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シリア:周辺諸国からの越境(クロスボーダー)人道支援の再活性化を求める米国の二重基準

青山弘之東京外国語大学 教授
(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

三つの通行所の再承認を求めるブリンケン米国務長官発言

アントニー・ブリンケン米国務長官は3月29日、ニューヨークの国際連合安保理事会で開かれたシリアの人道状況への対応をめぐる会合に出席し、周辺諸国からの越境(クロスボーダー)人道支援の再活性化の必要を訴えた。

CNNなどが伝えたところによると、ブリンケン国務長官の主な発言は以下の通り。

安保理は多くの複雑な課題に取り組んでいる。だが、これ(越境人道支援)はそうした課題ではない…。シリアの人々の命は、緊急支援が受けられるかどうかにかかっている。我々は、そうした支援が彼らのもとに届けられるための経路を作り出し、それを閉鎖するのではなく、開放しなければならない。

安保理が当時、これらの二つの人道的な通行所を再び承認しなかったことの正当な理由はなかった。また、これらの通行所が今日も閉鎖されたままである正当な理由もない。

安保理メンバーはすべき仕事をしなければならない。それは人道支援のため三つの国境通行所すべてを再び承認することだ。

シリア人数百万人の生活がかかっている人道支援を政治的な争点にすることを止めよう。

国連安保理決議第2533号をめぐる綱引き

ブリンケン国務長官が言うところの「当時」とは、2020年7月11日を指す。この日、国連安保理は安保理決議第2533号を賛成12、棄権3(ロシア、中国、ドミニカ共和国)で辛うじて採択し、トルコのハタイ県(シリア領アレキサンドレッタ地方)と、シリアのアル=カーイダであるシャーム解放機構が軍事・治安権限を握るイドリブ県を隔てるバーブ・ハワー国境通行所(トルコ側はレイハンル国境通行所)を経由した越境人道支援を2021年7月10日まで継続することを決定した。

決議採択以前は、バーブ・ハワー国境通行所に加えて、トルコのキリス県とアレッポ県を隔てるバーブ・サラーマ国境通行所(トルコ側はオンジュプナル国境通行所)、イラクのニナーワー県とハサカ県を隔てるヤアルビーヤ国境通行所(イラク側はラビーア国境通行所)を経由した越境人道支援が認められていた。

当初提出された決議案(ドイツ、ベルギーが提出)においては、この三カ所の通行所の利用延長が定められていた。だが、ロシアは、反体制派(ロシアがいうところの「テロリスト」)の支配を脱したバーブ・サラーマ国境通行所とヤアルビーヤ国境通行所を通じて越境人道支援を継続する必要はないと主張し、採決で拒否権を発動していた。バーブ・サラーマ国境通行所を含むアレッポ県北部は2016年8月から2017年3月にかけてトルコ軍が実施した「ユーフラテスの盾」作戦によって、トルコの事実上の占領下に置かれている。一方、ヤアルビーヤ国境通行所は、2019年10月のトルコによる「平和の泉」作戦の停戦に際してのロシア、シリア政府、北・東シリア自治局(クルド民族主義勢力の民主統一党(PYD)が主導する自治政体)の合意を受けて、シリア政府の管理下に置かれるに至っている。

また、中国も、シリアに対する欧米諸国の一方的制裁の解除がなければ、人道状況は本質的に改善しないとの立場を示し、ロシアとともに拒否権を発動していた。

安保理決議第2533号は、こうした反発を経て採択されたものだった。ブリンケン国務長官が言うところの「二つの人道的な通行所」とはバーブ・サラーマ国境通行所、ヤアルビーヤ国境通行所を指し、「三つの国境通行所」とはこの二つにバーブ・ハワー国境通行所を加えた三つを意味する。

越境人道支援の経緯

シリアへの越境人道支援は、欧米諸国、サウジアラビア、カタール、トルコの支援を受ける反体制派が辺境地帯など多くの地域を支配下に置くなか、同地への人道状況を改善するために始められた。

実施の根拠となったのは、2014年7月14日に国連安保理で採択された決議第2165号である。同決議では、周辺諸国の同意とシリア政府への通告(同意は不要)がなされれば、当時反体制派の支配下にあったバーブ・サラーマ国境通行所、バーブ・ハワー国境通行所、ヤアルビーヤ国境通行所(当時はPYDの実効支配下)、そしてヨルダンとダルアー県を隔てるダルアー国境通行所(ヨルダン側はラムサー国境通行所)を経由して人道支援を行うことができる旨、定められていた。

決議の有効期限は180日とされたが、武力紛争が続くなか、安保理決議第2191号(2014年12月17日採択――2016年1月10日まで延長)、第2332号(2016年12月21日採択――2018年1月10日まで延長)、第2393号(2017年12月19日採択――2019年1月10日まで延長)、第2449号(2018年12月14日採択――2020年1月10日まで延長)、第2504号(2020年1月11日採択――2020年6月10日まで延長)、そして前述の決議2533号(2020年7月11日採択――2021年7月10日まで延長)によって、支援可能期間は延長されてきた。

だが、国連安保理決議第2504号では、2018年半ばにシリア政府の支配下に復帰したダルアー国境通行所とヤアルビーヤ国境通行所が除外された。また、前述の通り、決議2533号では、バーブ・サラーマ国境通行所も除外され、越境人道支援が可能なのはバーブ・ハワー国境通行所のみとなった。

米国の二重基準

人道支援は、国際法上正統な政府であるバッシャール・アサド政権を通じて行えばよい、というのがロシアや中国の基本姿勢だ。だが、米国、そして西欧諸国は、国民を弾圧し、人権侵害を繰り返すアサド政権が存続する限りは、政府をカウンターパートとはできないと反論し、越境人道支援の継続を主張している。

至極まっとうな主張ではある。だが、米国は、イスラーム国に対する「テロとの戦い」において「協力部隊」(partner forces)として全面支援してきたシリア民主軍(PYDが創設した人民防衛隊(YPG)を主体とする武装組織)によって制圧され、北・東シリア自治局によって統治されているシリア北東部の各所に、油田防衛と「テロとの戦い」支援を口実として違法に基地を設置し、部隊を駐留させている。

また、イラク・クルディスタン地域政府の実効支配下にあるイラクのニナーワー県に接する国境に違法に通行所(ワリード国境通行所)を設置し、誰にも邪魔されずにシリア領内の基地への兵站支援を自由に行うことができる。それだけでなく、この通行所からは、北・東シリア自治局で生産された石油、穀物が米軍によってイラクに持ち去られている。

米国がシリアにおいて真に人道的に振る舞いたいのであれば、ワリード国境通行所、さらにはイラクのアンバール県に面し、米軍が2015年以来占領を続けているタンフ国境通行所(イラク側はワリード国境通行所)、北・東シリア自治局が管理するチグリス川河畔のスィーマルカー国境通行所を通じて、支援物資を搬入すれば良いだけである。

ブリンケン国務長官は「人道支援を政治的な争点にすることを止めよう」と述べている。だが、それは、シリア政府、ロシア、トルコと行った国だけでなく、米国にも向けられるべきものだと言える。

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリアの友ネットワーク@Japan(シリとも、旧サダーカ・イニシアチブ https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』など。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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