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限度額大幅アップの裏で「iDeCoステルス改悪」は本当か

山崎俊輔フィナンシャル・ウィズダム代表/お金と幸せについて考えるFP
画像はAdobe Fireflyが筆者の指示で作成したAI画像。

(目次)

  • 税制改正大綱、iDeCoステルス改悪と一部で話題に
  • 法律がスタートしたとき「5年空ける」は非現実的条件だった
  • 今でもiDeCoが「後」なら20年ずらしても調整する
  • それでも「iDeCoで退職所得控除」の価値は大きい
  • 仮に控除枠を超えた分が課税されたとしても、現役時代の税率より負担は軽くなる
  • まとめ:「iDeCo改悪」と思ったとしても、あえて「iDeCoで退職所得控除」の価値を活かしてみてはいかが

税制改正大綱、iDeCoステルス改悪と一部で話題に

12月20日に公表された令和7年度税制改正大綱、iDeCoの拠出限度額が大幅に引き上げられる流れとなり、大きな話題となっています。

Yahoo!ニュースエキスパート(筆者記事) iDeCoの壁を撃破! 月7000円拡大どころか多くの人が実は倍増 へ 税制改正大綱最速解説

一方で「iDeCoステルス改悪」といわれるような見直しがネットでは話題となっています。

J-CASTニュース iDeCo、与党の税制改正大綱で「改悪」? 専門家が指摘、財務省は反論「税制優遇を公平に」

いわゆる「iDeCoステルス改悪」、自民党の令和7年度税制改正大綱ではこう表現しています。

退職手当等(老齢一時金(確定拠出年金法の老齢給付金として支給される一時金をいう。以下同じ。)を除く。)の支払を受ける年の前年以前9年内に老齢一時金の支払を受けている場合には、当該老齢一時金等について、退職所得控除額の計算における勤続期間等の重複排除の特例の対象とするほか、老齢一時金に係る退職所得の受給に関する申告書の保存期間を 10 年(現行:7年)とする。

(注)上記の改正は、令和8年1月1日以後に老齢一時金の支払を受けている場合であって、同日以後に支払を受けるべき退職手当等について適用する。

自民党 令和7年度税制改正大綱

iDeCoを一時金で受け取ったとき、積立期間をベースに退職所得控除が獲得でき、受取時に非課税枠となります。iDeCoを受け取ったあと10年内(前年以前9年は普通の感覚で数えれば10年という意味)に退職金や企業年金の一時金を受け取った場合、退職金等のほうの退職所得控除を別枠とカウントせず、1つの退職所得控除として考える、というものです。

従来は5年(前年以前4年)だったので、これをもって「受取時改悪」となっているわけですが、そもそも論として「iDeCoと退職金は1つの退職所得控除をシェアする」ものとして制度が設計されています。これに合わないのが「iDeCoが先で5年後退職金」でした。

ですから税制改正の観点ではむしろ「よくある穴塞ぎ」の部類です。これをもって「iDeCo改悪」と大騒ぎするものではないと考えます。順番に解説してみましょう。

法律がスタートしたとき「5年空ける」は非現実的条件だった

「iDeCo改悪!」と言う人が多いのですが、そもそもこの条件はほとんどの人が利用できないものでした

まず60歳になってすぐiDeCoを一時金で受け取ります。このとき、60歳定年退職の会社であれば同一年に退職金も受け取りますので、1つの退職所得控除をシェアすることになります。これはもともとそうなっている、一般的な取り扱いです。

60歳定年の場合、「5年空け」は不可能です。年度末退職であった場合でも翌年受け取りますから、「5年空け」になりません。

継続雇用によって65歳まで働ける会社が一般的ですが、退職一時金については正社員を辞めた段階、つまり60歳時点で支払われるのが基本なので、これまた「5年空け」にはなりません。

「5年空け」としたい場合、会社が企業年金制度を有しており、「65歳以降年金支給開始もしくは一時金受け取り」と制度設計していた場合、はじめて社員は選択が可能になります。

