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母乳与えることも許されず…。事故なのに虐待疑われ8か月間引き離された母子の取り戻せぬ時間《後編》

柳原三佳ノンフィクション作家・ジャーナリスト
母親と乳児の愛着形成をはかる大切な授乳。親子分離で奪われた時間はもう戻らない(写真:アフロ)

★前編の記事

『生後間もない愛娘と8か月間の面会制限。「児相の措置は違法」との判決に大阪・吉村知事が謝罪《前編》』

 から続きます。

■我が子が飲むはずだった母乳を捨てるときの辛さ

 虐待を疑われ、A子さんが児童相談所によって一時保護されていた長女のBちゃんにようやく会えたのは、面会制限されてから約2か月後、Bちゃんがもうすぐ4か月になる頃でした。

「抱っこすると、ずっしりと重たくなっていました。久しぶりに母乳を飲んでもらえるかなと思ったのですが、イヤイヤされてしまい、『ママのこと、忘れちゃったの? 哺乳瓶に慣れちゃったのかな……』と。いろいろな思いが溢れてきて、すごくショックでした。母乳を少し絞ってはお口に近づけてみる……、何度か繰り返すと、思い出したように飲んでくれました。少し飲んだら、飲みながら眠ってしまい、その顔はとてもかわいく、愛おしかったです」

 実は、A子さんはBちゃんと面会制限された後、すぐに、児相の担当者へ母乳を与えたいと願い出ていました。しかし、直接の授乳は認められず、搾乳した母乳を冷凍し預けることも「安全性の面で問題がある」という理由で断られたといいます。

「母乳は飲んでもらえないと出なくなってしまいます。このときの私は、まだ鑑定結果を聞いていなかったので、『事故であることはすぐにわかってもらえる、Bちゃんはすぐに帰してもらえる』と思っていました。なので、電動搾乳器をレンタルし、いつ帰ってきても母乳で育てられるよう、毎日2~3時間おきに搾乳していました。搾乳しているときは、おっぱいを飲んでいるときの幸せそうな表情や、抱っこしているときの温かさをどうしても思い出してしまいます。でもBちゃんはいません。裁判でも証言しましたが、Bちゃんが飲むはずだった母乳を捨てるときの気持ちは、言葉にはできないほど苦しく、悔しい気持ちでいっぱいでした」

面会制限の時期、は搾乳をしては母乳を捨てる日々だったという
面会制限の時期、は搾乳をしては母乳を捨てる日々だったという写真:アフロ

■面会制限から半年、やっと1日30分間だけの面会を許可されて

 乳児院でBちゃんと毎日の面会が許可されたのは、面会制限されてから半年後、Bちゃんはすでに7か月を過ぎていました。とはいえ、会えるのは、当初わずか30分。離乳食を済ませたBちゃんを、A子さんの待つ別室へ連れてくるというかたちです。

「なぜ30分だけなのかと尋ねると、センターの担当者には『授乳を通して、愛着形成を』と言われました。でも、それは生後3か月ぐらいまでで、7か月といえば人見知りが始まり、自分の養育者が誰なのか定まってくる時期です。Bちゃんにしてみれば、いつもお世話してくださる職員さんと離れ、まだ母親と認識できていない私と2人きりになり、とても不安だったと思います」

 大学で福祉を学び、親子の愛着形成等について専門的な知識を有していたA子さんは、児童相談所の頑なな対応に疑問を感じざるを得なかったと言います。

「とにかくBちゃんには、私に安心感を覚え、自分のことを守ってくれる存在だと認識してほしかったので、嫌がれば無理に授乳はしませんでした。そして短い時間でしたが、遊んだり、抱っこしたり、歌を歌ったり、少しずつ関係を築いていけるよう努力しました」

 実はこの時期より前、一時保護延長の審判の際、家庭裁判所は「子どもを家庭に帰す方向に向けて、他の医師にセカンドオピニオンを取り、再検討を始めるべき」という指示を児相へ出していました。ところが児相はそれを無視し、セカンドオピニオンをとることもせず、Bちゃんを長期間施設入所させる審判を申し立てました。そして、一時保護を継続し、面会制限を続けていたのです。

 結局、正式に一時保護が解除されたのは、一時保護から約8か月後。Bちゃんはすでに生後9か月になっていました。

 今回の裁判で、大阪地裁は児相に対して「特定の医師の見解を絶対視することは避けるべきであった」と指摘。家裁の忠告を受けた後にセカンドオピニオンを求めていれば、一時保護の必要がないことは認識できたはずなので、審判日から1か月以降の一時保護継続については違法と認定しました。そして、高裁も同じく違法と認め、判決文には以下のように記したのです。

【大阪高裁の判決文より抜粋】

『原告は、生後間もない乳児であった本件児童に対する授乳等を通じた愛着形成の機会や、お宮参り等の様々な行事等を通じて思い出作りをしながら本件児童の日々の成長を見守るかけがえのない時間を失ってしまっただけでなく、親子分離によって本件児童の健全な成長に悪影響が生じないかという強い不安を抱いたことは容易に想像可能であるから、原告が被った精神的苦痛は相当なものであったと評価すべきである』

正式に一時保護が解除された直後のBちゃんを抱き、ミルクを与えるA子さん。離れていた期間は約8か月、すでに生後9か月を過ぎていた(筆者撮影)
正式に一時保護が解除された直後のBちゃんを抱き、ミルクを与えるA子さん。離れていた期間は約8か月、すでに生後9か月を過ぎていた(筆者撮影)

