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現代の「コネ採用」 人気なぜ

猪瀬聖ジャーナリスト/翻訳家
ココンで働く富樫英雅さんの入社のきっかけは、個人的なコネだった(筆者撮影)

「コネ採用」と聞くと、「親の七光り」や「政治家の口利き」など一昔前のネガティブなイメージを思い浮かべる人も多いかもしれない。しかし、実はここ数年、企業との個人的なコネを頼りに転職する動きが、キャリアアップを目指すビジネスパーソンの間で急速に広がっている。採用する企業側も歓迎ムードで、組織的にコネ採用を推進しているところも多い。「リファラル(紹介)採用」などとも呼ばれる、現代のコネ採用の実態と背景を取材した。

CTOとのコネ

 

サイバーセキュリティー事業を核にM&A(合併・買収)も駆使しながら急成長を続けるITベンチャーのココン(東京都渋谷区)は、毎年20人程度をコネで中途採用している。グループ全体の社員数が約300人であることを考えると、「かなり多い」(人事担当者)数だ。

 

コーポレート本部インフラ部長の富樫英雅さん(39)も、その一人。ITエンジニアである富樫さんは、昨春まで3年間、フィリピンのITベンチャーで働いていた。個人的な事情で帰国を決め、転職先を探そうとしていたところ、日本にいたころからずっと仲の良かった3つ、4つ年上の先輩から、ココンの最高技術責任者(CTO)を個人的に紹介された。先輩とそのココンのCTOは、IT業界の関係者が集う非営利団体での活動を通じ、互いに気心の知れた仲だった。

富樫さんは当初、転職サイトで就職先を探すことも考えていたが、信頼できる先輩からの紹介だったことから、CTOに会ってみることに。採用は最終的にCTOや社長との正式な面接を経て決まったが、「自分に関する情報は、あらかじめ先輩を通じてココン側に伝わっていたし、自分自身もココンに関する情報はCTOから事前に聞いていたので、面接は非常にスムースに進んだ」(富樫さん)。結果的に、仕事を通じて築いた個人的なコネが効いた格好だ。

75%が希望

人材サービス大手エン・ジャパンが運営する転職サイト「ミドルの転職」が、今年8~9月に実施した「リファラル(社員紹介)転職実態調査」によると、アンケートに回答した35歳以上の男女約2100人中、75%が「転職する場合、リファラル転職をしたい」と答えた。年収別で見ると、1000万円以上稼ぐビジネスパーソンでは、82%がリファラル転職を希望。同1000万円未満の74%に比べて8ポイントも高く、高収入のビジネスパーソンほどコネ重視の傾向が明らかになった。

また、実際にリファラル転職の機会を持ったことのあるビジネスパーソンの中で、選考試験を受け入社を決めた人の割合は、全体の29%。年収1000万円以上に限ると33%で、3人に1人は転職にコネを生かしていることになる。

双方にメリット

コネ採用が広がっているのは、採用する側とされる側、双方に利点があるためだ。

エン・ジャパンの別の調査で、企業にリファラル採用のメリットを聞いたところ、最も多い答えは「採用コストが削減できる」で76%だった。取材したあるベンチャー企業の採用担当者は、「人材サービス会社を通じて中途採用した場合、1人あたり200万円もの報酬を支払うこともあるが、社員の個人的な紹介で採用した場合は、その社員に紹介料として10万円の謝礼を渡すぐらいで、コストはほとんどかからない」と明かす。

企業が感じるメリットで次に多かったのは、「ミスマッチのない採用ができる」で57%。ホームページでの募集や人材サービス会社を通じての採用は、相手の能力や意向を十分理解しないまま採用してしまい、いざ働き始めたら「戦力にならなかった」という誤算が生じることも珍しくない。その点、リファラル採用なら、紹介者を通じて能力や意向を事前に把握できるため、誤算のリスクをかなり減らすことができる。

ある外資系IT企業の幹部は、「一般の採用面接の場で、応募者がどこまで本当のことを言っているのか見抜くのはなかなか難しい。実際、採用してみたら全然使えなかったという失敗例も少なくなく、それに比べればコネ採用には安心感がある」と語る。ミスマッチの少なさは、定着率の向上にもつながるという。

転職する側にとっても、コネ採用は、その企業で働いている友人や知人を通じて企業のマイナス面を含めた生の情報を得ることができるため、入ってから「こんなはずじゃなかった」と後悔せずに済む場合が多い。ココンの富樫さんも、「ミスマッチはなかった」と振り返る。

人手不足が拍車

コネ採用やコネ転職が活発になっているのは、最近ならではの事情もある。

一つはITエンジニアの不足だ。今やIT業界だけでなく、流通サービスや自動車などあらゆる業種でITエンジニアの需要が高まっており、ITエンジニアの確保に苦労する企業は少なくない。とりわけ、優秀かつ高い専門性を持ったITエンジニアは、一般の転職市場に自ら出てくることが、なかなかない。このため、エンジニア同士の個人的なネットワークやコミュニティーを頼りに欲しい人材を探す企業も多いという。

さらには、ソーシャル・ネットワーク・サービス(SNS)などを通じ個人のネットワークが拡大していることも、コネ転職が活発化する一因になっていると関係者は指摘する。

将来は主流に?

実は、日本の新卒一括採用のような採用慣行がなく、転職も盛んな海外では、コネ採用は不思議でも何でもない。日本でも、転職が普通の外資系企業の間では、一足先に転職した元上司や元同僚を頼って同じ会社に転職したり、逆に上司が信頼できる元の部下を自分の会社に誘ったりするケースが、昔からよく見られる。

また、現代のコネ採用が昔のコネ採用と決定的に違うのは、きっかけは個人的なコネであっても、採用の決め手になるのは、コネの強さそのものよりビジネスパーソンとしての能力や職務に関する専門性である点だ。

転職する側も同様の考えで、エン・ジャパンの調査によると、リファラル転職で入社を決めたビジネスパーソンの52%が、「事業内容・仕事内容に興味を持ったから」を最大の理由に挙げている。年収1000万円以上の人に限ると、同理由を挙げた人の割合は68%に達し、2位の「友人・知人が信頼できる人だったから」の43%を大きく上回った。

「コネも実力のうち」とは昔からよく言われることだが、終身雇用制が崩れ、雇用の流動化が一段と進む中、実力を伴った「コネ」は、キャリアを成功に導く重要なカギの一つとなりそうだ。

ジャーナリスト/翻訳家

米コロンビア大学大学院(ジャーナリズムスクール)修士課程修了。日本経済新聞生活情報部記者、同ロサンゼルス支局長などを経て、独立。食の安全、環境問題、マイノリティー、米国の社会問題、働き方を中心に幅広く取材。著書に『アメリカ人はなぜ肥るのか』(日経プレミアシリーズ、韓国語版も出版)、『仕事ができる人はなぜワインにはまるのか』(幻冬舎新書)など。

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