あるいは65歳定年、つまり正社員のまま65歳まで働ける会社であった場合、65歳になって定年退職となれば給付を受けることになります。

このような条件、確定拠出年金法が2001年に法律をスタートした段階では絶無といっていい状況でした。そもそも公的年金の受給開始年齢を60歳から65歳に引き上げる段階でしたし、ようやく60歳~65歳の継続雇用制度を確立させようとしていた時代だからです。

iDeCoは60歳の年にもらい、退職金は翌年の3月末にもらうようなケース(年度末を退職日とする会社は少なくない)などを念頭に設定されていたと考えられるのがこの「5年空け」ルールだったのです。

時代は変わりました。65歳まで正社員で働く会社は3割を超えています。20年以上前の社会前提を踏まえて作られていた「5年空き」は、もともと退職所得控除を別カウントするための規定ではなかったので、今回ようやく修正されることになった、と考えるべきでしょう。

それに、「5年空き」は個人がどうこうできる問題ではありません「60歳で即iDeCo受け取りは個人が選べる」けれども「会社の制度の退職金受取時期を遅らせることは社員は選べない」からです。

「改悪!」という以前に、もともと多くの人が利用できなかった抜け穴があっただけで、それが時代に応じてふさがれることになった、というだけだと思います。

今でもiDeCoが「後」なら20年ずらしても調整する

このパターンは「iDeCoが先で5年空き」を作るものですが、退職金を先にもらって「iDeCoを後」にもらう、というパターンもありえます。こちらはすでにふさがれています

iDeCoは法定上限では75歳まで受け取りを遅らせることが可能です。早期退職したり60歳でもらえば退職金とiDeCoを「5年以上の空き」することは可能になります

しかし、iDeCoが「後」に受け取った場合については、すでに20年後まで追いかける仕組みとなっています。つまり、55歳で早期退職をして、75歳でiDeCo受け取りをするくらいずらさなければ不可能になっています。ここまで間を空けてiDeCoを受け取らないほうが難しいですし、55歳でリタイアしたら生涯賃金減もマイナスに響き、現実的選択ではないでしょう。

こちらは確定拠出年金制度が75歳まで受け取りを遅らせることが可能になった改正時に、これに同期を取って15年ルールを20年に伸ばしているものです。

退職所得控除というのは

「iDeCoの資産」

「企業型の確定拠出年金の資産」

「確定給付企業年金の資産」

「中小企業退職金共済の資産」

「退職一時金の資産」

などを一時金で受け取った場合、それら全体に対してかかるものであり、もともとそれぞれ別カウントされるものではありません

むしろ「iDeCoが先」のほうの修正がなぜか行われていなかった、と感じるくらいです。「iDeCoが後」を15年から20年に伸ばしたとき、あわせて手当するべきだったものです。タイミングをミスったところは、確かに失敗だったかもしれません。

それでも「iDeCoで退職所得控除」の価値は大きい 

それでは今回の「改悪」(とみんなが言う見直し)によりiDeCoの魅力は下がるのでしょうか。私はそう思いません。

退職所得というのは分離課税というだけでも強力な取り扱いです。他の所得と合算しての税負担増につながらず、翌年の社会保険料の計算にも影響を及ぼさないからです。

また、退職所得控除を引いたあとに残る金額の2分の1が課税対象となる取り扱いも強力です。全額ではなく、半分しか課税しないだけで十分に退職所得控除の価値はあります。

概念的には(非課税枠)×(2分の1課税)×(分離課税)という強力なコンビが組まれているわけです(実際には税計算でかけ算するわけではないですが)。

退職所得控除については見直し議論がありますが、私が税制改正大綱を読む限り「勤続1年あたり40万円に統一」という明確化は示していません。

税調が具体的な数字を出さないので疑念を招いているわけですが、年40万円(勤続20年までの1年あたり)と年70万円(勤続20年超の1年あたり)の間をとった「年55万円」という議論も存在するようです。そもそも物価上昇を踏まえて、年40万円は引き上げてもいい流れです(基礎控除が引き上がるように!)。

