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日本人は、森が嫌い? 

田中淳夫森林ジャーナリスト
日本人は、森よりも海浜や高原を好むアンケート結果が出ている

私が取材で訪れた森林地域を紹介した森歩きの本がある。そこには美しい森林の写真が載せられているのだが、それを見た読者の反応に、ある傾向があることに気づいた。

「ここは行きたくなるね」と感想を述べられた写真は、幾つかに集中しているのだ。

まず北海道の釧路湿原を見渡せる高台の写真。まるで海(湿原)に突き出た岬のような風景のところだ。

次に高知県の天狗高原。カルスト台地になっていて、白い岩が点々と突き出した草原の写真だった。

ほかにも白樺の点在する高原や湖のほとり、そして沖縄の海辺の景色が喜ばれた。

この結果に、私は苦笑いをした。それらは、いずれも本当の意味での森ではない場所ではないか。生い茂る木々が少なく、視界の広がる風景の写真ばかりを好ましいと選んだのだから。生い茂る森は気に入らなかったのだろうか。

そういえば各地に森林公園はあるが、そこにある森の中の遊歩道を歩いても、意外と人と出会うことは少ない。むしろ公園の一角に設けられた芝生の広場に溜まっている人々や、売店とか展示施設に多くの人の姿を見る。どうやら木々に覆われた空間に入るのは「怖い」らしいのだ。

「森は好きですか?」と聞けば、たいていの人は「イエス」と応える。少なくても嫌いとは言わない。

だが、本当に人は、とくに日本人は、森が好きなのだろうか。

その疑問の答を探るのに参考になるアンケートがある。ドイツと日本の各都市の市民に「森林散策は好きか嫌いか」を尋ねたものだ。

各都市の数値を見比べると、「好きでない」と応える割合が、日本の場合非常に高いことに気づく。たとえば東京では半数近い。旭川市や宮崎氏など地方都市でも20~30%に達する。さらに口では森を好きと答えても、森林散策の経験者は少なく、積極的に行きたいという答は多くはない。また訪ねたい景観の項目では、「高原」や「海浜」が上位に来る。

ところがドイツでは、森林散策が好きでない人は数%にすぎず、大半が好きだと答える。口にするだけではなく、日常的に森林散策を行っているようだ。そして好きな景観も、高原や海浜より、圧倒的に森林が支持された。

もう一つ面白いアンケート結果がある。これは日本人向けに好きな景観を調べたものだが、人工林と天然林のどちらが好きか問うと、多くの人が天然林と答える。ところが双方の森林の写真を見せると、人工林の写真を選ぶケースが多いのだ。そもそも人工林と天然林を区別できない人が多く、イメージで「天然林の方がよい」と答えていたのである。

私も、思い当たる経験があった。町内会の行事で私はイベント担当となったので、希望者をハイキングに引率した。私が選んだのは、あまりポピュラーではないコースである。

最初は雑木林、つまり広葉樹林の中を進むが、しばらくすると、人工林の中を抜けるコースになる。さほど手入れが行き届いた人工林ではなかったが、真っ直ぐ伸びた幹が林立しており、林床に草がなく見通しのよい森になっていた。すると、参加者の多くが「うわ~」と感嘆の声を上げたのだ。あきらかに人工林の方を美しい景色と感じた様子だった。

そして最終目的地である芝生の広場に到着して、みんなリラックスしたのである。

日本は森の国と言われ、事実、現在は国土の7割近くが森林に覆われている。日本文化の多くも森から生まれ育まれた。しかし、現在の日本人は、森を嫌っているかのようだ。実際に入った人も少なく、森に対する基本的な知識にも欠けているのが実情ではなかろうか。

好まれる森と嫌われる森。その違いはどこにあるのだろうか。私は、一つの要素に「見通せる距離」があるように思う。

下草刈りや間伐を行うなど手入れされた人工林は、木と木の間から遠くまで見通せる。だが天然林の多くはブッシュ化していて、あまり奥まで見えない。なお人工林も手入れがされていないと、林内に草や低木が密生していて暗くなっている。

鬱蒼としている森は、暗くて敵対者や獣、崖など危険の接近に気づきにくい。また道に迷うなど、生死に関わることも起こる。周りがよく見えない状況は、人を不安にする。それらが妖怪のような不可思議な存在を想起させるのかもしれない。そして恐怖の源になるのではないか。

ヨーロッパの森林は、冷涼な気候のためか天然林でも草や灌木が少なく、比較的遠くまで見通せるそうだ。この差が森の好き嫌いに影響している可能性はあるかもしれない。

だが日本人は、一方で森の恩恵も多々受けてきた。

森は、食料や道具の材料を提供してくれたり、自身の身を隠し、敵との防御壁の役割も果たす。森林散策の際も、木々に包まれ周囲の眼から遮断されることで癒される心理効果がある。周りの木々を害敵の潜む陰と捉えるか、自らに益をもたらしたり守ってくれる世界と感じるかによって、森に対するイメージは大きく変わる。

森に守られている、森のおかげで生き長らえている、と感じることができた時、日本人は森を本当に好きになれるのかもしれない。

森林ジャーナリスト

日本唯一にして日本一の森林ジャーナリスト。自然の象徴の「森林」から人間社会を眺めたら新たな視点を得られるのではないか、という思いで活動中。森林、林業、そして山村をメインフィールドにしつつ、農業・水産業など一次産業、自然科学(主に生物系)研究の現場を扱う。自然と人間の交わるところに真の社会が見えてくる。著書に『鹿と日本人 野生との共生1000年の知恵』(築地書館)『絶望の林業』『虚構の森』(新泉社)『獣害列島』(イースト新書)など。Yahoo!ブックストアに『ゴルフ場に自然はあるか? つくられた「里山」の真実』。最新刊は明治の社会を揺り動かした林業界の巨人土倉庄三郎を描いた『山林王』(新泉社)。

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