Yahoo!ニュース

やっぱり出た 中国でAI技術を駆使した「振り込め詐欺」

富坂聰拓殖大学海外事情研究所教授
(提供:イメージマート)

 いつものメンバーといつもの会議をしていたはずなのに……、相手は自分以外全員ロボットだった――。

 そんなSF小説かホラー映画のような犯罪が中国で起きているという。

 バーチャルかリアルか、ネット空間での境界線はますます曖昧だ。テキストから簡単に動画が作成できる動画生成AIモデル・Soraの精度の高さが各国で大きな話題になったのも最近のことだ。

 昨年にはChatGPTが大きな話題を呼んだが、そうしたAI技術の進歩を伝えるニュースが流れるたび、その利便性が注目を浴びる一方で、必ず話題となってきたのが技術の進歩による弊害をどう防ぎ、社会が対応すべきかという課題だ。

 なかでもAI技術を利用した不正や犯罪に利用されるのではないかという懸念には、払しょくしきれない不安がつきまとう。

 その意味で今回中国で起きた詐欺未遂事件は、やっぱりというか、ついにというべき話なのだろう。

ニセ社長がリモート会議で振り込みを指示

 犯罪者たちがAI技術をどのように使って詐欺を働こうとしたのか。詳細を報じたのは、中国中央テレビ(CCTV)の複数のニュース番組だ。

 その一つ『新聞30分』は、ニュースの冒頭でキャスターが「新しい手口の振り込め詐欺」の特徴を説明。「被害者がごく短期間に巨額の損失に見舞われる可能性がある」と警告した。

 では、犯罪者の手口は具体的にどのようなものだったのか。

 一つ目の事件の舞台は陝西省西安市だった。被害に遭ったのは民間企業の経理を担当する女性のAさんだ。

 Aさんはある日、社内のリモート機能で会話中、社長から「指定する複数の銀行の口座に186万元(約3720万円)を急いで振り込むように」と指示された。やや唐突な印象は拭えなかったものの、「画面から聞こえてくる声も、映っている姿も本人そのもの」だったため、「本人からの指示だと信じ込み」Aさんはその場で振り込みを実行した。

そんな指示はしていない

 だが、会社には内部規定があり、振り込みに際しては必ず内部のグループチャットに報告することが定められているため、それに従い情報を共有したところ、間もなく社長本人から「そんな指示は出していない」という連絡があり、詐欺だと気が付いたという。

 Aさんが詐欺と認識した瞬間に慌てて近くの派出所に駆け込んだために186万元は無事取り戻すことができた。

 もう一つのケースは、香港が舞台となった詐欺未遂だ。被害者のBさんは海外の企業が香港に出した支店に勤める男性。ある日、支店で行われたリモート会議で、上司から2億香港ドル(約38億6000万円)を5つの銀行の口座に分けて振り込むよう指示を受けた。

 これも念のためBさんが本社に問い合わせたところ、本社から「そんな指示は出していない」との回答があったため、事件は未然に防がれた。

 いずれのケースも被害にはつながらなかったが、AさんもBさんも肝を冷やしたことだろう。あとで考えてもぞっとするのはBさんが参加したリモート会議の他のメンバーがみなAI技術で作られた動画だったことだ。Bさんはロボットに囲まれたまま、いつものように会話を続けていたのである。

画像の歪みから不正を見抜く

 こうした技術が高まっていった未来には何が起きるのだろうか。

 番組では、こうしたフェイク動画をどう見抜いたら良いのかを指南しているのだが、出演した専門家は「話をしている相手に顔の前で手を振ってもらう」ことが有効だと説明する。顔の前を相手の手が横切るとき、どうしても画像の歪みが生じるからだという。

 だがこれも技術の進歩とともにいずれ克服される可能性が高く、結局、犯罪グループとのいたちごっこに陥ると専門家は警告する。

 国内の5G基地局が337万7000ヶ所に達し、いまや5Gスマートフォンのユーザーが8億500万人もいる中国。であればこそ犯罪も手を替え品を替え襲ってくる。そして中国社会で流行った犯罪が海を渡って日本に押し寄せる。

 少なくとも当面は、お金が絡む会話をするときには、あらかじめ暗号などを互いに決めておく必要に迫られそうだ。

拓殖大学海外事情研究所教授

1964年愛知県生まれ。北京大学中文系中退後、『週刊ポスト』記者、『週刊文春』記者を経て独立。ジャーナリストとして紙誌への寄稿、著作を発表。2014年より拓殖大学教授。

富坂聰の最近の記事