生後間もない愛娘と8か月間の面会制限。「児相の措置は違法」との判決に大阪・吉村知事が謝罪《前編》
■児相による一時保護継続と面会制限を「違法」とした判決
2023年9月11日、吉村洋文大阪府知事は、大阪府が被告となっていた民事裁判で上告しないことを明らかにし、原告である母親に謝罪しました。
まずは、当日の囲み会見(以下、動画の冒頭、6:10~8:30粋)のコメントより抜粋します。
【吉村洋文・大阪府知事のコメント】
平成30(2018)年12月に、池田子ども家庭センター(児童相談所)で女児を一時保護し、面会制限の可否について裁判になっている事案について、大阪府の主張が認められない判断が下されました。
この間、最高裁に上告するかどうか検討していましたが、高裁の判断を厳粛に受け止め、上告しないという判断をしました。面会制限についてはきちんとマニュアルに定めて厳格に運用していくという方針をとっていきます。
今回の事案において、保護者の方が、女児、自分の娘と会えない時があったことについてお詫びを申し上げます。
児童相談所(以下、児相)による一時保護継続と面会制限に関する判断を「違法」とした初の判決。行政がその非を認めて原告に謝罪し、運用の見直しを図ると宣言したこと自体は評価すべきでしょう。
しかし、失われた時間を取り戻すことはできません。原告である母親のA子さんは、2021年10月、大阪地裁の証言台でこう述べました。
「Bちゃんが飲むはずだったおっぱいを捨てるときは、本当に辛かったです。お食い初めも、お宮参りも、何もしてあげることができませんでした。なぜ虐待だと決めつけられるのか、事故だということはどうやってわかってもらえばいいのか……、本当に不安で、辛かったです」
あの尋問から2年、地裁に続き、高裁でもA子さんの訴えは認められました。
大阪高裁は2023年8月30日、被告(大阪府)側の控訴を棄却。府に対して132万円の損害賠償を命じる判決を下したのです(裁判長裁判官/黒野功久、裁判官/馬場俊宏、田辺麻里子)。
では、この母子はなぜ、長期間の面会制限を余儀なくされたのか。また、裁判所が児相による措置を「違法」とした理由は何だったのか……。
事故から高裁判決確定まで、約4年9カ月間の経緯を振り返ります。
■1人の医師の鑑定だけで「揺さぶり虐待」を疑った児相の対応
事故が起こったのは、2018年末のことでした。
A子さん(36)は、当時生後1か月だったBちゃんを抱っこしながら、テーブルの上のグラスを取ろうと右腕を伸ばしました。そのとき、Bちゃんが左腕からするりと床の上に落ちてしまったのです。
ごつんと頭を打ったBちゃんは大きな声で泣き出し、不安になったA子さんはすぐに救急車を呼びました。
「搬送先の病院で、頭の骨が2か所折れているという診断を聞いたときは、本当にショックでした。幸い意識ははっきりとしていて、手術の必要もないとのことでしたが、我が子にケガをさせてしまったことはとても申し訳なく、自分を責めるばかりでした」(A子さん)
Bちゃんの症状は安定していましたが、頭を打っていたため入院することになりました。 一方、病院は家庭内での重大事故のため、虐待の可能性も否定できないことから、念のため児相へ通告。そして、3日目には病院預かりで「一時保護」となったのです。
とはいえ、A子さんに特別な制限は科せられず、病院では毎日Bちゃんを抱っこして母乳を与えたり、沐浴やおむつ交換などをおこなったり、時間の許す限り自分で世話を行うことができたといいます。
■「揺さぶり虐待」疑われ、突然引き離された母子
ところが事故から約2週間後、Bちゃんは突然A子さんの前から姿を消しました。児相によって面会制限の措置が取られ、その日から一切会えなくなってしまったのです。どこの乳児院にいるのかも教えてもらえませんでした。
面会制限から約1か月後、A子さんは、児相との面談のなかで、児相の鑑定医による鑑定結果を告げられます。それは、「1度の落下で2か所の骨折は説明できない。脳の出血は、かなり大きなエネルギーで揺さぶられて生じた(*乳幼児揺さぶられ症候群)と考えられ、虐待が疑われる」というものでした。
これを聞いたA子さんは驚きました。Bちゃんには下記のSBSの3徴候がひとつもなく、
「揺さぶり」を疑われていたとは全く思いもよらなかったからです。
「乳幼児揺さぶられ症候群」は、乳幼児を強く揺さぶったことによって起こるとされている傷病名で、英語では「Shaken Baby Syndrome」と言い、その頭文字をとって「SBS」と呼ばれています。最近では、「虐待性頭部外傷(Abusive Head Trauma)」を略して、「AHT」と表記されることもあります。
医学的には赤ちゃんの外表には目立った外傷がないのに、頭蓋内にだけ、
①硬膜下血腫/頭蓋骨の内側で出血し、硬膜下という部分に溜まった状態
②眼底出血(網膜出血)/網膜の血管が破れて出血している状態
③脳浮腫/脳の組織内に水分が異常にたまった状態
という3つの症状(三徴候)があれば、「虐待の可能性が高い」と、ほぼ機械的に診断され、これまで多くの保護者が「子どもと一緒にいた」というだけで虐待を疑われてきました。
しかし近年、このSBS理論には専門家から疑問の声が上がっていました。
2019年2月には、東京の弁護士会館で国際シンポジウムが開催され、SBS問題に対峙してきた海外の専門家らが、多くの症例と自身の経験も踏まえた多角的な研究に基づいて、「三徴候が見られる乳児が『揺さぶられた』という推定に科学的根拠はない」とはっきり言い切っています。
実際にここ数年、SBSを疑われて刑事訴追された保護者に対して無罪判決が相次いでいるのです(以下の記事参照)。
「揺さぶられっ子症候群に科学的根拠なし」日弁連シンポで外国人医師らが警鐘- エキスパート - Yahoo!ニュース
■生れてはじめてのクリスマスに我が子の姿はなく…
A子さんは語ります。
「Bちゃんは私の大切な宝物です。そんなBちゃんを“大きなエネルギー”で揺さぶる理由がありません。私は虐待していません。だけど、今回、Bちゃんがケガをしたのは間違いなく私の責任です。しっかりとBちゃんを抱っこしていなかったから私が悪かったと児相には何度も伝えています。でも信じてはもらえていないようでした。どうすれば事故だとわかってもらえるのか……、とても不安でした」
A子さんは、Bちゃんにとってはじめてのクリスマスを祝おうと、ツリーに飾り付けをし、プレゼントを用意していました。しかし、一時保護はなかなか解除されず、結局、プレゼントは渡せないまま、新年を迎えることになったのです。
後でわかったことですが、SBSを疑う鑑定を行ったのは某大法医学教室の准教授でした。
本文わずか16行のこの鑑定書について大阪高裁は、「判断及びその前提となる画像読影の正確性に疑義を挟まざるを得ない」と指摘したうえで、「内容を信用するのは困難といわざるを得ない」としています。
結果的に、一人の医師の硬直的な判断と、それを他の医師によって検証することを怠った児相の対応が、親子分離の期間を引き延ばす結果となったのです。
乳飲み子のBちゃんと突然離れ離れになった母親のA子さん。母子はその後、どうなっていったのでしょうか……。
★本件のその後の経緯については、後編(以下の記事)に続きます。