シリアへの越境人道支援の期間終了が迫るなかで暴露される政争の具としての人道主義
シリア内戦に干渉し続ける諸外国にとっての人道主義とは何なのかを考えさせられる日々が続いている。
越境人道支援
シリアでは、2014年7月14日に国連安保理で可決された安保理決議第2165号に基づいて、国連主導のもと、周辺諸国から反体制派支配地域に対して越境(クロスボーダー)人道支援が行われてきた。
決議は当初、トルコに面するアレッポ県のバーブ・サラーマ国境通行所(トルコ側はオンジュプナル国境通行所)とイドリブ県のバーブ・ハワー国境通行所(トルコ側はレイハンル国境通行所)、イラクに面するハサカ県のヤアルビーヤ国境通行所(イラク側はラビーア国境通行所)、そしてヨルダンに面するダルアー県のダルアー国境通行所(ヨルダン側はラムサー国境通行所)を通じた越境人道支援を認めていた。
同決議の有効期限は180日(2015年1月10日まで)とされたが、武力紛争が続くなか、安保理決議第2191号(2014年12月17日採択――2016年1月10日まで延長)、第2332号(2016年12月21日採択――2018年1月10日まで延長)、第2393号(2017年12月19日採択――2019年1月10日まで延長)、第2449号(2018年12月14日採択――2020年1月10日まで延長)、第2504号(2020年1月11日採択――2020年6月10日まで延長)、そして2533号(2020年7月11日採択――2021年7月10日まで延長)によって、支援期間は延長されてきた。だが、国連安保理決議第2504号では、2018年半ばにシリア政府の支配下に復帰したダルアー国境通行所とヤアルビーヤ国境通行所が除外された。また、決議2533号では、バーブ・サラーマ国境通行所も除外され、越境人道支援が可能なのはバーブ・ハワー国境通行所のみとなっていた。
バーブ・ハワー国境通行所からの支援が可能なのは、ロシア、トルコ、そしてイランを保障国とする停戦プロセスのアスタナ会議で「緊張緩和地帯」に指定されている地域で、シリアのアル=カーイダで「シリア革命」の主導者を自認するシャーム解放機構(旧シャームの民のヌスラ戦線)が軍事・治安権限を掌握し、実質支配を行っている。
米国は再活性化を主張
先細りを続ける越境人道支援に対して、米国は、ジョー・バイデン政権が発足すると、再活性化を主張するようになった。アントニー・ブリンケン米国務長官は3月29日、ニューヨークの国際連合安保理事会で開かれたシリアの人道状況への対応をめぐる会合に出席し、ヤアルビーヤ国境通行所とバーブ・サラーマ国境通行所の再開を主張した(「シリア:周辺諸国からの越境(クロスボーダー)人道支援の再活性化を求める米国の二重基準」を参照)。
前者は、シリア政府によって管理されているが、米国を軍事的後ろ盾とするクルド民族主義勢力の民主統一党(PYD)が主導する自治政体の北・東シリア自治局の支配地のただ中に位置する。後者は、トルコの占領下にあるいわゆる「ユーフラテスの盾」地域内に位置する。
パン・アラブ系日刊紙の『シャルクルアウサト(シャルク・アウサト)』が6月30日に伝えたところによると、この姿勢はイタリアのローマで6月29日に開催されたイスラーム過激派との戦闘をめぐる国際会議の非公開審議でも、ブリンケン国務長官によって示された。同紙が複数筋の話しとして伝えたところによると、ブリンケン国務長官は、シリア政策における三つの目標として、①ロシアとの協議を通じた越境人道支援の期間延長、②イスラーム国に対する「テロとの戦い」、③停戦の維持(米軍や有志連合が各所に部隊を駐留させているユーフラテス川東岸地域での戦闘回避)を上げ、越境人道支援の期間延長が認められない場合、シリア政府に対してさらなる制裁を課すことを示唆したという。
シリア政府とロシアは廃止を強く主張
これに対して、シリア政府は廃止を強く主張している。外務在外居住者省のアイマン・スーサーン次官は6月25日、フサイン・マフルーフ地方行政環境大臣、シリア軍政治局長、ロシア当事者和解調整センター代表と行った合同記者会見で、越境人道支援がシリアの主権を侵害し、テロ組織を支援する手段を確保することにあると非難した。スーサーン次官はまた、バーブ・ハワー国境通行所を経由した支援が、必要とされている支援の5%にも満たず、しかもそれらは、住民の苦難の軽減ではなく、テロ組織の支援に向けられていると指摘したのである。
そのうえで、シリア政府が現在友好国とともに、この通行所を閉鎖する取り組みを続けていると付言、シリアが全土において、国際機関との協力のもとに、相応の支援を提供することに専念すると強調した。
ロシアもまた同様の姿勢をとっている。ヴラジミール・プーチン大統領は6月14日の米NBCとのインタビューで次のように述べている。
ノルウェーとアイルランドの決議案
こうしたなか、ノルウェーとアイルランドは6月26日、バーブ・ハワー国境通行所に加えて、ヤアルビーヤ国境通行所を通じた越境人道支援を1年延長するとした決議案を安保理に提出した。シリア政府、ロシアと米国の妥協点を探ったかたちだ。
しかし、両者が歩み寄る気配は見られない。
英国政府は6月29日、ウェンディー・モートン欧州近隣南北アメリカ担当大臣がバーブ・ハワー国境通行所を訪問し、同地での人道支援物資の搬入状況を視察したと発表した。
フランスのニコラス・デ・リヴィエール国連大使は7月1日の記者会見で次のように述べ、越境人道支援が廃止された場合、西側諸国は人道支援を行わないと主張した。
一方、シリア駐留ロシア軍の代表も7月1日、北・東シリア自治局の最高執行機関である執行評議会が設置されているラッカ県のアイン・イーサー市で、同自治局傘下のラッカ民政評議会やシリア民主軍(クルド民族主義民兵組織の人民防衛隊(YPG)を主体とする自治局の武装部隊)の代表と会談し、ロシア当事者和解調整センターによるラッカ市の住民への人道支援物資の配給を提案した。しかし、ラッカ民政評議会とシリア民主軍はこれを拒否した。英国で活動する反体制系NGOのシリア人権監視団によると、拒否の理由は不明だという。
越境人道支援の期間終了まであと1週間。欧米諸国、シリア政府、ロシアの駆け引きは続いている。しかし、どのような結果に至ろうと、確実に言えることは、国際政治のなかで、シリアへの人道支援は、人道主義などに根ざしてはおらず、政争の具に過ぎないということだ。