「南北合同」めぐる韓国内の不協和音…その裏にある2つの「差」とは
五輪初の南北合同チーム結成をめぐる韓国内の「葛藤」をどう読み取るべきなのか。ソウルから見える視点をまとめた。キーワードは「世代の差」と「政府市民間の認識の差」だ。
文大統領が初めて「負けた」日
20日(現地時間)、スイス・ローザンヌでIOC(国際オリンピック委員会)と南北の代表団は最後の調整を行い、北朝鮮の平昌(ピョンチャン)五輪参加の具体案に合意した。
合意の内容はすぐにトーマス・バッハIOC委員長により発表され、この中で、女子アイスホッケー南北合同チームの詳細も明らかになった。
チーム全体は韓国選手23人と北朝鮮選手12人の計35人で構成され、試合ごとに22人がエントリーされ、北朝鮮選手3人が必ず出場する取り決めだ。
日本でも既に報じられている通り、女子アイスホッケー南北合同チームはその結成をめぐって、先週から韓国内で「最もホットな話題」となっていた。
その理由は他でもない、文在寅(ムン・ジェイン)大統領の「失言」にあった。
17日、忠清北道鎮川(チンチョン)の選手村を訪れ、女子アイスホッケー代表選手を含む選手団と歓談した際、同大統領は「(南北)合同チームを作ったからと、戦力が高くなるとは思わない。むしろチームワークをあわせるために、より努力が必要になるかもしれないが、南北が一つのチームとなって競技に臨むならば、その姿自体が歴史の名場面になるはず」と語り、政治がスポーツに優先するとも捉えかねない姿勢を示した。
さらに「(合同チーム)実現の可能性よりも、アイスホッケーチームに対し、より多くの国民の関心を注がせ、不人気種目の悲しみを拭う良いきっかけになると思う」と述べたのだった。
このストレート過ぎる発言に対し、世論の批判が集中した。
前日16日には、政権の「顔」とも言える李洛淵(イ・ナギョン)国務総理が、「女子アイスホッケーはメダル圏内ではない。韓国は世界ランク22位、北朝鮮は25位だ。一度か二度、五輪で勝つのが目標だと聞いている」と発言していたことも火に油を注いだ。
批判の多数は、「南北和解という政治的な目的に沿って『飛び入り』する北朝鮮選手によって、韓国選手の出番が奪われるのは『不公正』だ」という指摘だった。
また、「メダル圏内のショートトラックでは合同チームの話がなく、アイスホッケーが選ばれたことこそ、スポーツの政治利用でないか」という批判もあった。「国家のために犠牲になれということか」という憤りの声も上がった。
特に、ネット空間での「炎上」は顕著だった。昨年5月の大統領就任以降、熱心な支持層が自主的に集まり、大統領に不利な世論が形成されるのを防いでいたが、批判の勢いが上回った。「文大統領が初めてネット空間で負けた日」と言われるほどだった。
50代以上とその下の「世代差」
中心となって批判を行ったのは20、30代だ。2016年10月から半年に及んだ「ろうそくデモ」にも積極的に参加し、今年1月初頭の時点でも80%以上が文政権を支持していた層だ。
韓国の若者には、日本でも知られた「スプーン階級論」が浸透している。「金のさじ、銀のさじ、土のさじ」という、生まれた時の環境がその後の一生を左右するという現実を前に、お金や特権といった不公正を嫌う傾向が強い。
文政権が進める国家の大改造「積弊清算」への支持も、社会にはびこる不正腐敗を一掃して欲しい思いの表れだ。
支持率7割、韓国・文大統領が進める「積弊清算」のゆくえは(Yahoo!個人ニュース)
https://news.yahoo.co.jp/byline/seodaegyo/20180104-00080099/
しかし、平昌の「成功」をなりふり構わず追求する政府のやり方は、強引そのものに映った。過去4年、練習を続けてきた頑張りを無視される若い選手に自分の姿を重ね、反感を覚えた。
さらに、ちょうど時を同じくして韓国政府の口から何度となく言及されていた、ビットコインをはじめとする「仮想通貨取引への規制」も若者世代の世論を刺激した。
いくら努力しても埋めようがない「生まれながらの差」をひっくり返す、一攫千金の夢を絶たれるかもしれないという危機感、はく奪感が形成されていたのだった。
さらに、南北合同、南北統一に対する認識のズレもある。韓国では今、「1987」という1987年6月の韓国の民主化を描いた映画がヒットしているが、熱狂しているのは30年前に大学生や社会人として民主化運動に参加した今の50代以上だ。
南北分断や朝鮮戦争を体験した世代を親に持つ「586世代(昔は386世代)」と呼ばれるこの層は、民族に対する愛着が強い。
