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トルコとシリアの震災:なぜシリアへの支援は滞ったのか?

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
(写真:ロイター/アフロ)

 2023年2月6日未明にトルコとシリアでの震災が発生したが、被害が歴史的な規模にまで拡大したこともあり現地の政府や関連諸機関は当初から救助や救援に奔走した。折からの荒天と現地の混乱により、望ましい時宜に救援活動が行われなかったり、支援が届かなかったりしたこともあり、不満がでたのも事実だろう。しかし、シリアではこれとは別の理由により、明らかに救助と救援、特にシリア領内で人員や物資の移動が滞った。このような事態になってしまった最大の理由は、震災や支援の当事者の少なくとも一部に、2011年以来のシリア紛争での「敵味方」意識に固執して「敵」へと向かう支援を妨害したり、「味方」へと支援を誘導したりしようとした者がいたことがある。

シリア国内は複数の異なる勢力が割拠 主権争いが支援の道筋を阻む

 紛争の結果、現在のシリアは複数の当事者が同国の領域内を割拠している。シリア政府は沿岸部と大都市、東部や南部を制圧し、シリア国内の主要部を制圧している。一方、北東部の諸県はアメリカの支援を受けるクルド民族主義勢力が占拠している。戦闘や人道状況で何かと話題になるイドリブ市とその周辺は、シリアにおけるアル=カーイダのシャーム解放機構(旧称:ヌスラ戦線)が占拠している。また、シリア北西部と北部のトルコとの国境沿いの地域の一部は、トルコ軍が占領している。これに加えて、アメリカ軍はシリア国内に違法に拠点を設置し、イラクとの国境に位置するタンフを占領してシリア・イラク間の往来を妨げている。今般の震災で特に被害が大きかったのは、沿岸部のラタキア県、タルトゥース県、震源地に近いアレッポ県、イドリブ県、ハマ県だが、勢力分布で言うとこれらの地域はシリア政府の制圧地、トルコ軍の占領地、シャーム解放機構の占拠地、クルド民族主義勢力の占拠地に分かたれている。震災の被害は、長年の紛争ですでに甚大な被害が生じていたシリア領内の諸当事者の手に負えるものではなかったので、国際的な支援が不可欠となった。ここで、世界各国から寄せられる支援を、「だれに」、「どこに」、「どのように」搬入するかが問題になった。また、アメリカなどの諸国がシリア政府に科している経済制裁も、必要な資金や物資の送付を妨げるものとして機能した。

 紛争でシリア政府と敵対した諸当事者は、(弾圧や大量破壊兵器使用などの)問題があるシリア政府の正統性を否定し、経済制裁を科すだけでなく汚職や横領の可能性を指摘してシリア政府を通じた支援の提供をしたがらなかった。一方、シリア政府にとって自国の領域の占拠は、誰がしていようとも重大な主権侵害であり、領域を占拠する諸当事者に政府を無視して支援を提供することは認め難かった。こうして、未曽有の災害への対応で必要なはずの、諸当事者による最低限の意思疎通や連携もが阻害されかねない状況が生じた。

政治的対立によって遅れた欧米各国の支援 

 口火を切ったのは、イギリス政府だった。2月7日に、イギリスの閣僚や国会議員が、震災直後に政府軍が「反体制派」に砲撃をしたと述べたとの報道が出回ったのである。ところが、この報道では、攻撃について誰がその情報を得たのかがあいまいになっている。イギリスの公的機関が攻撃についての情報を入手したというのなら、その旨公表すればいいだけだが、そうした形跡も見られない。また、攻撃があったとされた現場で、それを確実に裏付けるような情報も発信されていないようだ。震災被害の実態が判明するのに先立って政府軍による攻撃情報が流布したことは、これまでの制裁・経済封鎖を継続し、シリア紛争の「敵方」には同情も支援もしないことを正当化するための印象操作のようだった。

 こうして、未曽有の震災被害への支援についての議論と実践は、シリア紛争の枠内へと取り込まれていった。被災地の「どこで」、「だれが」支援が届かずに困っているとの情報も、発信者の政治的立場に沿ったものとなり、幾重もの検証が必要になっている。シリア政府は震災を契機に欧米諸国による制裁の不当性を訴え、その解除を求める広報活動を強化した。これに対しては、各国による支援の受け入れに乗じてシリア政府が「国際的孤立」を脱却しようとしているとの指摘があった。また、シャーム解放機構の占拠地への支援の遅れは政府の「妨害」が原因だとの主張も出た。本来、シャーム解放機構は、アメリカも、トルコも、国連もテロ組織に指定している団体なので、同派が占拠する地域に支援を行うのはどのような当事者でも慎重にならざるを得ない。だが、この問題にちゃんと触れた報道や分析はほとんどない。援助の実態を検証しようという機運もない

