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シリア:ピスタチオの季節

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
ゆでピスタチオ。筆者撮影。

 シリアは今年も名産品のピスタチオの収穫期を迎えた。産地のアレッポでは、タイトルの写真のとおり乾燥させないゆでピスタチオが露店に現れ、筆者も10年以上ぶりにこれを賞味することができた。とはいっても、今期の収穫高も過去数年の低迷が続き、あまり思わしくはないようだ。これまでも何年かシリアのピスタチオの収穫について駄文を書いてきたが、2019年は豊作、2020年は不作、2021年、2022年は不作だった2020年の取れ高にも及ばない、4万5000トン程度に終わっている。繰り返すが、ピスタチオは「隔年効果」が現れやすい果樹で、栽培する側が丹念に管理しなければ豊作の年と不作の年を繰り返すそうだ。2019年が豊作の「表年」とすると、2020年が「裏」、2021年が「表」、2022年が「裏」となり、今年は「表」、つまり多少は取れ高が増えると見込まれるはずだ。しかし、シリア農業省ピスタチオ局の推計では今期の取れ高も約4万6000トンで、不作の年が4年も続いていることになる。

 不作の原因は、紛争や震災で産地が被害を受けたこと、畑を管理する人手が足りていないこと、生産に必要な設備も燃料も不足していることに加え、ここ数年シリアの果樹の生育地を襲う火災も相当な被害を及ぼしているようだ。シリアでは現地通貨の下落が著しく、物価も日々上昇して人民の生活を圧迫している。それでも、食料品については何らかの対策が講じられているらしく、外貨建てで換算すれば紛争勃発前とさほど変わらない価格で販売されている商品も多い(もちろん、シリアの通貨でしか収入がない者はそれでも致命的な打撃を受ける)。そんな中、乾燥ピスタチオは値上がりが著しく、普通の食料品の価格に比べると完全にぜいたく品の域に達したようだ。シリアのピスタチオは、フストゥク・ハラビーと呼ばれる独特のもので、他の産地のものに比べると小粒だが味が濃厚だ。現在のシリアにとっては、貴重な輸出品の一つでもある。そこで、農業省は2022年~2030年の栽培奨励計画を策定し、現在は6万ヘクタール弱の栽培面積を10万ヘクタール程度に拡大しようとしている。

 しかし、現在のシリアを巡る状況に鑑みれば、生産に必要な人員も、設備も、燃料も十分調達できるとは考えにくい。また、自然発火か何者かが放火しているかはさておき、山火事被害を防ぐための消防の人員も機材も、生産設備と同じく当面更新されずに朽ち果てていく可能性の方が高い。現在欧米諸国がシリアに科している経済制裁は、シリア人民を困窮させることが目的ではないとの建前だが、2023年2月の震災の時に対シリア支援が量も質も著しく立ち遅れたことに示されているように、現実にはシリア人民の苦境に拍車をかける効果しか上げていない。外交場裏では、シリア政府のアラブ連盟復帰(5月)や、トルコとの関係正常化交渉のような動きもあるのだが、これらは今のところ人民の生活に好影響をもたらすほどの具体的な社会・経済的な活動に結びついていない。結局のところ、シリア人民は改善の見込みのない苦境を明日も明後日もそれ以降も生き続けなくてはならないのだが、彼らのことを慮らずに、満ち足りた日本という安全地帯からことの好悪や正邪を論じるような議論が絶えないことに不毛な気持ちにならざるを得ない。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

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