■親子分離、面会制限は国家による『虐待』となりうる

 A子さんの代理人をつとめた秋田真志弁護士は、今回の判決についてこう語ります。

「原告のA子さんは、児相に対し粘り強く面会制限の法的根拠を尋ね、Bちゃんとの面会を求め続けました。にもかかわらず、約5か月にわたって面会制限が行われました。これについて今回の判決は、『法令上の根拠に基づかない強制的な面会制限』であったと認め、違法と判断しました。児相が強制的に面会制限を行えるのは、児童虐待防止法12条に基づく『行政処分』という手続が行われた場合だけです」

 ちなみに、その処分は「虐待を受けた児童について、当該児童虐待を行った保護者との面会を制限する」というもので、児童虐待の事実が具体的に認定されている必要があります。ところがA子さんの場合、虐待の認定をされたわけではなく、実際に「面会制限の行政処分」は行われていなかったのです。

 秋田弁護士はその点について厳しく指摘します。

「児相がそのような親子分離を正当化しようとする論理は、『受傷の原因が確定できないため具体的な再発防止策を講じることができない』というものでした。しかしそれは、児相が母親であるA子さんの説明を信用しようとせず、無視したからです。親子分離、面会制限は、それだけでは『チャイルドファースト』とはいえません。児相にはその発想が抜け落ちています。むしろ形を変えた国家による『虐待』となりうることを忘れてはなりません。大阪府、児相には、十分に反省、検証をしていただきたいと思います」

<秋田弁護士による全コメント>

SBS(揺さぶられっ子症候群)を考える – 揺さぶられっ子症候群と冤罪を考えるブログ

2023年7月、東京高裁でSBS問題について会見を行う秋田真志弁護士。SBS検証プロジェクトの共同代表をつとめながら、多くのSBS冤罪事件で無罪を勝ち取ってきた(筆者撮影)
2023年7月、東京高裁でSBS問題について会見を行う秋田真志弁護士。SBS検証プロジェクトの共同代表をつとめながら、多くのSBS冤罪事件で無罪を勝ち取ってきた(筆者撮影)

■8か月ぶりに自宅に戻ってきた我が子

 事故から間もなく5年、A子さんは振り返ります。

「事故とはいえ、一時的に虐待を疑われたことは仕方のないことなのかもしれません。でも、児相は自分たちが依頼した鑑定医の誤った鑑定書だけを妄信し、Bちゃんと私を引き離しました。その結果、私たち親子は決して取り戻すことのできない、かけがえのない時間を奪われました。児相には、目の前の私とBちゃんにしっかり向き合ってほしかった。今回の一時保護は娘にとって本当に幸せだったのか、考えていただきたいです。そして、大阪府知事は、母親の私にではなく、たくさんの権利を制限されたBちゃんにこそ謝ってほしいです。Bちゃんは満足に抱っこもしてもらえず、家族からも離され、ひとりぼっちで乳児院で頑張ってくれていました。娘にも愛される権利、大切にされる権利はあります。虐待の疑いがあったとはいえ、娘の権利を蔑ろしにしていいわけではありません」

 一方、A子さんは決して「一時保護」を否定しているのではなく、大阪府や児相の現在の実務に混乱を招くことは本意ではないと言います。

「一時保護はとても大切な制度ですし、必要です。だからこそ、違法にならないよう丁寧に仕事をしていただきたい、そして、権力を振りかざすのではなく、適切に行使していただきたいのです。そのためには、今回の件で何が起こったのかをしっかり検証し、必要のない親子分離や面会制限が再び繰り返されないことを、強く、強く願っています」

 ユニセフのサイトには「適切な新生児ケアの鍵となるのが、母乳による育児」と題して、次のように記されています。

母乳は赤ちゃんにとって必要な全ての栄養素を供えた「完全食品」と言われています。成長に必要な栄養素のみならず、様々な病気やアレルギーから赤ちゃんを守る免疫物質も含まれています。また、授乳時にお母さんと触れ合うことで、赤ちゃんの精神的な発達にも大切な影響を与えているとも言われています。

 子育て中は、ときとして不慮の事故も起こりえます。虐待かどうかがわからない段階で、赤ちゃんが母乳を飲む権利、母親に抱かれるかけがえのない時間まで奪うのではなく、たとえば、一時保護の期間中であっても、第三者立会いの下での授乳やスキンシップを可能にするなど、早急に検討を進めるべきではないでしょうか。

 本件の判決をきっかけに、全国の児童相談所において適切なマニュアルが作成されることを期待したいと思います。

<追記>

*本稿を入稿後の10月27日、大阪府の吉村知事は、『児童虐待防止法第 12 条の要件を具備しない場合に 必要な面会・通信制限について(要望)』という要望書を、内閣府特命担当大臣(こども政策) 加藤鮎子氏に出しています。この件については改めてレポートできればと思います。

ノンフィクション作家・ジャーナリスト

交通事故、冤罪、死因究明制度等をテーマに執筆。著書に「真冬の虹 コロナ禍の交通事故被害者たち」「開成をつくった男、佐野鼎」「コレラを防いだ男 関寛斉」「私は虐待していない 検証 揺さぶられっ子症候群」「コレラを防いだ男 関寛斎」「自動車保険の落とし穴」「柴犬マイちゃんへの手紙」「泥だらけのカルテ」「焼かれる前に語れ」「家族のもとへ、あなたを帰す」「交通事故被害者は二度泣かされる」「遺品 あなたを失った代わりに」「死因究明」「裁判官を信じるな」など多数。「巻子の言霊~愛と命を紡いだある夫婦の物語」はNHKで、「示談交渉人裏ファイル」はTBSでドラマ化。書道師範。趣味が高じて自宅に古民家を移築。

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