「加熱式タバコ」はアルツハイマー型「認知症」の進行に悪影響をおよぼす? 広島大学などの研究
認知症はいくつかの病気を包括して呼ぶ総称だが、アルツハイマー型認知症はその7割近くを占める。喫煙がアルツハイマー型認知症の発症や進行に影響をおよぼすことは知られていたが、加熱式タバコについての新たな研究結果が発表された。
喫煙は認知症のリスクを高める
認知症は高齢化社会での大きな問題であり、日本では65歳以上の認知症の患者数が2025年に約730万人、2060年には1100万人以上になるという推計もある(各年齢の認知症の危険因子となる有病率が、2012年から2060年までの間、ずっと20%上昇し続けると仮定した場合、※1)。
認知症には、アルツハイマー型認知症(約68%)、血管性認知症(約20%)、レビー小体型認知症(約4%)などがある。喫煙は、認知症、特にアルツハイマー型認知症のリスク因子であり、喫煙者がアルツハイマー病になるリスクは2.3倍というような研究がこれまで数多く出され、受動喫煙も認知症リスクを高めることがわかっている(※2)。
加熱式タバコはどうか
では、加熱式タバコは、アルツハイマー型認知症の発症や進行にどのような影響をおよぼすのだろうか。
広島大学大学院医系科学研究科などの研究グループは、実験用マウスを使い、加熱式タバコの喫煙が脳へおよぼす影響を調べた研究結果を科学雑誌に発表した(※3)。
認知症は、症状が出る前に長い前駆期と呼ばれる期間があり、その間に徐々に病気が進行する。同研究グループは、アルツハイマー型認知症の前駆期を模倣した実験用のモデル・マウス(オス・メス)を用い、ピストンシリンダーによる簡易な加熱式タバコの喫煙装置を作って、加熱式タバコからのタバコ煙をマウスに長期間さらす(曝露する)実験系を作成した。
マウスが加熱式タバコにさらされ、体内に吸引しているかどうかは、ニコチンの代謝物であるコチニンの濃度を測定すること、実験後の解剖でタバコ煙曝露に特有な肺などの炎症性サイトカインなどの遺伝子発現を調べることで評価した。
また、加熱式タバコの喫煙の長期の影響を調べるため、合計80匹のマウス(※4)を加熱式タバコの曝露群と普通の空気群に分け、曝露群を16週(4カ月、週5日間)タバコ煙にさらした。
非炎症系へ何らかの影響が
その結果、アルツハイマー型認知症の前駆期にあらわれる大脳のアミロイドプラーク沈着やアルツハイマー型認知症の原因とされる神経の炎症、アルツハイマー型認知症の原因の一つとされるミクログリアの活性化などについて、加熱式タバコの喫煙による影響は特にみられなかった。
一方、加熱式タバコの喫煙にさらされた群のマウスの発現遺伝子に違いがあり、282個の遺伝子が変化していた。
同研究グループは、変化した遺伝子は、脳下垂体のホルモンや神経ペプチドホルモンを活性化したり、中枢や末梢神経に発現する神経ペプチドのガラニンを認識するガラニン受容体(ニコチン依存症に関係する受容体)の活性化に関連しているとし、これまであまり知られていなかったアルツハイマー型認知症の非炎症系の経路に加熱式タバコが影響をおよぼしているのではないかと考えている。
ストレスなどから生じるこうした非炎症系、内分泌系の乱れは最近、アルツハイマー型認知症の発症や進行と関係しているのではないかとされ(※5)、加熱式タバコが非炎症系へ影響すると考えられるならば、加熱式タバコを喫煙することでアルツハイマー型認知症の進行にも何らかの悪影響をおよぼす危険性がある。
同研究グループは、今後もヒトではできない加熱式タバコを使った動物実験を継続し、健康へどのような影響をおよぼすのかを研究していくとしている。
※1:内閣府、「高齢社会白書」平成29(2017)年版
※2-1:A Ott, et al., "Smoking and risk of dementia and Alzheimer's disease in a population-based cohort study: the Rotterdam Study" THE LANCET, Vol.351, Issue9119, 1840-1843, 1998
※2-2:Peter Mazzone, et al., "Pathophysiological Impact of Cigarette Smoke Exposure on the Cerebrovascular System with a Focus on the Blood-brain Barrier: Expanding the Awareness of Smoking Toxicity in an Underappreciated Area" International Journal of Environmental Research and Public Health, Vol.7(12), 4111-4126, 2010
※2-3:Jun Hata, et al., "Secular trends in cardiovascular disease and its risk factors in Japanese: half-century data from the Hisayama Study (1961-2009)" Circulation, Vol.128(11), 1198-1205, 2013
※2-4:D Juan, et al., "A 2-year follow-up study of cigarette smoking and risk of dementia" European Journal of Neurology, Vol.11, Issue4, 277-282, 2004
※2-5:Amber L. Bahorik, et al., "Early to Midlife Smoking Trajectories and Cognitive Function in Middle-Aged US Adults: the CARDIA Study" Journal of General Internal Medicine, doi.org/10.1007/s11606-020-06450-5, 2021
※2-6:Zeqiang Linli, et al., "Smoking is associated with lower brain volume and cognitive differences: A large population analysis based on the UK Biobank" Progress in Neuro-Psychopharmacology and Biological Psychiatry, Vol.123, 110698, 26, December, 2022
※2-7:Zhongxiao Wan, et al., "Secondhand smoke exposure and risk of dementia in non-smokers: A population-based cohort study" Neuroepidemiology, DOI: 10.1159/000535828, 28, February, 2024
※3:Hidetada Yamada, et al., "The long-term effects of heated tobacco product exposure on the central nervous system in a mouse model of prodromal Alzheimer's disease" scientific reports, 14, Article number: 227, 2, January, 2024
※4:15週齢。マウスはオスで生後8週齢前後、メスで生後5週齢前後以降で生殖可能になる。12カ月齢のマウスはヒトで約30歳、24カ月齢でヒトの約60歳に相当する。マウスの16週=4カ月はヒトでの約10年間に相当する。
※5:Ayeisha Milligan Armstrong, et al., "Chronic stress and Alzheimer's disease: the interplay between the hypothalamic–pituitary–adrenal axis, genetics and microglia" Biological Reviews, Vol.96, Issue5, 2209-2228, October, 2021