 諸当事者が紛争による「敵味方」意識を引きずって対応が遅れる中、日本政府は比較的早期にシリア政府への支援を決定した。EU諸国はシリア政府や公的機関との接触を嫌い、赤十字・赤新月社を通じた支援を行った国も物資の荷揚げを隣国のレバノンで行うなどの「遠回り」をしたが、日本政府からの支援は航空機によりダマスカス国際空港に到着し、シリアでも大きく報じられた。日本からの物資が到着したのは2月15日だったが、EUからの物資を積んだ航空機がダマスカス国際空港に初めて着陸したのは2月26日だった。シリアの報道機関は各国からの援助実施や弔意の表明について逐一報道しているので、上記のような支援を実施した日本政府やその当局者の判断は、「ファインプレー」と評してもよい。なぜなら、シリア政府との政治的な対立を理由に、未曽有の災害に苦しむ人民への支援も弔意の表明もしなければ、シリア人民の対日感情の悪化は避けられないからだ。

長く紛争によって分断されてきたシリアの人々 「和解」の機運も乏しく

 諸当事者による「敵味方」意識に囚われた振る舞いの中には、「なんだか感じ悪い」ものも含まれた。国連などに対する意見表明には罵詈雑言の類も見られたし、シャーム解放機構の占拠地にいると思しき「活動家」たちは、シリアの公的機関の者たちによる支援物資の横領や横流しの場面と称する動画を執拗に拡散し、「あっちにではなくこっちに支援を回せ」とのメッセージを発信し続けた。本来、シリア政府の制圧地で暮らす一般のシリア人民(特に被災者)は、「活動家」たちにとっても「悪の独裁政権」であるシリア政府から解放すべき同胞のはずなのだが、「あっちに支援を回すな」というネガティブキャンペーンは、そうした同胞たちから食料や衣類を取り上げ、自分の仲間の方に誘導しようとする行為に見えてならない。一般のシリア人民を「悪の独裁政権」と同一視するかのようなネガティブキャンペーンからは、過去10年以上にわたりシリアでの「革命」が成就しない理由が、「革命」を唱導する側の資質の不足にもあることを強く感じざるを得ない。

 ここで気になるのは、「活動家」やその仲間たちの態度にみられるような、シリア人としての連帯感や仲間意識が、紛争での「敵味方」意識によって大きく損なわれてしまっているのではないかという点だ。どの勢力の下に居住するか、国外で保護を受けられるか否かで人々の経験と意識は異なる。これは、紛争の解決の過程や今般のような緊急事態に直面した際、シリア人民が仲間として共同体を機能させることができるかという問題だ。

 この問題についてはシリア政府も関心を持っているようで、2021年度と2022年度に筆者らが実施した世論調査で、関連の質問を設けることができた。「中東世論調査(シリア2021-2022)」には、「6-4. 以下の問題にシリアの市民はどの程度関心があると思いますか」との質問に「シリア国民としてのまとまりの強化」と、「異なった政治姿勢や意見を持つ市民どうしの理解を深める努力」という項目を設けた。これに「大いに関心がある」、「関心がある」と回答した者の合計数は、「汚職の撲滅」、「テロの根絶」、「シリア領内からの違法な外国軍の退去」など13項目中、11番目と12番目にとどまった。

「中東世論調査(シリア2022)」では、「4. シリアでは、武力紛争はおおむね収束しましたが、今も困難な状況下にあります。この困難な状況下でシリアが取り組むべき問題を三つ選んでください」との質問を設けたが、紛争で対立した人々の和解を意味する「地元和解プロセス」を挙げた数は、13項目中12番目に過ぎなかった。国外に逃れた者たちの意識については、「中東世論調査(トルコのシリア難民2019)」で「A.08. シリアの市民社会が取り組むべき優先事項だと思う課題を三つ選んでください」と尋ねた。こちらも、「地元での和解プロセス」を挙げた数は10項目中最下位にとどまった。

 つまり、震災前の段階でのシリア人の意識では、シリア国内の調査でもトルコでの調査でも異なる政治的立場の人々の理解の深化や和解という問題が、治安や経済問題に比べて重視されていなかったということだ。このため、今般の震災で対立する諸勢力間の和解や協力の機運が乏しいように見えるのは、こうした意識の影響を受けたものであると思われる。また、こうした状況に乗じて国際的な同情と支援の奪い合いを煽るような広報活動を行った者たちは、眼前の政治・軍事状況にこだわるあまり「シリアを住みよい国にする」という大局を見失ってしまったと言える。

【この記事は、Yahoo!ニュース個人編集部とオーサーが内容に関して共同で企画し、オーサーが執筆したものです】

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

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