退職所得控除はもともと、「退職所得は老後の生活保障的な最後の所得」であり「担税力は他の所得と比べてかなり低い」という議論などの反映ですから(昭和41年12月の中間答申資料に記載あり)、そう簡単に縮小にはならないと考えています。

仮に控除枠を超えた分が課税されたとしても、現役時代の税率より負担は軽くなる

そして、現役時代の税率を考えれば、iDeCoの受け取り額がそれを上回ることはないはずです。例えば20%ないし30%、あるいはそれ以上の税率でiDeCoの一時金に課税されるとは考えられません。

仮に退職金や企業年金で退職所得控除をフルに使い切ったとします。そのうえでiDeCoには退職所得控除がまったく使えなかったとしましょう

仮にiDeCoの資金が1400万円あったとしたら、実際の課税される退職所得としてはその半分である700万円になります。そこにかかる税額は国税庁のWEBによれば99.4万円です。

「うわ100万円も引かれた!」と思うかもしれませんが、1400万円に対する税金としては7.1%ですし、その1400万円をiDeCoで運用するまでのあいだに所得税・住民税が軽減された分、運用収益に課税されなかった分を考え合わせれば、法外な税率ではないと思います。仮に元本が半分の700万円で、現役時代の税率を20%とすれば140万円は現役時代に節税していることにもなり、トータルで考えればやはり損とはいえません。

そしてもうひとつ、iDeCoの退職所得控除は、転退職する人にこそ強みがあります。退職所得控除は一番長い期間を持つ制度で計算ができるからです。

45歳で転職をした者は、会社の制度では15年の勤続期間で60歳になってしまいますが、iDeCoを30歳からずっと続けていれば「iDeCoの積立期間30年」を退職所得控除の計算に使えます。もし、45歳になるまで働いていた会社で企業型の確定拠出年金に10年加入していて、それをiDeCoに移しておけば、これも合算できるので「積立期間40年」の退職所得控除枠を確保することもできます。

退職所得控除をとにかく最大化したい場合においても、iDeCoの長期利用の価値はあるでしょう(控除枠が下がると考えるならなおさら、長期利用したほうがいい)。

まとめ:「iDeCo改悪」と思ったとしても、あえて「iDeCoで退職所得控除」の価値を活かしてみてはいかが

長くなりましたが、まとめです。

もともと、「iDeCoと退職金の控除枠は一緒に考えるもの」というのが退職所得控除の基本理念です。今回の見直しは、そこからはみだしていた例外「iDeCoが先」を修正したものです。

これをもって「iDeCo改悪」「iDeCoは信じられない」という人は、今後iDeCoを利用しないことをおすすめします。たぶん、基本原則が変わっていなくて制度の見直しが将来あったとしても「改悪」と感じるだろうからです。

しかし、退職所得控除を最大化するなら、iDeCoを長く利用したほうがいいでしょう(今後控除枠が小さくなるならなおさら長期利用したい)。退職所得への分離課税、2分の1課税はなんだかんだいって強力です。

退職金・企業年金制度とリタイアメントプランの専門家の立場としては「それでもiDeCoに使い勝手の妙味あり」とまとめさせていただきます。

フィナンシャル・ウィズダム代表/お金と幸せについて考えるFP

フィナンシャル・ウィズダム代表。お金と幸せについてまじめに考えるファイナンシャル・プランナー。「お金の知恵」を持つことが個人を守る力になると考え、投資教育家/年金教育家として執筆・講演を行っている。日経新聞電子版にて「人生を変えるマネーハック」を好評連載中のほかPRESIDENTオンライン、東洋経済オンラインなどWEB連載は14本。近著に「『もっと早く教えてくれよ』と叫ぶお金の増やし方」「共働き夫婦お金の教科書」がある。Youtube「シャープなこんにゃくチャンネル」 https://www.youtube.com/@FPyam

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