洪水と津波の被害に苦しんできました。浸水から街を守るのには高さのある堤防を作ればいいのですが、逆に憩いの場として河川敷に集う人には冷たい存在となります。堤防の斜面がきつくなり、落ちたらケガをしてしまいます。災害から街を守り、集う人の安全を守る、全てにおいて人に優しい堤防が新潟市の「やすらぎ堤」です。

この記事を執筆したきっかけ

 それは先月、10月末に埼玉県で発生した高齢男性の死亡事案に関する次の記事です。

30日午後4時10分ごろ、埼玉県吉川市道庭1丁目の中川の縁で、男性が自転車と共に倒れているのを、散歩中の市内の男性(79)が発見、近所の住民が110番した。吉川署によると、男性は東京都足立区の無職男性(84)で既に死亡していた。現場の川沿いに幅約3・9メートルの遊歩道があり、遊歩道と川の間は斜面になっているという。男性は28日午後3時ごろ、十数キロ離れた自宅を自転車で外出していた。現場に争った跡はないという。同署で死因などを調べている。

出典:埼玉新聞 最終更新:11/1(日) 14:25

 当然この記事だけで事故だと決めつけてはいけないのですが、堤防が高くなれば遊歩道から自転車ごと落ちた時の衝撃は強くなります。打ちどころが悪ければ、死亡することもあるでしょう。小さな用水路ですら、頭から落ちれば命を落とすのですから。

 実は、数週間前に信濃川関屋分水路にて、堤防上からの転落事故を目の当たりにしました。図1をご覧ください。関屋分水路の左岸堤防上の写真です。左は海側つまり新潟大堰方向に、右は上流側に向かって撮影しました。4人連れの親子が左岸堤防上を海側に向かって散歩していました。筆者は逆に上流に向けて、堤防の川に近い端を歩いていました。お母さんの「危ないよ」の声でふと正面を見ると、5歳くらいの男の子が自転車に乗ってゆっくりと筆者に近づいてきました。左図の赤矢印のルートをたどっていました。「ブレーキをかけて止まるかな?」と思っていましたら、筆者の前を斜めに横切り、草の斜面に入ってしまいました。突然のことで筆者は手を伸ばして自転車を捕まえようとしましたが、間に合わず、男の子は自転車ごと右図のように斜面(法面)を落ちていきました。

図1 新潟市関屋分水路での自転車乗りの子供が転落した現場。左図は下流に向かって、右図は上流に向かって撮影した(筆者撮影・加工)
図1 新潟市関屋分水路での自転車乗りの子供が転落した現場。左図は下流に向かって、右図は上流に向かって撮影した(筆者撮影・加工)

 堤防上から下までの落差は5 mほどです。普通に5 mの高さから転落すれば、命を失いかねません。そうはいっても心配で、男の子にひっぱられるようにして、筆者とお父さんが飛び降りるように法面を下りました。男の子が下まで転落した直後に筆者とお父さんも同時に男の子のそばに寄りました。男の子はヘルメットやプロテクターを一切していないし、後頭部を下に着地したので「まずいか」と思いましたが、すぐに大きな声で泣き始めました。バイタルサイン(赤十字救急法では生命の兆候と習います)を確認したら、特に手が握れて、足をしっかりと動かしていたので、お父さんとお母さんに「出血がないか、ゆっくり確認してください」と伝えて、まずは安堵しました。

こういう場所での安全対策はどうあるべきか

 近年、年間80人にも達する用水路転落・溺水事故を防止するため、様々な対策を取るようになってきています。柵の設置、安全ネットや金属網の敷設、立ち入り禁止標識などがそれにあたります。ただ、今回の関屋分水路のように市民の憩いの場となっている堤防では用水路に比べて規模が大きすぎて、堤防上からの転落を防止する対策が進んでいないのが現状です。

【参考】農家ですら流される、用水路の水難事故をなくせ 最新の安全対策技術を一挙公開

 皆様の生活の場ではどうでしょうか。大きな河川の堤防で、散歩やサイクリングを楽しめるようになっている場所で、堤防からの転落を防止するための柵などの設置は進んでいるでしょうか。

目からうろこの優しさが近所にありました

 しばらくは、「こういう場所に設置する安全対策は、柵かな」とぼんやり考えていたのですが、目からうろこの名解答が近所にありました。それは関屋分水路から新潟西港に向かって流れる信濃川(本川下流)の堤防にありました。その名を「やすらぎ提」と言います。

 やすらぎ堤の最大の特徴は、法面勾配の緩やかさです。5割勾配と言って、底辺と対辺の比率が5:1、つまり角度にして約11度の傾斜です。完成当時には、わが国初の緩やか堤と呼ばれました。関屋分水路の法面の角度は45度くらいありそうだったので、それに比べても相当緩やかな法面であることがわかります。

 やすらぎ堤の工事は1987年(昭和62年)から始まりました。工事のやり方は、次の通りです。本川下流の川底を掘り下げ、掘った土砂を利用して堤防を高く築きます。こうすれば、水の流れる断面積が広くなりますから、その分だけ堤防を低くしても安全に水が流れるようになります。

 図2をご覧ください。堤防の高さは平均で約2 m、幅は5 m。堤防より街側には「信濃川やすらぎ堤緑地」が広がります。サイクリングロードも堤防上端よりも街側に位置し、運転を誤っても転落しないようにしてあります。堤防より川側が5割勾配。その先に15 mほどの平坦部があって、川面に続きます。新潟市が植栽や東屋・ベンチなどを設置し、河川と一体となった親水空間としての役割を持ちます。図3や図4のように見た目でも勾配の小さい堤防であることがわかります。多くの市民や観光客が、この信濃川やすらぎ堤緑地の散歩を楽しんでいます。

図2 やすらぎ堤と緑地の断面図(信濃川下流河川事務所のホームページより転載)
図2 やすらぎ堤と緑地の断面図(信濃川下流河川事務所のホームページより転載)
図3 信濃川から見たやすらぎ堤。堤防の勾配が緩いことがわかる(筆者撮影)
図3 信濃川から見たやすらぎ堤。堤防の勾配が緩いことがわかる(筆者撮影)
図4 子供のサイクリングもこのやすらぎ堤なら安心できる(筆者撮影)
図4 子供のサイクリングもこのやすらぎ堤なら安心できる(筆者撮影)

GoToトラベルでぜひ

 洪水や津波の被害から街を守りつつ、そこに憩いで集う人たちの安全にも配慮する、日本一の大河の下流だからこそ見ることのできる知恵があります。ぜひ秋の観光で新潟市にお越しいただき、実感してみてください。

水難学者/工学者 長岡技術科学大学大学院教授

ういてまて。救助技術がどんなに優れていても、要救助者が浮いて呼吸を確保できなければ水難からの生還は難しい。要救助側の命を守る考え方が「ういてまて」です。浮き輪を使おうが救命胴衣を着装してようが単純な背浮きであろうが、浮いて呼吸を確保し救助を待てた人が水難事故から生還できます。水難学者であると同時に工学者(材料工学)です。水難事故・偽装事件の解析実績多数。風呂から海まで水や雪氷にまつわる事故・事件、津波大雨災害、船舶事故、工学的要素があればなおさらのこのような話題を実験・現場第一主義に徹し提供していきます。オーサー大賞2021受賞。講演会・取材承ります。連絡先 jimu@uitemate.jp

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