その上に、過去、金大中(キム・デジュン)、盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権時代の、年に数万人が北朝鮮を観光で訪れ、飛行機が行き来していた南北交流が盛んだった「良い時期」の記憶が鮮明だ。このため、今年に入って始まった南北対話を積極的に擁護している。
だが、前出の2,30代にとっては、南北交流が盛んだった時代の実感がない。統一もやはり、雲をつかむ話として捉えている傾向が強い。それよりも目先の生活、安定した将来への希求がはるかに強い。
韓国民の約半数が統一望まず 深まる南北の溝(Yahoo!個人ニュース)
https://news.yahoo.co.jp/byline/seodaegyo/20171026-00077391/
もっと言えば「民主化を達成したのは認めるが、今の両極化を進めてきたのもあなた達だ」という上の世代に対する反感も持っている。今回の若者の反発は、こうした世代間のズレを浮き彫りにした格好だ。
秘密主義の政府と一般の国民の「認識差」
もう一つの差は、南北の対話を水面下で進めてきた政府と、それを何一つ知らされてこなかった国民の間の「認識差」だ。
北朝鮮が最後にミサイル発射実験を行ったのは去年の11月29日だ。それからわずか50日あまりの間に、南北は3度の会談を行い、オリンピックで統一旗を振り共同入場を行うことになった。
この急激な展開は一般市民の立場、そして記者である筆者の立場からも「意外」でしかない。韓国の文在寅政府は昨年5月の発足以降、南北には対話のチャネルが存在しないと公言してきたし、接触も否定してきた。
だが、韓国政府は昨年の夏以降、かなり以前の段階から北朝鮮との接触を続けてきたようだ。筆者の実力不足を露呈するようで恥ずかしいが、2月初頭に予定されている金剛山(クムガンサン)での南北合同行事など、北朝鮮でのイベントも周到に用意されたものだということが、最近の取材で分かった。
そして当然、韓国政府は「核廃棄を見越した核凍結」を落とし所に、平昌五輪後にも北朝鮮との対話で成果を得ようとプランを練っている。そのための「仕掛け」の一つとして、スポーツ交流や人道支援を行う団体は中国で北側と接触を重ねるなど、慌ただしく動いている。
筆者は以前の記事で、最近の南北関係の変化を五輪だけで捉えるのではなく、全体として捉える必要があると言及した。その通りのことが裏で起きている。五輪はきっかけに過ぎない。
当然、韓国政府には「北朝鮮の出場」という困難だった交渉を成功させた達成感があり、喜ぶ雰囲気も見て取れる。ただ、市民はそうではない。南北が「いきなり握手」した様にしか見えないのではないか。
韓国政府はもう少し情報公開をする必要があるのではないかとも思う。前述のアイスホッケーの件でも分かるように、有権者である市民との意思疎通をおろそかにする場合、しっぺ返しがくる。
「当たり前」の出来事として捉えるべき、メディアは冷静に
韓国や日本メディアの一部では今回の文在寅政権への批判が、そのまま政権の危機であるかのように報じる向きがある。だが、筆者はこれに疑問を感じている。
なぜなら、文政権に対する一連の批判は特別なものとは思えない、真っ当なものだからだ。政府のやり方に対し、市民はいつでも批判することができる。政府が批判の元、不満の元を修正できなければ支持率が下がり続けるだけの話だ。
文政権は数%下がったとはいえ、現在も60%中盤の支持率を維持している。だが、文政権に対する批判が深刻であるかのように書き、北朝鮮の不気味な存在感と合わせて、いたずらに朝鮮半島の不安を煽るような指摘は危険だ。もしそれが現実になるとしても、これから明らかになっていくことだからだ。
依然として、統一旗を利用することへの賛否は半々であるし、過去、韓国に攻め込んできた北朝鮮への反感、今も人権侵害を続ける政権への反感は根強い。
そして南北関係が「対峙」から「対話」へとシフトしてきたことで、今後のこの「矛盾」はあらゆる面で露呈することになる。さらに、その賛否世論が「陣営論」に吸収され、政争に良いように使われる。これは過去、何度となく繰り返されてきたことだ。
例えば、上記写真のような過激な動きを、「世論の大勢」として紹介するのか、「ごく一部」と紹介するのかによって、読者が受ける印象は随分異なる。
今は、南北が「平和」を掲げながら、互いの思惑を持って戦略的に争い始めた段階だ。
今回の騒動からは前述した「世代差」と「認識差」を読み取り、そして今後、南北関係を真に改善したい文在寅政権は、この二点を意識していく必要があるという視点を持てれば、それで十分だと思う。
南北は「敵」でありながら「いずれ統合する相手」でもある。新たなステージの幕が上がった南北関係。複雑な勝負の行方をじっくりと見守る根気が求められている。